2-5 いくぞ、とぶぞ、超えるぞ宇宙! その4
その頃、ミゥとチャイの2人は正に最後のロックを破り、ミゥの宇宙航行用外装ユニットの前に立っていた。
「ミゥ。これで宇宙にいけるの?」
目の前にある、宇宙船とはとても呼ぶことができないユニットをみると、さすがにチャイも不安な声をだす。
ユニットは、宇宙ドックからの大気圏を通過するための加速を得るためハイレーンへの進入ゲートに既に設置されていた。だが、チャイが不安に思うのも無理はない。確かに2人の目の前にあるものは宇宙船と呼ぶにはあまりも小さかった。
その宇宙船らしきものの大きさはミゥの身長を2倍にしたぐらいしかなく、横幅が特に広いというわけでもなかった。ユニットは2つのパーツに分かれていて、1つは上半身、もう1つは下半身に装着するユニットであった。
下半身のユニットは、腰から下をすっぽり覆うもので、宇宙空間を航行するためのエンジンユニットである。それには大気圏脱出時の加速用燃料として使用するためのエネルギータンクが2つ左右に取り付けられていた。
コロニーからの発信になるため、重力に逆らうブースターは必要ないが、ドックからの初動はそれなりに出力が要るため、装備されているということらしい。
上半身ユニットは、やはり腰から上すっぽりと覆うものであったが、上半身部分には下半身のユニットとドッキングのためのいくつかのパーツが張り出していた。
上半身の内部には畳半畳ほどの空間があり、その中には操縦管らしきものと、複雑な計器、モニター類が所狭しと並んでいる。また、外装としての特徴としては、小さな翼が4枚ついていた。飛行時にはX翼に変形する代物であった。
もう1つの特徴は、胸から下の部分に、ちょうど大人が1人入れるぐらいの真空対応用の気密コンテナが装着できるようになっていた。そのコンテナにはその運搬する対象に合わせたいくつかのユニットがあり、それらもユニットの横に使用可能な状態で各種類がそろっていた。
ユニットの全体的な外観は、上半身は一般的な戦闘機の上半分を輪切りにしたようであり、下半身はまさに長方形の箱であった。後部にはメインエンジン噴射口が4つ配されており、側部、下部には3つづつ、宇宙での姿勢制御用の小型スラスターが設置されていた。
ミゥは、アップデートされたデータベース内の情報と、一通りの宇宙航行用外装ユニットが一致していることを確認して、先ほどのチャイの問いに淡々とした口調で返答した。
「仕様状ハ問題アリマセン」
ぶっちゃけ、こういうときは聞く感情がないミゥの返答は怖い。
「ミゥ・・・。まあ、いいわ。ここまできたら女は度胸だよね」
チャイは覚悟を決めたかのように、力なく笑った。
「ソウナノデスカ?」
ミゥはこんな時でも平常運転。
「そうだよ」
「記憶シマシタ」
「あはは」
チャイに笑顔が戻る。
ミゥに出会ってから何度も経験した、このやり取り。
ミゥは、まだまだ色んな事を学習中であり、当然の反応といえるのだが、チャイにとってはそれが緊張をほぐしてくれる。
「それより、ミゥ、本当に大丈夫なの?」
落ち着いて考えると、色々気になり始めるチャイ。
「ナニガデショウカ?」
「さっきから鳴り始めたこのサイレン、やっぱり私たちが原因だよね?」
チャイはそういいながら辺りを見渡した。確かに、最後の扉のセキュリティロックをハックしたあたりからサイレンが鳴り始めていた。
「ワカリマセン」
ミゥのあまりにも事無げな、そして淡々とした返答に、チャイが困惑する。
「わかりませんって・・・・あなたこれ使い方わかるんでしょうね?」
恐る恐る確認。
「ソレハ問題アリマセン。デバイスハ全テ昨晩ノ内ニアップロードサレテイマス」
チャイがわからないと単語も混じっていたが、『大丈夫らしい?』と感じとり、
「うーん。よくわからないけど、大丈夫ってことだよね?」
そう再確認の質問をぶつける。
チャイが眉間を寄せて、そこに指を当てる。
「ハイ」
「そっかぁ」
「ハイ」
ミゥの返事は、簡潔で妥協の余地が無い。ある意味チャイには力強くも聞こえたが、不安なものは不安である。こういう時にお互いの感情的な、いわゆる感覚的な部分を共有出来ないのは、結構キツイ。しかぢ、チャイもすでに覚悟は決めていた。
『うん』と心の中で頷き、ミゥと一歩一歩、確かめるようにユニットに近づいた。
「ミゥ。あたし、これに乗るんだよね?」
チャイがそういいながら、コンテナを指差した。
「ハイ」
チャイは再び思いっきり不安そうに顔をしかめたが、すぐに思い直し、顔を引き締めた。
そう『女は度胸』なのだ。
「じゃあ、ミゥ。ヤバイことしてるみたいだし、邪魔が入る前にいこうか?」
「ハイ」
確かにその頃、事態を把握した財閥のスペシャルチームが、大慌てでA11番倉庫に向かっていた。舞の指示で、ミゥの捕獲作戦が展開されていたのだ。
しかし、ミゥが途中のセキュリティロックのかかった扉をハックして開けた後、丁寧に新しいパスワードを与えて、しっかりと再ロックをかけていたため、チームはなかなか先に進むことができずいた。ぶっちゃけミゥの捕獲作戦は難航をしていたのだった。
まあ、ミゥがどうしてこんな細かい妨害工作にまで気がまわったのかの理由については、SPの面々は疑問に思う余裕すらなかったのだが・・・。チャイの発言ではないが、結構ヤバイ状況といえるのだ。
ミゥは、ユニットの中央に体を固定し、背中のデバイスとユニットを接続した。と、同時にユニットのコントロールプログラムを起動した。
チャイは近くにあった、ぶかぶかの作業用の宇宙服を着て、コンテナに乗り込みミゥの次の行動を待った。
コンテナ内は、小さいながら緩衝剤が全体に敷き詰められており、空調設備までが整っていた。人を運ぶことを前提としてないことは明らかであったが、動植物を運ぶぐらいのことまでは配慮してあるようである。コンテ内の装備を確認したチャイは、コンテナ内が思ったより快適そうだったので、安堵に胸を撫で下ろした。
チャイがコンテナに乗り込んだことを確認すると、ミゥは、ユニットのミゥ本体へのマージ(結合)の指示を送った
指示に従い、上下それぞれのユニットは音もなくスムーズにミゥにマージした。と、同時に、宇宙航行用のナビが起動し、ミゥの目の前の操縦系のシステムとリンクする。先ほどまでは暗い光のみを放っていたそれぞの計器は、命を得たかのように点灯し、忙しく稼動を始めた。
そして、ユニットとリンクした瞬間に、目標コロニーの座標や航路情報が、ミゥのナビに次々とオートで入力されていった。
ミゥは、それらの情報受け入れながら、徹の顔を思い浮かべていた。
『徹サン・・・』
実はこの心の声(言葉として発したわけではなかった)が、ミゥが初めて、質問の返答であったり、促されたりせずに、場に強制されずに徹のことを名前で呼んだ瞬間であった。
ミゥは、コンテナ積載用のロボットアームを、操縦席から操作すると、チャイが乗り込んだコンテナを腹部に結合した。
ミゥのコンソールに『オールグリーン』の文字が表示されると、他の宇宙船がハイレール状にいないことを、再度、管制データベース上で確認をし格納庫の最後の扉をあけた。同時にエンジンを点火し、レール上のリニアシステムをオンにした。
こうして、ミゥとチャイは、すごい勢いでレール上を加速していき、いっきに宇宙へ飛び立ったのである。
そして、SPが格納倉庫に到着した時は、ちょうどミゥ達が飛び立った後であった。
実際、宇宙空間に出てしまえば、止める手段はほとんどない。
戦時は、多くの艦船や小型の宇宙艇がコロニーの周囲を飛んでいたが、今はもう宇宙旅客機か宅配のための輸送機がほとんどである。これらは、武装しているわけでもないし、何か特殊な装備をつけているわけでもなかった。そして、ユニットと合体してもせいぜい4,5mしかない宇宙航行用ユニットは、その航行速度はおそろしく早かった。
ほんの10数分後には、ミゥ達はギガラインに入るための管制ステーション前で、許可待ち申請の順番を待っていた。
このギガラインこそが、舞たちにとって、ミゥを止めることが出来る最後の砦でもあった。
確かに、ミゥのギガラインの使用申請は社としては申請済みの書類が既に準備されていた。しかし、実際にはそんな事実はなかったことには変わりがない。それを申請ミスというアナログな手段で乗り切ろうとしているのだ。
まあ、どちらにしても、ミゥは現時点ではギガスペースラインに乗ることはできない。舞を含め、関わっている人間は皆、さすがミゥもここを通過する事は出来ずに、停止するものだと思っていたのであった。




