2-5 いくぞ、とぶぞ、超えるぞ宇宙! その3
こんなやり取りがオフィスで繰り広げられているとき、ミゥとチャイの2人は、既に公共宇宙ドックから、財閥所有のドックに向かって、歩を進めていた。
一方、舞はオフィスを後にして10分後には、本社のある財閥所有のビジネスタワーに到着していた。
「お嬢様、どうしてこちらに?何か私どもに問題でも・・・」
伊那笠財閥所有のビジネスタワー内にどんと構えて業務を遂行しているはずの、カンパニー・マイの子会社のCEO(最高経営責任者)が最初に発した言葉がこれであった。
本社は、ミゥを含め、たった4人の陣容であったが、カンパニー・マイの99%以上の業務をこなす子会社は、13000人をこえる社員を有するコロニー内でも再大規模の企業である。もちろん、コロニー間の宅配などの宇宙関連の業務もこの子会社が100%管轄している。その子会社のCEO、つまり実質的な社長が、ほんの20そこそこの小娘に狼狽し、冷や汗をかきながら、取り繕う姿は、ある意味滑稽であった。
「いいえ。渡辺。緊急の用事があり参じたまでです」
舞は、子会社とはいえ、実質、伊那笠の宅配便事業のトップを相手にしても、普段と変わらない。
「なんなりと」
少なくとも自分の過失ではないと知ったことからの安堵感か、渡辺と呼ばれ他50半ばの男性は幾分顔色をとりもどした。
「ミゥの宇宙航行用の外装ユニットの倉庫に異常はないわね?」
いきなり核心から始める。
「ミゥ・・・」
渡辺は、舞の云う『ミゥ』という言葉を口の中で何度か反芻するが、思い当たるものがないといった風に、舞に視線で訴える。
ミゥは、苛立ちをを隠しもせず告げる。
「伊那笠インダストリー製の自律ニュートロン思考型アンドロイドHIX‐MIU001αのことです」
『あぁ・・・』渡辺の心の声が聴こえる。
渡辺は、難しそうな顔を作りながら相槌を打つ。
「は、はい。お嬢様の本社にて実験的に導入しているアンドロイドのことですね」
「そうよ」
舞の表情は依然として厳しい。
「それが何か?」
渡辺が額の汗を手の甲でぬぐった。
「まず質問にお答えになってはいかが?」
『この親の七光りの小娘がぁーーー』という渡辺の声が聴こえてきそうな場面であるが、渡辺もそこまで子供ではない。
眉をぴくりと震わせるに止める。まあそれでも舞には気付かれいているのではあったが。
「は、はい。HIX01の倉庫の件ですね。少々お待ちください」
渡辺は、慌ててダイコンに対していくつか操作を加えた。
「こちら、宇宙ドック管制室です」
渡辺が外部スピーカーに切り替えたダイコンから声が流れる。
おそらく、ミゥの外装ユニットの倉庫が通話先なのだろう。
「渡辺だ」
「は?どなたです?」
もう一度。
「渡辺だ・・・ー」
当然の反応と言える。 一社の社長が、現場の部署に直接電話をすることは通常ではありえない。むしろ、名前だけいわれて社長だとすぐに理解できるほうが異常なのかもしれない。
管制官は、電話口での同僚との会話を隠そうともしなかった。
『おい、なんかへんなおっさんから、渡辺だってコールがかかってるんだけど』
『まじかよ?こんなところには間違い電話なんてあるのかよ・・・』
『まじだぜ?』
『切っちまえよ』
『そうもいかねえだろ・・・そもそもこんなところに直通って・・・』
『直通って!!?』
『おい、ここって直通なんかねぇだろ?』
『たしかに・・・こいついったいだれなんだ?』
『渡辺って言ってるけ・・・・・』
表情は見えないが、横柄な態度、不遜な対応だというのは、誰にでもわかるだろう会話が暫く続き、もう一度渡辺の名前が話題にのぼったところで、受話器越しの声が止まった。
「すいません。どちらの部署の渡辺でしょうか?」
既に渡辺の額にははっきりと青筋が浮かび、体も小刻みに震えている。そして、
「社のCEOの渡辺だ」
絞り出すような声で、今度は役職名付でそう告げた。
「!!!」
受話器越しの声が完全に止まった。管制官は、脚をくんで椅子から投げ出して座っていたその姿勢から、その場に立ち上がると、直立不動の姿勢をとった。
「し、失礼しました。ご用件はなんでしょうか?」
管制官もようやく声の主に気づいたのである。
渡辺は、かるく深呼吸をして息を整えた。
「HIX001の実験ユニット用の倉庫に異常はないな?」
渡辺は、改めて件の質問を確認する。
「は、はい。特に問題はありません」
ようやく渡辺は、安堵の表情を浮かべ、
「そうか。何かあったらすぐ私に連絡を行うのだ。よいな?」
鷹揚にそう指示を与えた。
管制官も、社長の機嫌を損ねなかったことに、胸を撫で下ろし、
返答を・・・
「はい。了解しまし・・・」
声が止まった。
それと同時に、受話器越しにサイレンのような音が聞こえ始めた。
「おい、どうしたんだ?」
渡辺が声をあらげる。
「・・・」
管制官から返事はない。
「おい、状況を説明しろ」
渡辺の声に力がはいる。
上司には弱いが部下にはめっぽう強いらしい。
「渡辺、どうしたのです?」
舞も、渡辺の表情の変化に気づいた。
「少々お待ちください。今現場で何かが・・」
「はやく状況を」
舞が渡辺に向かって一歩足を踏み出す。
「はい」
「管制、何が起きたのだ?」
渡辺がダイコンに意識を戻す。
事態を把握したのか、ダイコンにようやく管制官の声が戻る。
「は、何者かが、機密扱いのドックの扉を次々とハッキングしています」
伝えられたのはあり得ない報告。
「なんだと?どの機密だ?それにハッキングとはどういうことだ?」
意味がわからないとかぶりを振りながら問いただす渡辺の額に汗が浮かび始める。
「お待ちください・・・」
一瞬の沈黙が流れる
「社長・・・HIX001の倉庫へ通じる、セキュリティロックのみが次々とハッキングを受けております・・・つまり勝手に開けられていっております」
更に衝撃的な内容。
「な・・・・」
渡辺も絶句しる。
「認証システムはどうなっていおるんだ?」
「内部からのハッキングです。防げません」
頭を巡らし、詳細を確認しようとするが、返ってくる返答は聞きたくないものが続く。
「ええい、止めろ」
声とともに渡辺の手が空を舞った。
なりふりは構っていられない。
「はい、いま全力で防壁プログラムを投入しております」
「間に合うのか?」
「敵は、我が社のシステムを熟知しているようです。投入したワクチンも次々と消滅しています」
「そ、そんな馬鹿な・・・・」
一連のやり取り続き、渡辺が机に手をついて項垂れる。
そして、狼狽し、舞に助けを求めるように見上げる。
「渡辺。異常があったのですね・・・」
渡辺の様子に異常事態を感じた舞が静かに、それを言葉にした。
「あ、お嬢様・・・・」
「説明なさい」
狼狽えている男を見据え、状況の説明を求める舞の声は緊張しているのでもなく、糾弾しているそんな様子もなかった。
「お嬢様がおっしゃった、HIX001の専用ドックが、いやそこに通じるセキュリティロックが次々とハックされ、開放されているのです・・・」
「やっぱり・・・」
予想してた状況。舞はそうとしか言えなかった。
「やはりとは?お嬢様何かご存知なのですか?」
渡辺も、舞の様子からすがるように、そう云って立ち上がる。
「・・・」
舞は目をつぶり大きく溜め息はついたが、渡辺の問いかけには返答を返さない。
「お嬢様・・・」
渡辺が、もう一度呼び掛ける。
舞は、覚悟を決めたように『よしっ』と、呟いた。
「渡辺、宇宙ドックの使用を一時的にすべて停止しなさい。1台たりともドック外にでることを禁じます」
「しかし、そんなことをしては・・・」
「長い時間じゃないわ。ほんの少しよ。業務には支障がないでしょう?」
「は、はい・・・」
「お客様に迷惑をかけてはいけないわ。ギガラインのスケジュールの変更手続きを同時に行いなさい」
「しかし、理由もわからずに・・・」
「今、説明している時間はないわ。あの子をとめないと・・・・いいわね?」
舞は、聞き返しながら躊躇する渡辺に、反抗を許さない、女王然全とした雰囲気を漂わせながら、矢継ぎ早に指示を下した。
「はい。仰せのままに」
舞は幼少の時から徹底的に帝王学を学ばされている。
年齢的なものこそあれ、素地が違う。
渡辺は、頭を下げた。
舞は渡辺が指示を了承したのを確認すると、オフィスの方角に視線を落とし、
「やってくれる・・・」
そうつぶやき、唇を軽く噛むと、その場を後にしようとクルリと渡辺に背を向けた。
「お嬢様どちらに?」
舞は、顔だけを振り向かせた。
「ここで私に出来ることはないわ。社に戻ります。渡辺はとにかく宇宙ドックの凍結を最優先で」
舞は、そのまま無言で部屋をでていった。




