2-5 いくぞ、とぶぞ、超えるぞ宇宙! その1
2ー5 いくぞ、とぶぞ、超えるぞ宇宙! その1
翌朝、舞とカレンが出社し、ソファの上の徹を文字どおり叩き起こした。
舞達は、出社するなり、いつもの朝と違うオフィスの異変に気づき、すぐに徹の寝ているソファに駆けつけたのだ。
いつもであれば、部屋の隅々まで雑巾で綺麗に水拭きしてあり、2人の出社にあわせて、2人のデスクの上にはモーニングコーヒーが用意されていたからである。ミゥが働きはじめて、最初に覚えたのが、この朝の定型業務?であったのだ。
そして、ミゥとチャイの姿はオフィスになかった。
これは、異常である。
「おい、科学オタク。ミゥはどうしたんだ?」
朝の目覚めの一声が、怒気を含んだこの呼びかけと、ヒールでどつかれたのでは、目覚めが良いはずがない。
徹は、悪夢から目覚めたかのように、低い唸り声をあげながら、起き上がった。
「おい、お前のロボットはどこにいったんだ?と聞いているんだ」
カレンが再び詰問した。
「は、はぁ?」
徹の気のない返事に、カレンの顔がいよいよ険しさを増した。
「まあ、カレンさん。寝起きで正体がないのですから、そんなにつっかかってもしょうがありませんわ」
舞がカレンを諭すように、2人の会話に割って入る。
「ふん。お前はいつも、いつも、いつも、いつも、こいつに甘いんだよ」
「そうですか?」
舞が首をかしげる。
「とはいえ、ミゥが本当にいないのであれば、社としても問題ですわね。徹さん。シャキっとなさってください」
そして今度は、徹にそう続けた。
「はい・・」
徹の2度目の気の無い返事に、カレンが徹の顔を覗きこむ。
「こいつは、オタクチックな話題以外でシャキっとなんかしないんだよ」
再びカレンの声が硬くなりはじめる。
「まぁまぁ。落ち着いて。徹さんも、目が覚めないのであれば、私たちのためにコーヒーでもいれてくださらない?」
舞は、カレンをなだめるかのように力なく微笑むと、給湯室を指差しながら、徹にそう促した。
徹は、寝ぼけ眼をこすると、ふらつきながらコーヒーの支度を始めた。そして、15分後、いらいらしながら待っているカレンと薄笑い気味の舞、2人の前にようやくコーヒーが並んだ。
「まずい!」
「これはよろしくないわね」
一口すするなり。2人がほぼ同時にカップを置いた。
「こんな苦いコーヒーが朝から飲めるかよ」
「たしかにモーニングコーヒーは多少濃い目に入れはしますけど・・・」
2人は、さらにそう続けた。徹は、うなだれて頭を掻きながら、横目で舞をちらりとみた。
舞は、ため息をつくと、
「まあ、今日はこんなことを追求してる場合ではないわね」
話題を変えた。
「徹さん、ミゥはどこにいるのですか?」
そう、尋ねる。
「・・・」
眉を寄せて答えに窮する徹。
「徹さん・・・」
返事に窮している徹に、舞が再度、そう詰問をする。
沈黙を許さないといった雰囲気が漂う。
「夜のメンテナンスの時には、ここにいました」
徹が小さな声で、ぼそりと返答した。
「朝は?」
舞が、回答を急かす。
「先ほど、お二人に起こされるまで寝ていましたから・・・・」
徹が再び、更に小さな声で、やはりぼそりと返答した。
「けっ。使えないやつだ」
カレンが机を叩く。徹は更に眉をしかめ、避けるように一歩下がった。
「カレンさん・・・怒ってばかりでは話が進まないわ」
舞が再びカレンと徹の間に割って入る。
舞は責めれば責めるほどだんまりを決め込んでしまう、徹の性格を熟知している。
カレンに批難がましい視線を向ける。
「はい、はい。わかったよ。あたしゃだまってますよ」
カレンはぶっきらぼうにそう言うと、自分の席に座りなおした。
気を取り直して、舞が徹に尋問がましく質問を続ける。
「では、徹さん。ミゥはいつものようなあなたを起こすこともせず、チャイを伴って消えた可能性が高いということですね?」
誘導に近いが、事実であろう質問だ。
「はい・・・」
徹も認めざるを得ない。
「ミゥを含め、誰であろうと、早朝、正面玄関からでればその記録が残っているはずです」
「はい」
徹が頷く。
「あなたがコーヒーを入れている間、記録を調べましたが、正面玄関を通ったという記録はシェア(ビルの受付管理アンドロイド)にはありませんでした」
「・・・」
徹は沈黙で答える。
「徹さん、あなたもインスタントコーヒーをじっくりゆっくり、そして更にのろのろと煎れている間に調べたことがあるのでしょう?どこにいるのです?」
「・・・」
舞の皮肉をたっぷり含んだ問いかけに、再び沈黙で答えようとした徹に、
「徹さん・・・」
舞が言葉を被せる。
返事に詰まる徹に、舞が答えをもとめての呼びかけだった。
「じ、実は・・・」
「実は?」
間髪いれずに、次の返答を促す。
「ミゥの座標を特定するためのビーコンが検出できないようで・・・・」
「検出できない?」
舞も、ばつが悪そうな表情で徹が答えたその内容を理解すると、さすがに驚いた表情を浮かべた。
「はい」
徹は少し顔を上げる。
「ミゥ自身が、自分の意思で切ることなどできないでしょう?」
「それはできないはずですね」
今度はきっぱり。
「おい、舞、そいつ何か知ってるって面してるぜ」
カレンが立ち上がって足早に徹に近づき、徹の首をつかむ。
「カ、カレンさん・・・く、くる・・・」
「カレン、やめなさい。責めるのはいつでもできます」
舞がカレンを、厳しく声で制止する。
「ふん」
カレンが手を放すと、徹はせ咳き込みながら、話を再開した。
「ビーコンは切ることはできない。でも、座標情報を返さない。考えられることはいくつかはあります」
「何ですの?」
「もったいつけんなよ」
舞とカレンがユニゾンする。
「1つは、ビーコンの故障。でもこの可能性はまずないと思う」
「では、他の可能性は?」
先ずは舞が促す。
「そ、それは、しかし・・・・」
かぶりを振りながら徹が言い淀む。
「さっさと言えよ」
今度はカレンが突っ掛かる。
徹は、チラリと舞を見る。舞は、ただうなづいた。
「つまりですね。ビーコンは、都市部の電波非規制区域で、しかも人工重力が100%機能している空間でのみ捉えることが可能なのです」
徹は説明を始める。
「ということは、どういうことですの?」
徹の分かりにくいお宅チックな説明に舞が、質問を重ねる。
「はぁ。これはあくまでも可能性ですが、おそらくは、電波が規制されている区域にいるのではないかと・・・」
「具体的には?」
徹の要領を得ない説明に、舞も苛立ちを見せる。
幼馴染みの苛立ちを敏感に感じ急いで答える。
「病院、公社内、そして宇宙ドックです・・・」
「宇宙ドック・・・・」
徹の言葉を聞いて、舞の顔が驚愕に歪んだ。




