2-4 入浴、乳浴、女の体 その4
そのワクワクする逸る気持ちを抑えながら徹は話を続ける。
「推測。ずいぶん遠まわしないい方をするね。人はそれを『~と思う』と表現するんだよ」
「・・・」
「まあ、それは置いておこう。ミゥ。君の感じ方は、正しいと思うよ」
指摘と教育。あくまでもはっきりとした肯定はしない。
「デ、デハ何故・・・」
ミゥは解答に辿り着けない。
今、2人が話しているのは感覚を元にした是非。
「それはね、舞、あの人の決定は全部が全部チャイのための決定ではないからだよ」
「誰ノ為ナノデスカ」
「舞の決定は、社のため、舞自身のため、そしてミゥ、君のための決定なんだ」
今度は、感情、感覚がものを決定づけるロジックを説明する。
「・・・!?」
ミゥが徹を凝視する。
「ちょっと今の君には難しい話かもしれないね。でもがんばって聞いて。人間は責任ある立場に就けば就くほど、常に相手のために最善の決定をできなくなる場合があるんだ。いや他の誰かのためだけではなく、自分自身のためにさえ、場合によっては最善ではない選択肢を選ばざるを得ないときがある」
「・・・」
はっきりとはわからないが、ミゥが困惑しているように見える。
今の時点のミゥは、確定要素ではない情報の処理をもて余している、と言うのが科学的な状態なのかもしれないが、人が悩むということは、まあそういうことである。
「抽象的だとわかりにくいか・・・」
「・・・」
ミゥが少しだけ首を傾ける。徹はミゥの様子を見て、少しだけ目を大きくして言葉を呑んだが、微笑みながらミゥを見つめ、話を続けた。
「ちょっと具体例で説明をしよう」
「ハイ」
「たとえば、チャイを目的のコロニーに送り届けるためにはかなりの費用がかかる。もしチャイが可哀想だからといってそれを実行してしまえば社に損害がでてしまう、それはチャイには良いことかもしれないけれど、社には良いことかい?」
クローズドクエスチョン(二者択一)で、ミゥを導きながら話を続ける。
「イイエ・・・」
「もし、そんなことを舞が勝手に決めてしまったら、舞はきっと誰かに怒られてしまうよね。ミゥはチャイには幸せになってほしいけど、舞はどうでもいいのかい?」
「イイエ・・・」
「そして、最後に、君がチャイをここに連れてきてしまったことは、人の社会ではね、そう人間社会では・・・。一歩間違えれば、誘拐という立派な犯罪になってしまうんだ。舞はミゥのためにも事をスムーズに解決しなければならなかったんだよ。わかるかい?」
「・・・」
ミゥから返事がないのを確認すると、徹は再び口を開いた。
「だからといって舞がチャイをどうでもいいと思っているわけではないんだよ。舞はチャイの両親を探す手伝いをすると言っただろう?」
徹は、ミゥが簡単な二者択一でも返答できないと判断して、違った方向からミゥを解答へ導く。
普段の徹を見ていると忘れそうになるが、徹は人工知能の学習理論に関して間違いなく天才と言える。
徹あってのミゥであるのも、当然この徹の才能ゆえである。
「ハイ」
今度は期待した返答が戻ってくる。
「あれだって、手間と時間とお金がきっとかかるに違いないよ。でも、それは舞が個人的に手伝える部分では、きっと最善と信じる道を選択したんだと思う。だからミゥも、いつかそれを理解できるように努力をしないといけないよ」
「・・・」
少し興奮しているかのように、徹が話を続ける。
「それと、ミゥ。疑問を持つことはとても良いことだよ。そして、君が、
『すぐにでもミゥを目的のコロニーにつれていってあげたい』
『少しでもはやく両親にあわせてあげたい』
そう感じる心はとても純粋ですばらしいものだと思う」
「・・・」
ミゥは徹に無言で頷いた。
そして、
「君は、一歩一歩成長しているんだと、本当に感じているよ」
そう言いながら、徹は立ち上がるとミゥの肩に手を置いた。
「・・・」
そのまま耳元で囁く。
「そしてね、ミゥ。もし君が人としてそれを本気で望むのであれば、君にはその力があるんだよ。星を越える力がね・・・・」
「・・・」
「人はね、時にはそれが間違いだとわかっていても、行動しなければならない!、そんな気持ちになることがあるんだ・・・」
「・・・」
2人の間に静寂が吐息を落とした。徹はミゥの髪の毛を一度だけなでると、モニターの前の椅子に腰を下ろした。
「ミゥ。寝る前にチャイにちゃんと挨拶をするんだよ?わたしはちょっと作業をしたいことが増えたからもう戻るよ」
「マスター・・・」
ミゥが椅子から立ち上がり、姿勢を正した。
「なんだい?」
徹の問いかけに、
「アリガトウゴザイマス」
ミゥは大きく頭を下げた。
徹は返事の変わりに、鼻に下がったメガネを直すと、キーボードで入力を始めた。
ミゥはそのまま仮眠室で寝ているチャイの寝顔を部屋の入り口から眺め、小さな声で『おやすみなさい』と挨拶をした。
そのあと、いつもの椅子に腰かけて、バックアップを終了すると、そのままスリープモードに入った。
ミゥが朝目覚めると、自分のOSにいくつかデバイスや情報DBにアップデートされているNewアイコンがあることに気づいた。
1つ1つ更新、追加されたファイルを確認したミゥは、それらが、宇宙宅配用のミゥ専用のユニットに関する関連情報であり、そのユニットが伊那笠宇宙ドック、A11番倉庫にあることや、その専用ユニットの操作関連のプログラムや目標コロニーの座標情報であることを知った。
ミゥは立ち上げると、隣の部屋のソファーでいびきをかいて寝ている徹に、『ありがとう』と、つぶやき、チャイを起こした。




