2-3 来た、出た、荷物? その2
自分が両親に捨てられたこと--------
自分が捨てられたときにいっしょに置いてあったのは『チャイ』という手書きのネームプレートだけだったこと--------
以来、両親からの連絡は一度もなかったこと--------
孤児院をでなければならない14歳が迫っていること--------
孤児院を出ると新しい戸籍をもらい公社に勤めることが決まっていること--------
新しく発行される戸籍にはチャイという名前がないこと--------
偶然TVで視た番組で、リゾート惑星の富豪が幼いときに星間旅行先でチャイという名前の娘と生き別れ、探しているという特集を目にしたこと--------
その娘の年が自分と似通っていたこと--------
チャイの話は、辛い現実と未来の希望があふれていた。話が終わったときには陽は完全に姿を隠してしまい、テラスの灯がうっすらと辺りを照らしていた。チャイの頬にはいつのまにか大粒の涙が伝っていた。
「お前ぇ苦労してんだな・・・」
カレンが瞳にに浮かんだ涙を拭いながら、チャイの肩を叩いた。
「あら、カレン。案外あなた涙もろいのね」
舞がカレンに微笑む。
「けっ。目に埃が入ったんだよ」
カレンは幾分頬を染めながら顔を背けた。
「これで、チャイさんをどうするか、だいだい決まったわね」
呼称の『様』は、いつの間にか『さん』に変わっていた。
チャイが顔をあげて舞を見つめた。
「確かに我が社は、他の部署ではありますが、星間宅配便を承っています。またチャーター便を用いた公社要人の星間渡航や護衛の業務も受けております」
チャイの顔が一気に明るくなる。それを見て、舞は一瞬言い淀むかのように言葉を止めたが、すぐに再び口を開いた。
「しかし、それはここの本社で受けれる業務ではありませんし、チャーター機を用意するためにはかなりの費用がかかります」
「・・・」
チャイが下を向いて、舞の次の言葉を待つ。
「現時点で、チャイさんがその費用を負担することはできそうにもありませんし、かといって当社が負担すべきものでもないのは当たり前のこと」
「・・・」
チャイの顔に再び絶望が浮かんだ。
「舞、お前、よくそんな・・・」
カレンが非難がましい声で口を挟む。
「最後まで聞きなさい」
舞がカレンの目をみて、ピシャリと言う。
「な、なんだよ・・・」
舞の、そのはっきりとした確かな口調に、カレンが赤面する。
「これから、私が孤児院には事情を連絡させていただきます。その上で孤児院にお連れすることで今回のことは問題を収めていただけるようにお願いをしたいと思います」
舞はカレンに顔を向けたまま、そう言葉を続けた。
「そうか・・・」
カレンは深い溜め息と共にそう言葉を絞り出した。
「ただ、わが社もクライアントのご希望に添える結果を残すことが出来ないことには変わりはありませんので、そのTVの配信元を調べ番組に問い合わせを行い、チャイさんのご両親のことを確認をしてみたいと思います。」
そう言いながら舞はチャイに視線を戻した。
「ま、舞!!」
チャイとカレンの顔が輝く。
舞はそのままチャイに視線を残したまま話を続ける。
「チャイ様、それで今回のことはご了承いただけますでしょうか?」
舞の口調は、優しいものではあったが、決定事項としての厳しさも含んでいた。思わぬ展開にチャイの顔に当惑の色が広がる。
「は、はい、お願いします」
ようやくチャイの口からはそのひと言だけが絞りだされるようにこぼれた。
チャイの精一杯の返答を受けた舞は、ミゥの横で視線を忙しなく切り替えては、何度も頷いていた徹に告げる。
「さて、徹さん、ミゥ、わが社の決定は以下のとおりです。ミゥにはチャイを孤児院に送り届けてもらいます。よろしいですわね」
徹とミゥはほんの一瞬だけ顔を見合わせて、
「はい」
「了解シマシタ」
と、返事をして頷いた。
舞は、その2人の様子に少しだけ右眉を上げたが、ゆっくりと1回瞬きをしただけで、何も言わなかった。
徹は、返事をした後、なんとなく気になって、自分より背の高いミゥの顔を覗きこんだが、ミゥの顔からはなんの感情も読み取ることができなかった。
舞はすぐに孤児院に連絡をして、事の次第を話したが、当直の職員が宿直さんしかいなかったため、明日朝一番で再度連絡をとることとなった。
そして、チャイは、舞の計らいで一晩オフィスで預かり、徹が面倒をみることになった。
徹も、年頃の女の子を泊まらせることに一応の抵抗を見せたのだが、ミゥも年頃の女の子でないのかと、反論され、結局了承せざるを得なくなってしまった。とりあえず、事が一端の決着をみると、徹は、チャイにトイレなどの案内を始め、チャイを連れて部屋に戻っていってしまった。
カレンは徹とともに部屋に移動しようとしているチャイに、
「襲われるなよ」
そう忠告をして、会社を後にした。
舞は、情けない笑みを浮かべながら、
「いくら・・・まぁもういいわ・・・ふぅ」
そうため息をつくと、今日の報告をダイコンで入力をはじめた。
手早く報告の入力が終わると、テラスのソファーから腰をあげ、テラス入り口で、舞を見つめているミゥに視線を移した。
「ミゥ。その髪止めとても似合ってるわよ」
その唐突な呼びかけに、ミゥは幾分反応が遅れたようであったが、ゆっくりと、振り向き、そしていくぶん目を細めた。
「アリガトウゴザイマス」
今度は、舞が驚いて目を丸くしながら、反応が遅れる。そして、
「えっ?・・・あっ!?ミゥ・・・今、表情が。。。」
そう、声にならない悲鳴をあげる。
「ハイ?何カ問題デスカ?」
そう応えたミゥには、先ほどの感情らしき表情は残ってはいなかった。
舞は、なんとなく恥ずかしくなり、舌を噛みそうになりながら質問する。
「え、ええ、いいえ・・・。その髪止めは誰にもらったの?あのと・・・いぇ、チャ・・・チャイという子?」
自分ながら『どうしてこんな事聞いているんだろう?』と不思議だったが、何となく気になったのは事実。
「イイエ。コレハ”マスター”二イタダイタ物デス」
ミゥは、そんな舞の様子を気にすることなく、淡々と質問に返答する。
「そう・・・徹さんが・・・」
ある意味、予想通りの返答である。
舞とミゥの会話が途切れ、2人の間に、静寂が訪れた。
しばらくして、頭の中のモヤモヤしたものを振りきるように頭を左右に振り、舞はダイコンを外した。
そのまま、オフィスへの扉に手を掛けた舞は、もう一度振り返り、笑みを浮かべた。
「その子、明日孤児院に返す前に、お風呂で綺麗に洗ってあげなさい。ついでに髪の毛も散髪してあげるといいわね」
舞は、もう平静を取り戻してかのように見えた。
「了解シマシタ」
ミゥのアンドロイドらしい受諾の返答を聞くと、舞は扉をくぐりオフィスに入っていった。
そして最後までテラスに残っていたミゥは、テラスの円卓の上のグラスを片付けると、そのまま部屋の中に戻っていった。
ちなみに、オフィスの中に消えて行った舞が、
「ミゥはアンドロイド・・・ミゥはアンドロイド・・・」
と、念仏のようにブツブツ呟いていたのを、片付けながらのミゥではあったが、彼女の聴覚センサーはしっかりと捉えてた。




