2-3 来た、出た、荷物? その1
2-3 来た、出た、荷物? その1
夕陽がテラスを赤く染める中、豪勢にも総ヒノキでしつらえられたウッドデッキには、3つの長い影と1つの丸い影、この日は更にもう1つ、他の影の半分ほどの長さしかない小さな影が伸びていた。ここはコロニーの中心街のど真中に位置する商業ビルの最上階に位置するペントハウス。そう、カンパニー舞のオフィスのベランダ部分をリゾートホテル顔負けのコテージ風に改築したテラスであった。
そして今、そのテラスには、このカンパニー舞本社勤務の4人が全員顔をそろえていた。影は5つ。つまり。もう1人いる。その最後の影の持ち主こそ、両耳の横に三つ編みのおさげを垂らしたやや色黒の少女、そうカンパニー・マイの宅配担当区域外で依頼をしてきた少女であった。
5人はパノラマの風景の中、傾きかけた紅い陽光の中に、存在すらも溶け込ませているようであった。そんなリゾート地でのコテージ顔負けの憩いの空間の中、一同、顔を突き合わし、そして一様に困惑した表情を浮かべていた。いや、正確には、今だ感情を自由に表情に表すことのできないミゥを除いた4人が、眉をしかめたまま見つめあっていた。カレンと舞の2人は水着モードの時とは違うが、やはり、リクライング機能のついたソファにに背筋を伸ばしたまま腰掛け、徹と舞はテラス入口付近に並んで立っていた。そしてチャイは、ミゥの脚にしがみつき、顔だけをのぞかしていた。
5人の間ではしばらくの間、静寂が時を刻み、その重い空気は夕陽が沈むとともにさらにその重量を増したかのように5人の頭の上にも影を落としていった。
陽が8割り方沈みかけた頃、溜息をついた直後、カレンがソファから立ち上がり、重い静寂を破った。
「で、何でここにこいつがいるんだ?」
カレンは、チャイを指差して、そう唸った。
チャイは体をビクっと震わせると、ミゥの後ろにすっぽりと体を隠した。
「カレンさん。仮にもお客様に向かって、『こいつ』は、関心できませんわ」
「はぁ?」
舞が発した状況を顧みるといささかズレた言葉を聞いて、口を歪めたカレンが舞に振り返りながら聞き返す。舞は、にっこり笑うと、円卓の上で、完全に氷が溶けてしまいぬるくなったアイスカモミールティを、ひと口ストローですすった。
「舞、状況は理解しているのか?」
カレンは、舞にガンを飛ばす。舞は、気にした様子もなく返答をする。
「もちろんですわ。徹さんからの報告書は目を通しましたし、先ほどミゥからも報告を受けたばかりですわ。あなたもその場にいらっしゃったでしょう?」
カレンの目がいっそう険しくなる。
「そういうことを言っているのではないだろう?いいか、このオンボロアンドロイドはな。こともあろうか、このガキ・・・・」
「コホンっ」
舞が聞こえるように咳ばらいをする。
「・・・クライアントの宅配の集荷、それもクライアント本人の集荷を受けたばかりか、集配車の後部バンに文字どおりに積んで、しかも地区の倉庫に荷物として格納しようとしていたんだぞ!」
カレンは体を前のめりにして一気にまくしたてる。
「そうですわね。でも徹さんの機転で、倉庫に格納しようとした行為は未遂に終わり、結果、ここに連れてきたのではないのですか?人間を倉庫に置き去りにしたなんてことが公になれば、社の存亡の危機でしたわね」
舞も腰に手を当てて、やはりちょっとズレた内容の返答を、長々と、説明口調でカレンに伝える。
「そんなことはあたりまえだろ」
カレンは、ますます声を荒げる。
「だいたい、オタクが絡むとなんでそんなに甘々な・・・。」
と、今度は徹に流し目を向け、独り言ちる。そして、今度ははっきり徹に顔を向けて話を続ける。
「そもそも、科学オタク。なぜミゥが人間を集荷したと知った時点で、すぐに孤児院に送り届けなかったんだ?うちの業務に人間の移送なんて含まれていないのは知ってるだろうが」
徹は、怒りの矛先が自分に向けられると、頭を掻きながら目を背けた。
「この野郎。。。。」
カレンのゴージャス金髪美人な顔が怒りにゆがむ。
「・・・」
徹は沈黙を通す。
カレンが、大股で徹に近づく。
「いや、社長。これには訳が・・・・。」
さすがに徹も慌てて言い訳を口にする。
「訳だぁ?」
身長差もあり、徹を見下ろすようにカレンが詰問する。
「はい。訳が・・・」
ぼそぼそ徹が言葉を発する。
「言い訳は聞かないぞ」
目を覗き込むようにカレンが言う。
「・・・」
少し身を引いた徹は言葉に詰まる。
舞がもうひと口紅茶をすすってから、口を挟む。
「カレンさん、顔が近いですわ。社員とは適切な距離を取って頂かなければ困ります」
「・・・・・・・・・・・」
今度は、カレンが沈黙する。
顔にははっきりと『そこかよっ!』という怒りと呆れが浮かんでいる。そんなカレンを無視して舞は話を続ける。
「カレン。徹さんを責めても事態は変わりませんし、そもそも徹さんが多少異常だったとしても、それはいつものことではありませんか。責めてもどうしようもありませんわ」
「ふん。おまえはいつも徹に甘すぎんだよ」
先ほどの独り言とは違い、はっきりと、そして吐き捨てるようにカレンが言葉にする。
「そうですか?」
舞は、少し眉をひそめると、人差し指を唇にあてて、首を傾げた。
「ふん。まあいいさ。で、どうすんだよ?」
ゆっくりと歩いて、円卓に手をついて、徹と薫の方に向き直ったカレンが少し冷静な声でそう尋ねる。
「そうですね。孤児院に送り届けるにしても、どうしてこのような事態になったかを説明しなければならないですわね。まずは、チャイさんがどうして、自分を集配してほしいなどと依頼をしたのかを本人の口からお聞きしましょう。それを聞いた上で、孤児院にもいきさつを説明することにしましょう」
舞は、あらかじめ用意していたかのようにすらすらと対応を口にする。
「じゃあ、そのチャイ様は、あたしらが理解できるように日本語で説明できるのかよ?」
さらりと嫌味を混ぜるカレン。
「母国語は違うのかもしれませんが、このコロニーで育っている以上、日本語も十分に話せるはずですわ」
さらりとかわす舞。
「ふん」
カレンが鼻を鳴らす。
「カレン・・・」
舞の眉間に皺がより、目がに光が走る。
「お、おう。わかったよ」
カレンもそういって手を挙げて降参のサインをつくり、再びソファに腰を落とした。
舞は、ミゥの後ろに隠れている小さな女の子に、笑顔で、小さな椅子をすすめた。チャイも観念したのか、それとも舞の笑顔が怖かったのかは不明だか、素直にその椅子に座った。
ちなみに、そんなやり取りを徹は硬直したまま見守り、ミゥはカレンと舞のやり取りをメモリーに記憶しながら、文字通り傍観していた。
「で、チャイ様。どうして自分を集荷、宅配してくれなどど依頼をしたのですか?そして、この配送先にある、両親のところとは、どこのことなのですか?」
今度の『チャイ様』の呼びかけは先ほどのカレンのものとは違い、お客様を呼ぶにふさわしいものであったことは当然のことである。
舞が落ち着いた、そして優しい声で、チャイに日本語で話し掛けると、チャイもようやく口をあけた。チャイは予想どおり流暢な日本語で話を始めた。よく考えれば、母国語がわかっているのであれば、それは教育の一環として孤児院で学ばされるのは確かだ。それと公用語の英語もそうだろう。ただ、この日本語が日常で使われているコロニーにいる限り、当然、日本語も学んでいるはずである。流暢で当たり前であるのだ。
チャイは、最初はたどたどしかったが、一度調子をつかむと堰を切ったように話を始めた。




