2-2 小さい、小さな、依頼人 その2
2-2 小さい、小さな、依頼人 後半
孤児院は、東シュワーツに限らず周囲を塀で囲まれた、しゃれっけのない灰色の建物である。門をくぐると、各年代の子供にあわせて、さまざまな遊具が設置されていた。孤児院というと、いじわるなおばあさんとか、院長さんが出てきそうだが、少なくともシュワーツの孤児院でそのような噂は皆無だった。皆、成人すると喜んで公社に就職するのだから、悪い所ではないのだろう。
ミゥは正門をくぐると、そのまま正面玄関のインターホンを押そうと腕を伸ばした。ボタンを押そうとすると、正門エントランスの柱の陰からミゥを見つめている子供がいるのに気づいた。ミゥは伸ばしかけていた腕を戻すと子供の方にゆっくりと近づいた。
「コンニチハ。ワタシハ、カンパニー・マイの『ミゥ』デス。」
ミゥは首を傾げるように挨拶をしながら、自分の胸ぐらいまで背丈しかない子供に視線を向けた。その子供は、ミゥが声を掛けたことに驚いたのか、駆け足で反対側の柱の陰に隠れなおした。ミゥは、再び子供の方に振り返えった。
まさにミゥが声をかけようとしたそのとき、そのとき玄関から、数人の子供が飛び出してきた。子供達は、ミゥを取り囲むと、ミゥの体をペタペタ触ったり、つついたりしながら、声をあげてミゥを見つめていた。
「すっげーこいつの体、硬いところと柔らかいところがあるぜ」
「肌は本物なのかよ」
「髪の毛綺麗~」
さすが好奇心の塊の子供たち。東地区では珍しいアンドロイドに興味津々である。
あまり子供たち、というか、カンパニーの面々以外に親し気に触れられることに慣れていないミゥは、困惑したかのように立ち尽くしている状態だった。
恥ずかしいだとか、困ったという感情は、まだ明確な状態に育っているわけではないため、徹的な説明を加えるのであれば、周囲から発せられる過多な情報を処理できず、最適解を求めてデータベースを検索している状態といったところであろうか。
しばらくそんな時間が続き、固まっているミゥに向けて、子供たちの1人が発した、
「こいつ何しに来たんだ?」
という一言が偶然にもミゥを検索実行時の硬直状態から回復させるきっかけとなり、質疑応答というロジックがようやく働き始めた。
ミゥは、子供たちに向かって先ほどの質問に返答を返す。
「申シ訳ゴザイマセン。チャイ様ハ、ゴ在宅デショウカ?」
ミゥが声をかけると、子供たちは一層面白可笑しそうに騒ぎだしたのだった。
「こいつしゃべったぞ」
「スッゲー!空とべるんかな」
ミゥが再び口を開こうと周囲を見渡すと、1人の子供が柱の陰の子供を指出した。ミゥは子供達にまとわりりつかれたまま柱に近づくと、今度は名前を呼んだ。
「チャイ様デスカ?」
柱に隠れていた子供は、少しだけビクビクしながらも、ゆっくりと陰からでてきて小さくうなづいた。
柱の陰からでてきた子供は、肌の色はほんの少し茶褐色で、ひとみの色は黒。髪は左右にみつあみで肩下まで垂れ下がっていた。鼻の上には絆創膏が貼られていて、顔は土埃で汚れていた。服も黒のタンクトップの上にメッシュの白地のゆったりとした半袖、ズボンは膝丈のスパッツ、靴はぼろぼろの踵止めのあるサンダルを履いていた。そして、右肩から左腰にかけて、頭ぐらいの大きさのポシェットを掛けていた。
ほっそりとした手足と、わずかに膨らんだ胸、髪の毛でかろうじてその子供がが少女であることが伺えるといった風である。
まあミゥは性別で対応を臨機応変に変えることができるほど人工知能の学習が進んでいるわけでもないのではあったが・・・。
歳のころは11、2歳であろうか?13歳が上限のこの孤児院では、年長といったところである。
確かに、いまもミゥの回りにまとわりついている子供たちと比べると幾分年長であるのは見てとれる。
ミゥは、改めて少女を正面に向き直ると、集配時の口上を述べ始めた。
「こんにちは。チャイ様。ご連絡いただいた荷物の集配に参りました。お荷物はどちらになりますか?もし伝票の記入がまだでしたら、用途にあった伝票をお持ちしますが?」
さすがに流暢である。
先程までの、抑揚の少ない機械的と思われる言葉使いとはまった違うその言葉に周囲の子供達も言葉を止めた。
声をかけられた当の本人であるチャイは目を丸くしてミゥを見つめた。しばらく待っても少女から返事がないのを見て取ると、ミゥは受注データバンク上の受注伝票の言語欄をすばやくチェックすると、再び声をかける。
「サワテディカッ。チャイ様。ご連絡いただいた荷物の集配に参りました。お荷物はどちらになりますか?もし伝票の記入がまだでしたら、用途にあった伝票をお持ちしますが?(タイ語)」
今度は、タイ語である。やはりかなり流暢であった。少女は大きく深呼吸してから一歩前にでると、1枚の伝票を差し出した。




