7-2 進化、真価、深化 その3
玲華の車に乗って、徹とミゥは宇宙コロニー管理公社へ向かった。
舞とは、公社の駐車場で待ち合わせをしている。
約束はシュワーツコロニー時間14時。事情聴取は15時からだったので、ログの最終確認と口裏合わせのため、1時間早く集合することにしていた。
本社を出る前、3人は簡単に昼食を済ませた。
もっとも、徹にとっては、簡単どころか、《《いつもの》》だった。
ミゥが作った・・・、いや、正確には用意した、みそ味のカップラーメンである。
今回も、
「召し上がれ♪」
やたら流暢な声で差し出されるカップラーメン。
玲華は「ミゥに料理を出してもらえるなんて!」と感動していたが、徹は笑顔で受け取りながら、その心の中では、かなり厳しい戦いに臨んでいたのだ。
『せめて具材を入れるとか・・・。そもそも醤油味も豚骨味も用意してあるのだ。別の味のカップラーメンに変えるだけで・・・』
心の声である。しかし、ミゥの感情推測センサーは精度が高い。
徹がミゥに対しての、
『嫌な顔をしないように笑顔を保つ努力』
は、どうやら今回も成功したらしい。
一方の舞も、自宅で早めに昼食を済ませ、公社へ向かっていた。
早めの集合は、もちろんミゥの戦闘ログ、SWAN号の戦闘ログ、そしてその整合性の最終確認のためだ。
徹から事前に概要は受け取っていたが、誤魔化した部分は口頭で合わせておく必要があるのだ。
徹たちが駐車場で車の中でそのまま待っていると、アレンが運転するリムジンが静かに滑り込んできた。
到着するなり、舞が後部座席の窓を開けて手招きをし、徹とミゥを呼び寄せる。
徹とミゥがリムジンに近づくと、アレンが後部座席のドアを開け、深々と頭を下げた。
「おはようございます。徹様。ミゥ様。」
「おはようございます、アレンさん。ありがとうございます」
「オハヨウゴザイマス。アレンサン」
ミゥは軽く頭を下げ、小首を曲げて微笑んだ。
アレンは一瞬だけ驚いたように目を見開き、もう一度丁寧に頭を下げた。
『ミゥ様が、笑った・・・』
アレンの中で、昨日までのミゥのイメージが音を立てて崩れた。
「お2人ともどうぞ。舞様がお待ちです。」
促され、徹が先にリムジンへ乗り込む。そして、その背中を、舞が自然な仕草で支えた。
徹は気づかない。
だが舞は、徹の背中に触れたまま、ミゥのうっすらと笑みを浮かべた表情に視線を奪われていた。
『え?ミゥ・・・?』
舞は息を飲む。
昨日までのミゥは、もっと無機質で、もっと淡々としていたはずだ。だが、今目の前にいるミゥは、そう・・・まるで人間の少女のようだった。いや、少女でもない、大人の女性だった。
ミゥが徹に続いてリムジンに乗り込むと、ミゥが先に口を開いた。
ミゥは、脚を揃えて後部座席で向かい合っているシートの徹の横で、軽く頭を下げた。
「舞サン、オハヨウゴザイマス。今日ハ朝ノコーヒーノ準備ガデキズ、スコシダケ寂シイト感ジマシタ」
小さく息を吐き、伏し目がちに言う。
「え?はい?」
舞は完全に固まってしまう。
『目の前に座っているのは・・・誰?』
昨日までのミゥとは、まるで別人。
徹は目の前の舞の反応が理解できず、首を傾げた。
「舞、おはようございます。どうしたのですか?」
「え、あぁ・・・。徹さん、おはようございます・・・」
舞は徹とミゥを交互に見つめ、深呼吸をしてようやく我に返った。
『いけない。今はログの確認が先ですわ・・・』
舞は自分に言い聞かせるように、話を切り替えた。
「それでは徹さん。ミゥの戦闘ログの修正、SWAN号の戦闘ログの修正。そして、その2つの整合性の状況の説明と、口裏を合わせる必要がある事項や注意点の説明をお願いしますわ」
舞の声は落ち着いていたが、視線は何度もミゥへと吸い寄せられていた。
ミゥは徹の隣で静かに座り、まるで徹の言葉を待つ恋人のように、徹の横顔を見つめている。
舞はその視線に気づき、胸の奥がざわついた。
『これは・・・。本当に、ミゥ?』
徹は舞の変化に気づかないまま、端末を開き、淡々と説明を始めた。
玲華は外で車を降り、護衛として周囲を警戒しながら、リムジンの中で始まった静かな修羅場を想像して、ひとり震えていた。
『舞様は、絶対気づくにゃん・・・』
玲華が、本社でそう感じたように、確かに舞はたった一目でミゥの変化に気付いた。リムジンのドアが閉まり、車内で徹と舞の打合せが始まると、玲華とアレンは自然と少し離れた場所へ移動した。
公社の駐車場は静かで、遠くの整備音だけが響いている。
アレンが先に口を開いた。
「玲華。ミゥ様のご様子、今朝から何か変化が?」
伊那笠家に仕える者同士。先輩であり、屋敷での立場が上のアレンは、当然、玲華を呼び捨てにする。
玲華は尻尾をぴんと立て、少し誇らしげに胸を張った。
「変化どころじゃないにゃん。ミゥ、完全に人間の女の子になってきてるにゃん。
徹のこと、ずっと見てるにゃん。 あれは・・・、恋する乙女にゃん」
アレンは眉をわずかに動かしただけだったが、その沈黙は『重大事』を理解した証だった。
「やはり、そう見えましたか」
「アレンも気づいたにゃん?」
「ええ。先ほどの笑顔・・・。あれは、昨日までのミゥ様には存在しなかった表情です。舞様が気づかれたら……」
「修羅場にゃん」
玲華が即答した。
アレンは小さくため息をつき、眼鏡の位置を直した。
「徹様の研究成果としては、歴史的快挙でございます。しかし、舞様の個人的なご心情を考えると、複雑ですね」
「舞様、徹のこと大好きですにゃん。あれはもう、財閥の後継者とか関係ないにゃん。女性としての気持ちが強いにゃん」
アレンが静かに頷いた。
「だからこそ、ミゥ様の変化は・・・。そう、舞様にとって最大の脅威になるかもしれませんね」
玲華は腕を組み、尻尾を左右に揺らした。
「本社にいる時は、『寂しい』って感情を訴えてたにゃん・・・。
でも、本当はそれだけじゃないにゃん。
ミゥ、徹に頭を撫でられて『嬉しい』って反応もしてたにゃん。
あれ、絶対に新しい感情にゃん」
アレンの目が細くなる。
「・・・。それは、徹様も気づいていないと?」
「全然にゃん。徹は、作業に夢中で気づかなかったにゃん。 でもミゥは、徹の言葉も仕草も全部記憶してるにゃん」
アレンは空を見上げ、静かに言った。
「舞様が気づかれるのは・・・時間の問題ですね」
玲華は大きく頷いた。
「今日の事情聴取、戦闘ログよりも、恋愛ログのほうがずっと危険にゃん」
アレンは苦笑を浮かべた。
「まったく・・・徹様は本当に、大人気ですね。玲華」
玲華は尻尾を揺らしながら、リムジンの方を見た。
「・・・。うちは舞様とは違うにゃん。
でも・・・。徹の夢には近づいてるにゃん。
ミゥが感情を持つなんて・・・。すごいことにゃん」
アレンも同じ方向を見つめた。
「ええ。 ただ、《《そのすごいこと》》が、今後、徹様と舞様の運命にどう影響を与えるのか・・・」
玲華は肩をすくめた。
「それは・・・わからないにゃん」
そして2人は、静かにリムジンの中で進む、事情聴取とは違う『もう1つの戦い』を見守るのだった。
玲華の言う、波乱の一日は、まだ始まったばかりだった。




