7-2 進化、真価、深化 その2
徹は、少しだけ困ったような表情を浮かべた。
この感情を示唆するログは、公社で事情聴取を受ける際には邪魔になってしまうことを分かっていたからだ。
「でも、事情聴取では・・・」
「ワカッテイマス。
シカシ、何カガ削除を拒否シテイルノデス。
マスターハ、アノシールモ大切ナ思イ出ダト言ッテクレマシタ。コノ思イ出モ同ジダト分析シマス」
ミゥの言葉が、『マスター』に戻ってしまっていた。
徹はこの時初めて思い至ったのだ。
もしかしたらミゥが初めて記憶した言葉が、『マスター』という徹に対する呼称であったことに・・・。もしかしたら、この『マスター』という呼び方も、その大切な思い出の中に含まれているのではと。
そして、驚いたのは、ミゥが徹に告げた会話そのものの長さだ。
短く端的に事実だけを述べる傾向のあるミゥが、言葉を重ねて徹を説得しているようにも思える。
徹は感動して胸が震えた。
そして同時に徹は胸が締めつけられるような感覚に襲われた。
ミゥが自分の意思で自分の想いを守ろうとしているのだ。
「分かった。じゃあ、切り出して別に保管しておく。事情聴取が終わったら、必ず戻すよ」
「約束・・・。デスカ?」
「もちろん」
ミゥの表情筋が、わずかに緩んだ。とても疑似表情筋には見えない。
それは、確かに『安心した笑顔』だった。
どちらにしても、感情のログの切り出しは舞にも指示されていた。
気が進まないが、この程度のログであれば、舞のそれほど興味をひかないかもしれない。
徹は、ミゥがアンドロイドであるということに、少し麻痺しているからこそ、こんな風に考えてしまったのだ。
その光景を見ていた玲華は違った。
2人のやり取りを見て、思わず尻尾を逆立ててしまったほどだ。
「やばいにゃん・・・。これは・・・完全に恋愛にゃん・・・」
既に次の作業に集中を始めている徹は気づかない。
しかし、横に立っているミゥは、玲華のつぶやきも聞き逃さない。
ミゥは『恋愛』という言葉を、しっかりと記憶していた。
ミゥのログを丁寧に切り出し、暗号化し、徹だけがアクセスできる領域へ保存する。
そして次に、SWAN号の戦闘ログへアクセスするための『裏口』を開く作業へ移った。
「ミゥ、ドックのセキュリティを突破するよ。今回は、突破した痕跡すら残さないようにする。前回とは違い、今回は公社の宇宙ドックに係留されている。伊那笠のものよりも、一段階セキュリティが強いと思うよ」
「ハイ。補助シマス」
ミゥの身体が硬直したかのように、全ての感情が抜け落ちたように動かなくなる。
徹の操作と同期し、SWAN号が格納されている宇宙ドックまでのラインに潜り込む準備を始めたのだ。
モニターに向かって勢いよくキーボードを叩く徹、直立不動で固まり目だけが怪しく光るミゥ。
2人は、まるで1つのシステムのようだった。
玲華はその光景に、再び息を呑んだ。
「すごいにゃん。公社のドックのセキュリティを破ることができるかにゃん。これ、もう諜報員の仕事にゃん!?」
玲華の目がキラリと光る。
まさに、尊敬と羨望が入り混じった声だった。
そして、吐息を漏らすように舌なめずりをした。口からは白い牙もキラリと光っていた。
「絶対・・・。いや、これはもう死んでも、遺伝子もらうにゃん!!!」
玲華の決意は、誰にも届かない。
それに、遺伝子もらっても諜報員になれるのは子供であって、玲華ではないのだが・・・。
そんな風に玲華が意味不明な覚悟を決めている前で、徹は完全に作業へ没頭し、 ミゥは徹の横顔だけを見つめるように立ち尽くしている。
そして・・・1時間程度が過ぎる。
珍しいと言えば、この1時間の間、玲華がずっと2人を見つめていたことだろうか。
いや、護衛なのである意味では当たり前なのだが、玲華は護衛中でも携帯端末でゲームを始めてしまうような性格だ。
だから、1時間、携帯電話も見ないで2人を見ているのは、かなり珍しいのだ。
「できた。これで、誰にも気づかれずにSWAN号のログを書き換えられる」
「マスター。オツカレサマデシタ。尊敬シマス」
ミゥの声は、まるで誇らしげだった。
徹は照れくさそうに笑いながら立ち上がると、ミゥの頭を軽く撫でた。
「ありがとう、ミゥ。君がいてくれたからだよ」
頭を撫でられた瞬間、ミゥの胸部ユニットが、昨夜と同じように震えた。
『嬉シイ・・・』
ミゥはその感情を、まだ言葉にできなかった。
だが、確かに『心』が反応していた。
徹は、セキュリティを突破すると、すぐに次の作業に移っていた。
SWAN号のログの書き換えである。
だから、ミゥが『寂しい』に続いて発露したかもしれない『嬉しい』という感情を見落としていたのだ。
もちろん、玲華は見ていた。
だからこそ、頭を抱えるのだった。
「舞様・・・。気付くにゃん。これは絶対気付くにゃん。今日、修羅場になるかもにゃん・・・」
そして、徹は端末を閉じた。
「よし。これで準備は完了だ。
舞さんと合流しよう。そして、口頭での整合性も合わせてから、公社へ向かおう」
ミゥは静かに頷き、徹の後ろに寄り添うように歩き出した。
玲華は、2人を追うように、
「波乱の1日の始まりにゃん!」
そう、楽しそうに笑顔を浮かべた。
こうして、徹、ミゥ、玲華の3人は、波乱の一日?へ向けて本社を後にするのだった。
玲華の最後の言葉は徹にも届いており、
『徹は事情聴取で何も起きないといいな』
と、心の中で玲華に返事を返したのだった。




