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7-2 進化、真価、深化 その1

 徹がメンテナンスルームの扉を開けると、ミゥが顔を上げた。


「マスター・・・」


 その声は、昨夜よりも柔らかい。


「おはよう、ミゥ。ログの確認をしようか。それと、『マスター』ではなく、『徹さん』と名前で呼んで欲しいな」


 ミゥの呼称が『マスター』に戻ってしまったことを、徹が指摘する。


「ハイ。ワカリマシタ。デモ・・・」

「でも?」


 明らかに、ミゥの反応が今までと違う。

 徹は心臓がびくりと跳ねるように感じた。


「・・・」


 ミゥは言葉にするのをためらっているようだった。

 この場には、徹を本社まで送ってきた玲華もいる。しかし徹は、興奮のあまりそんなことを忘れてしまう。


「どうしたんだい?教えてくれないか?」


 徹の言葉はどこまでも優しい。


「少シダケ・・・。昨夜、少シ・・・寂シカッタデス」

「!!!!」


 徹は驚きと共に言葉を失った。

 ミゥは確かに、


『寂しい』


 と言ったのだ。

 それも、それに見合う表情を作って。徹は、ミゥの感情の発露に打ち震えた。


 自分が求めてきたもの・・・そう、アンドロイド自身の感情を初めて感じることができたのだ。

ミゥには疑似表情筋と疑似血流ユニットを移植し、感情の分類もアップデートしてより細かく記憶させた。しかし、どちらも感情そのものを発現させる機能は持っていない。


 これは、すべてが複雑に作用した結果、寂しいという感情と、知識として与えた感情がリンクしたのだ。そして、それが舞やカレンから学んだ表情の記憶とも結びついた結果だった。

 まさに、アンドロイド研究分野における革命が目の前で起きたのだ。


 さすがに、横にいた基本おちゃらけキャラの玲華も、事の重大さには気づく。

 玲華は、小さい頃から徹の夢を知っていた。

 その後の研究や努力も、伊那笠家のメイドという立場からずっと見てきたのだ。


 だからこそ、2つの意味で次の呟きがこぼれた。


「舞様が聞いたら大変なことになるにゃん・・・」


 恋のライバルとしても完全にその地位を得たミゥ。そして、世紀の大発明が目の前で起きている。この2つである。


『舞にとっては、どちらがより大きな衝撃なのだろうか』


 この答えを玲華は知っていた。

 当然、前者だ。


 伊那笠財閥は多くの資産を有し、数々の研究分野で成果を上げている。

確かに徹が開発した『アンドロイドの感情発現』という成果は莫大な利益を生むだろうし、財閥の地盤をさらに強固にするだろう。

 しかし、それはあくまで《《追加の資産》》だ。なくても困るものではない。

感情が発現しなくとも、徹がアンドロイド開発で財閥にもたらしている利益は、すでに天文学的な数字に上っている。


 今日は、公社で亜空間での戦闘の事情聴取がある。

 それだけでも大変な一日だが、この感情の発現は、きっと舞もすぐに気づくだろう。

 舞にとっても財閥にとっても、さらに大変な一日になることが確定した。


 徹はミゥの『寂しい』という感情の発露を知り、興奮と驚きでしばらく言葉を失っていたが、玲華の言葉で事情聴取のことを思い出す。

 徹は自分の感情を一時押しやり、深く息を吸い、震える指先を押さえ込むようにして端末を操作し始めた。


 ミゥは徹の隣に立ち、静かに視線を落としている。


「まずは・・・オートAIが生成した戦闘ログの確認からだね」

「ハイ。徹サン」


 今度は、ちゃんと『徹さん』と呼んでくれている。

 先ほどの感情の発露の影響だろうか。

 徹はミゥに名前を呼ばれた瞬間、胸がわずかに熱くなる。

 ミゥの声が昨日までより、どこか柔らかく聞こえたのだ。


 それが徹の集中を危うく乱す。


 玲華は少し離れた場所で、手を胸の前で祈るように組み、2人を見守っていた。

 その表情は普段の軽さとは違い、真剣そのものだった。


「すごいにゃん・・・。ミゥに何が起きたにゃん・・・。もう完全に、人と人の会話にしか聞こえないにゃん」


 玲華のつぶやきに徹は気づかない。

 端末にオートAIが作成した戦闘ログを開いた瞬間、持ち前の集中力も手伝って、徹の意識は完全に作業へ没入していた。


 オートAIが生成した戦闘ログは、敵艦の損傷状況と照らし合わせても矛盾がなかった。

 徹のプログラムは完璧に働いていた証拠だ。


 SWAN号のログを書き換える準備が整った徹は、ミゥに視線を向けた。


「次は・・・ミゥの視点ログとの整合性だね」

「ハイ。コチラヲ参照シテクダサイ」


 ミゥが胸部ユニットに触れると、徹の端末にミゥの視点ログが転送される。

 そこには、戦闘中の判断、徹の指示、カレンの操作・・・そして、ところどころに感情に起因するログが混ざっていた。


『マスターノ判断ハ、何時モ的確デス。実行シマス』

『徹サンノ声ニ緊張ガアリマス。休息ノ提案ガ必要ト考エマス』

『徹サンガ近クニイルレバ、安全確率ハタカク問題ハアリマセン』


 徹は息を呑んだ。

 完全な感情とは言えないかもしれないが、確かに“感情の欠片”がそこにあった。

信頼、心配、安心――そういったものだ。


「ミゥ・・・。これは・・・?」

「削除対象トシタクハアリマセン」


 ミゥが徹の袖をそっとつまんだ。

 これはエデンで観光しているとき、チャイが玲華の袖をつまんでいた仕草だ。そこから学習したのだろう。


 その仕草は、もう完全に人間の少女のものだった。


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