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7-1 到着、膠着、硬直 その3

 翌朝。伊那笠家の離れに差し込む淡い光の中で、徹は静かに目を開けた。


 昨夜、舞と話した内容がすぐに脳裏へ浮かぶ。SWAN号の戦闘ログ、そしてミゥの内部ログ。それらを、今日の事情聴取までに、すべてを整合させなければならない。


「まだ誰も起きていないだろうな・・・」


 徹は小さくつぶやき、舞が用意してくれた和装の寝間着から素早く着替えた。

 その寝間着は、徹が高校一年でここを出てから成長した『横方向』の変化まで正確に反映されていた。


『いつ測ったんだ、これ?』


 気になったが、考え始めたら負けだと徹は判断し、昨夜はそのまま眠ったのだが。

 朝には、徹が寝ていた枕元には、昨日の服が丁寧に洗濯され、紙袋に畳んで入れられている。

 さらに、今日のための服だろう。それは、エデンを出る前にショッピングセンターで見た覚えのある、シックな灰色のジャケットとスラックスだった。そして新しい下着まで・・・。それが、完璧なサイズで揃えられていたのだ。


 下着のサイズまで把握されている理由は、考えないことにした。

 徹はその服に着替え、紙袋を手に離れの外へ出た。


 その瞬間・・・。


 バサッ!


 屋根の上から影が落ちてきた。

 徹が視線を下げると、左右で白と黒と色が違う大きな猫耳とアプリコット色と黒の縞模様の尻尾が揺れた。


「おはようにゃん。おでかけかにゃん?」


 玲華だった。

 今日はエデンでの忍者風装備ではなく、いつものスーツ寄りのメイド服だった。

 いつもの白い手袋が朝日に反射して光っていた。


「おはようございます、玲華さん。こんな朝早くにどうしたんですか?」

「コードネームでお願いするにゃん」


 尻尾がぴんと立つ。


「あ、あぁ……十三妹スーサンメイでしたね」

「そうにゃん」


 満足げに笑顔を浮かべる。


「で、十三妹。朝からどうしたの?」


 徹が丁寧に呼び直すと、玲華は胸を張った。


「舞様から言われたにゃん。


 『徹さんは馬鹿みたいに朝早く起きて本社に向かうと思うから、付き添ってあげてくださいね』


 だから、一晩中屋根の上で待ってたにゃん」


「え?」


「え?じゃないにゃん。猫の獣人はどこでも寝れるにゃん。戦闘中も帰ってからも寝てたにゃん。1日20時間は寝れるにゃん。夜行性にゃん」


 根拠があるようでないような説明だが、玲華は誇らしげだった。


「あ、猫の・・・ね」


 徹は軽く頷き、気を取り直す。


「じゃあ、十三妹。本社まで送ってくれる?」

「主君は頭を下げる必要はないにゃん。もちろん送っていくにゃん」


「ありがとう」


 徹の感謝の言葉を聞くと、玲華はスキップするように駐車場へ向かっていくのだった。


 徹が玄関へ向かうと、舞の執事兼運転手であるアレンが深く頭を下げて見送っているのが視界に入った。

 徹も軽く会釈し、車用の通用門へ向かう。


 ほどなくして、赤いミニクーパーが滑り込んできた。

 1ドアタイプのため、徹は助手席を倒して後部座席に乗ろうとしたとき・・・。


「何で後ろに座るにゃん?」


 玲華が頬を膨らませる。


「うちは横に座ってほしいにゃん!」

「え?」


 徹は素っ頓狂な声を上げた。

 護衛なら後部座席のほうが自然だと思うのだが、玲華は尻尾を揺らしながら言う。


「そんなに見つめられたら恥ずかしいにゃん。舞様に怒られちゃうにゃん」

「助手席でいいの?」


「何言ってるにゃん。幼馴染にゃん。遺伝子欲しいにゃん」

「・・・」


 徹は完全に固まった。

 獣人は獣人同士でしか子を作れない。

 だが、人型の遺伝子提供を受ければ妊娠は可能ではある。それは知識として理解している。


 だが、なぜ自分なのか。


「悩むことはないにゃん。うちは優秀な子を宿す使命があるにゃん。誰にも言わなければわからないにゃん!」

「優秀な子って・・・」


「徹ほど頭のいい男はいないにゃん。当たり前にゃん。おかしな徹にゃん」

「・・・」


 徹は心の中でため息をついた。


『これは議論しても無駄だな・・・。昔から玲華はつかみどころがない。まあ、舞さんが許さないだろう』


 徹は観念して助手席に座り、ミニクーパーは本社へ向けて走り出した。


 そのころ本社では、ミゥはスリープモード用の黒い椅子に座ったまま、静かに目を閉じていた。

 だが、ナビ上で、徹が本社に向かい始めたのが分かると、胸部ユニットが、わずかに震えた。


「マスタ・・・」


 ミゥはゆっくりと目を開けた。

 昨夜、初めて知った


『寂しい』


という感情が、まだ内部に残っている。


『マスターガ近ヅイテイル・・・。コレハ、嬉シイ?』


 分類できない感情が、またひとつ増えていたのだった。


 一方その頃、舞は寝室で端末を確認していた。徹が早朝に離れを出た報告がアレンから届いていた。


「予想した通りですわ。やっぱり徹さんは早いですわね・・・」


 昨夜、何も進展できなかった悔しさが胸に残る。


「今日は、それどころではないわね」


 舞は自分に自分で活を入れると、自身も事情聴取の準備を始めるのだった。


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