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宇宙宅配便カンパニー「ミゥ」!  作者: いのそらん
1部
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1-6 勉強、教育、無駄な知識? その3

1-6 勉強、教育、無駄な知識? 後編


 一方、2人が帰った後、オフィスに残されるのが、徹とミゥであった。

 徹はコロニーでももっとも都心部から離れている東居住区画に、小さなアパートを契約していた。ただ、伊那笠財閥と契約をしてミゥの設計に着手してからは、ほとんど帰ったことがなかった。そして、ミゥのメインフレームが完成して、現在も徹が働いているカンパニー・マイでの実地稼動テストが開始されてからは、月に2、3度、自宅宛に送られて来ている郵便物や公共料金の請求書を取りに帰るだけであった。舞が言うように、それらの配送先をオフィスに変更したり、請求書を口座からの直接引落にしてしまえば、その2、3度すらいらなくなる。ただ、徹は、人間としての最低限の生活スタイルとして、それは出来ないと、カレンや舞に説明を行っていた。


 とはいえ、要は月の大半は、このオフィスで寝泊まりをしているのには変わりがなかった。つまり、2人が帰った後は、徹とミゥの2人きりである。文字通り2人が帰った後、ある意味、徹はミゥとともに寝食を共にしていたのだ。

 普通に考えれば、超がつくほどの高性能のアンドロイドが1体いて、そのアンドロイドが、一般に普及している単一作業特化型のそれと比べると、その搭載されている情報データベースは何倍にものぼる。それだけ見れば、ミゥはありとあらゆる生活雑務をカバーしているはずであり、家事全般など軽くこなす事が出来るはずだ。これなら、徹の生活はまったく不自由のないものであるはずである。

 それにオフィスには、舞の温情で、男子用のトイレもあるし、バスルームもあった。浴室前の洗面所には、洗濯機と電子式の衣服の乾燥機も設置されていた。もちろん仮眠室も完備である。また、給湯室には小さな電磁調理器が設置されていたので、よほど本格的な料理に挑戦しようということさえしなければ、食事の問題もないと言える。そもそもレトルトフードの種類には限りなく、それだけでも十分に栄養の行き届いた食事を取ることができるはずであった。

 ただ、これはあくまでも普通に考えればである。

 普通ではないことが1つある。それは、ミゥの人工頭脳は、徹が設計した自律思考型のものであるため、『人の発する命令に対して即、行動制御プログラムにアクセス、その命令を実行する』といった、通常の使役型のアンドロイドではあたりまえのはずの行動を取ることがないのだ。

 ミゥは、あくまでも『外界からの言葉を人工頭脳で解析をして、その解析を元に自発的に考えた行動をデータベースに問い合わせして、結果、行動を起こす』のであった。

 簡単に言えば、通常のアンドロイドは『カレーライスを作ってくれ』と命令をすれば、カレーライスの作り方を即データベースに問い合わせをして、次に必要事項を質問する。そう、例えば『何カレーにしますか?』とか『辛さはどうしますか?』等だ。そして、それらの情報を与えてあげれば寸分の狂いもなく注文にあったカレーを作ってくれるはずであるのだ。

 これが、ミゥになると話はまったく変わってくる。ミゥに搭載された制御プログラムやデータベースは、体の各パーツを電子頭脳からの命令どおりに動かすための動作パターンプログラムと、視覚、聴覚、赤外線探査などの人間で言う五感を司る感覚制御システム、人間社会で生活するためのアンドロイド倫理基準の行動抑制プログラム、基本会話のためのデータベースの4つだけである。つまり、通常の家庭での使役型のアンドロイドがあたりまえのように持っているはずの、カレーライスの作り方すらデータベースに記録されていないのである。もし、ミゥにカレーライスを作らせようとしたら、まずカレーライスの作り方をレシピを見せるなどして覚えさせなければならないのだ。ましてや、味の好みを調節させようと思ったら、それらの技術も教えこまなければならないのだ。

 仮にミゥがカレーライスの基本的な作り方を覚えていたとして、先ほどの例で同じお願いをミゥに行った場合は、こうなる。


『カレーライスをつくってくれないか?』

『了解シマシタ。前回作ッタ時ノ調理方法ヲ思イダシナガラ作ッテミマス』


 しかも、記憶に頼った調理になるため、人が作ったときと同じで、経験を積むまでは、毎回違う味になったり、焦がしたりもするかもしれないのだ。人に近いと言えば近いが、少なくとも便利ではない。これは洗濯も同じで、力いっぱい引っ張って破いてしまったり、洗剤を入れすぎて溢れたり、乾燥機に入れてははいけない類の衣服を入れてしまい、縮んでしまったりという感じであるのだ。

 そして、調理に関して言えば、現時点でミゥが作ることのできる、正確には用意することができる食事はたった1つだけだった。


「ミゥ、2人は帰ったのか?」

「ハイ。2人ハ帰リマシタ」


 メンテナンスルームに戻ってきたミゥに徹が声をかけた。

 徹は、ミゥが完全に部屋に入ったのを確認すると、作業の手をとめ、部屋の隅にある小さな作業台を挟むように椅子を用意した。徹は、その一方にどさっと座ると、自分の前のもう1つの椅子に視線を落とし、それから再びミゥに視線を戻した。


「今日はどんなことを話してきたんだい?」

「メモリーヲ確認シマスカ?」

「いや、ミゥから直接聞きたいんだ」


 徹からそういわれると、わずかに小首を傾げるようなしぐさをし、


「了解シマシタ・・・」


 と、少しだけ小さな声でミゥは返答をした。

 直ぐに感情表現らしき仕草は消えてしまったが、徹はミゥの人間らしい仕草に驚きながら、


「うん」


 と、頷き会話を続けた。

 ミゥが話始める。


「今日、カレンサン達と話ヲシタノハ、人間ノ女性ノ、異性ニ対スル嗜好ニ関スルモノデシタ」

「楽しかったかい?」

「楽シイトイウ感情ニハ当テハマラナイ話題ト判断シテイマス」

「どうして?」

 大袈裟に手を広げるジェスチャーを加えて徹が聞く。


「ワカリマセン・・・」

「ところで、今日も立ったまま彼女達と話を?」

「ハイ」

「それはご苦労だったね」

「ワタシハ立ッタママデモ、疲労ヲ感ジルコトハアリマセン」

「それはそうだね。でも彼女達は座って話をしていたんだろう?」

「ハイ」

「じゃあミゥも座って話をしてもいいじゃないかい?」

「ワカリマセン」

「僕の前に君の分の椅子があるんだけどね。どうだい?」

 徹は椅子を指差して尋ねる。


「ソレハ視認デキテイマス」

「座ったらどうだい?」

「シカシ、マスター・・・」

「徹でいいよ。抵抗があれば、徹さんでもいい。今日2度目の注意だね」

 徹は笑顔で伝える。


「ハイ・・・」

「責めているんじゃないんだけどな。まあ、座りなよ」

「命令デショウカ?」

「いや、座ってミゥと話をしたいだけだよ。だめかい?」

「了解シマシタ」

 ミゥと徹の夜の会話は、やはり普通の人同士の会話とは若干異なる。ミゥには感情と動作の連動がまだほとんど無い。だから、徹は、単に会話のキャッチボールになり易いミゥと話すときには、オーバーリアクション気味に会話をするようにこころ掛けているのだ。


 ミゥがゆっくりと、そして椅子を確かめるように手で確認をした。その様子をみて徹が声をかける。


「その椅子はアンドロイドの重量でも壊れたりしないよ。女性に体重の話は失礼だね。でもとにかく心配する必要はないよ」

 徹が再び笑顔で椅子を勧める。


「シカシ・・・」

「確かに、以前普通の椅子に腰を降ろして壊したことがあったのは覚えてるよ。ただ、少なくともこのオフィスにある椅子はあんなことにはならないよ。確かにアンドロイドは人と比べると重い。特にミゥは、まだ全身を多くの部分にメタルの部分が残っているからね。それでも、君に使われているのは、ハイチタニクスカーボンの合金で、強度も最高のものだし、重量もかなり軽く作ってあるんだ。人が座ることができる椅子であれば、ほとんどのものに座ることが出来るはずだよ」

そう言いながらもう一度椅子を勧める。


「椅子ニ荷重限界ガ記載サレテイレバ良イノデスガ・・・」

 ミゥが椅子を凝視する。


「あはは。人間は椅子に座るときにそんなことはいちいち確認しないよ。壊れそうになったら急いで立ったらどお?」

徹は、ここぞとばかりに自分も、椅子にドカンと乱暴に座り直す。


「了解シマシタ」

 今度は、ゆっくりとではあったが、ミゥが椅子に最後まで腰を落とした。


 ミゥが椅子の前で膝を折ると、そのダークブラウンの髪が、ふさりと顔の前に垂れ下がった。そのまま椅子に腰を落ち着けたミゥは、両手で髪を後ろに払うと、その後、はねた髪を再びなでた。徹は、その様子を楽しそうに眺めていた。

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