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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
弐:入部試験・伝説の人
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第七話~伝説の人~

 新入生達は、発田という人物がただ者ではないということが、上級生たちのうろたえぶりを見て感じとった。

 しかし、彼がどんな素性の者なのかは全くわからなかった。

「発田、おまえはいったい今まで何をしていたんだ。学校も部も投げ出しておいて。私を含め剣道部の部員達に何も告げずにいなくなるものだから。どれほどまでに皆が苦労したことか。発田。おまえにとってこの剣道部はそんなものだったのか?この一年どれほどまで皆が苦労したかわかるか」

 嶂南はようやく落ち着きを取り戻し、発田にゆっくりと話し掛けた。その言葉を聞いて、発田は武道場の床に正座し、深々と頭を下げ、

「申し訳ございません。嶂南先生。どうしても……、どうしてもボクの家の事情で学校を休まねばならない事が起こってしまい、嶂南先生をはじめ部員の皆さんにお話しをする時間がないほど急を要することでしたので、止むを得なく一年間休学させていただきました。本当に申し訳ございませんでした」

 いきなりの土下座に嶂南は少しうろたえた。

「発田。もう頭を上げろ」嶂南はそう発田に声をかけるのが精一杯な様子だった。

「ありがとうございます、先生。昨日ようやく復学することができましたので、一から剣道をやり直したいと思います」

 発田はまだ頭を上げない。嶂南はゆっくりと発田の前に行き、発田の肩に手を置き、

「発田。おまえがいなくなってから部員たちは本当に苦労したんだぞ。おまえが作った記録と記憶によってな」

「はい……」

「ただ、おまえが戻ってくれるなら剣道部にとってこれほど喜ばしいことはない。またこれほど心強いことはない。戻ってくるのだな」

 すると発田はゆっくりと顔を上げて嶂南と向き合い、ゆっくりとした口調で、

「はい、先生がそうおっしゃっていただけるなら、私は、喜んで……」

「嶂南先生!! いくら過去に実績を残した発田だからといって、特別扱いをする必要はありません。新入生の前ですし、ここはきちんとルールに沿ってご指導いただきたいです!!」

 こう言って、二人の間に一人の男子がいきなり割り込んできた。

「いきなりなんですか伊東くん。あっ伊東主将ですよね。ボクは嶂南先生と話をしているのですよ。それに元からボクはこの部のルールに従うつもりですよ。だから山本くんと代わってもらったのですよ」  

 発田は伊東という男子に穏やかそうに話し掛けた。その口調は余計に伊東を激昂させた。

「その前に皆に詫びを入れるのが先じゃないのか! 発田!」

「お詫び? そうですね、ここにおられる新入生の方々や二年生の大半の方々が私を存じられていないと思いますので、お詫びはいかがなものかと」

「何だと!」

「でもみなさん私のせいでご苦労されたと思いますので」

 そう言って発田は立ち上がってくるっと振り返り、

「伊東主将や剣道部員のみなさん。いろいろとご迷惑をおかけしました。この場をお借りしてお詫びします。申し訳ございませんでした」

 といって、深く頭を下げた。部員たちはどうしていいかわからずただ発田につられて会釈するしかなかった。

「伊東主将、これでいいですか?」

 伊東は顔をしかめながら答えなかった。発田はそれを見てから嶂南に向かって、

「嶂南先生、新入生にあいさつをしていいですか?」

「……。ああ、いいだろう」

 すこし嶂南は考えてから返事をした。それを聞いて発田はおもむろに新入生の前に歩いて行き、

「みなさんこんにちは。わが桜ヶ丘高校剣道部にようこそ。ボクは少しワケあって部活休んでましたけど、今日から復帰しますので、どうかよろしくお願いします。あっ、ボクは発田高道はったたかみちと言います。よろしく」


 発田の自己紹介を聞いて新入生は急にざわついた。そこに新入生の一人がおそるおそる質問した。

「発田さんって。もしかして『桜ヶ丘の奇跡』の発田さんですか?」

「奇跡? ああ、ずいぶん昔のことですよ。たまたまくじ運が良かっただけです。そんな特別な事でもないですよ」

「でも、たった一人で優勝したと聞いていますが」

「そうだったかな? 昔の話ですよ。今はすっかり腕が鈍ってますよ。それと部のルールに従って今回入替戦に出ることになったのでみなさんお手柔らかに」

「えっ!?」

 新入生はその言葉を聞いて絶句した。

(全国優勝者が何故新入生との入替え戦に?)

(もし試合にあたってしまったらそれこそ勝ち目はないぞ)

(いくらブランクがあっても伝説の人だぞ)

(もう第二剣道部に決まりだな。オレ)

 新入生の多くは絶望感に似た気持ちになった。

「発田!! いいかげんにしろ!! おまえは入替え戦に出て、いや新入生に何をするつもりだ」

 伊東が発田の後ろから叫んだ。

「何をするつもりって。ただ私は部のルールに従うだけですが?」

「俺たち三年生は入替え戦で新入生とは戦わない。それくらいのルールは知っているはずだろう」

「伊東主将。あなたは何を聞かれていたのですか?」

「なんだと!」

「ボクは一年間休学していたので今年も二年生なのです。だから新入生の諸君を相手に入替え戦に出るのに問題はないでしょう」

「しかし、おまえが出ることで新入生の入部枠が一人減るだろう」

「でもそれがルールなのでしょ。それと伊東主将。あなたはもうボクが勝つと思っているのですね。新入生のみなさんに対して失礼ですよ」

「何を!」

「だってそうじゃないですか? 先ほどからあれこれボクに言われていますけど、結局はボクが強いものと決め付けていませんか? 世界は広い。世間も広い。今年の新入生諸君がボクよりも弱いなんて事は決してありませんよ。それとも? ボクがこの部に帰ってくるとお困りになるのですか?」

「困るだと?! 何故だ!! 嶂南先生もおまえの復帰を喜ばしいこととおっしゃってられるだろう!」

「あなたはどうなのです? 伊東主将。ボクがこの部にいるとお困りになるのでは?」

「困るわけがないだろう。昔強かったと言ってつけ上がるんじゃない!! 俺たちもおまえがいなくなった前回の大会で実力と結果をしっかり残したんだ!」

「そうですね。準優勝でしたね。おめでとうございます」

 伊東はこの言葉で顔がみるみるうちに怒気を含んで真っ赤になった。発田の口調は、先に嶂南と話をしていたときと違い、明らかに伊東を挑発している。

「そこまで俺たちを侮辱するなら、今ここで勝負だ! 俺は以前のような気の弱いヤツじゃない。桜ヶ丘剣道部を背負って立つ主将だ」

「ほう……、勝負ですか。おもしろい」

 二人のやり取りに見るに見かねて嶂南が止めに入った。

「伊東、発田。二人とも新入生や他の部員の前だということを忘れてはいないか。すこし大人気ないぞ」

「先生すみません。でもこれは私たちと発田との問題です。いずれは白黒はっきりさせないといけなかったことですから」

「しかし」

「先生。ボクはいいですよ。それで気が済むのなら。ただしボクが勝った時は入替え戦に出てもいいですよね。伊東主将」

「わかった。勝った場合はお前の好きにしろ。ただ俺に負けたらお前は黙ってここを去れ」

「わかりました。負けてから考えることにしましょう」

「先生! この試合お認めいただけますね」

 あまりの伊東の剣幕に嶂南はただうなずくしかなかった。二人のやり取りを収めるには、もはやこの方法しかないと思った。

「よし! 二人とも五分一本勝負で戦うがいい。お互い全力を出し切ってくれ。新入生と現役部員は先輩たちの勝負をしっかり見届けるように」

 いきなりの展開に新入生と現役部員達はかなりとまどったが、現役最強の伊東主将と伝説の人発田の勝負はかなり興味がわいてきた。

 新入生たちの大半は伊東主将を応援したかった。もし発田が勝ってしまうと、自分たちの入部試験に立ちはだかるのはこの発田であり、過去の実績からして自分たちには到底勝ち目は無いと半ばあきらめているからだ。

「北条。凄いものが見れそうだな」

「はいな。竜太はん。目が離せませんよ」

 竜太と剣二は発田を応援しないまでも発田の実力を見ておきたいとお互い思っていた。


 伊東と発田は防具をつけ身支度をしていた。伊東は身長は百八十センチほどでかなりがっちりしていていて、紺の稽古着と黒袴に黒胴が余計に身体を大きく見せていた。彼は先に面をつけ終わり、軽く素振りを始めた。豪腕から繰り出される太刀筋はかなり重そうに見えた。

 かたや、発田は身長が伊東よりも高く百九十センチぐらい有るがかなり華奢で、白の稽古着に白袴と黒胴が余計にほっそりとした姿に見せた。しかしひとたびかるく素振りを始めると、竹刀の振り下ろすスピードは速くないのだが切先は『ひゅんひゅん』とうなりを上げた。それがかなり不気味な恐ろしさをかもし出していた。

「竜太はん、二人ともタイプは違いますけどかなりできますね」

 剣二はひそっと竜太に耳うちする。

「ああ。それと北条、発田先輩のあの竹刀さばきは居合かな」

 居合とは居合道の事をいう。

「そうだと思いますわ」

「となると……。無念流か?※」

「たぶん。それもかなりの腕前やと」

 竜太、剣二はひそひそと確認しあう。他の新入生とは違い、結構冷静に見ている。

 そうしているうちに伊東、発田の準備が整った。二人とも武道場の中央に歩いて行き、お互い軽く立礼をした。そして武道場の中央にお互いそんきょの姿勢になって竹刀の先を合わせた。

 主審は嶂南がつき、試合開始を宣言した。

「始め!!」


 ※無念流=居合道の流派『神道無念流』のこと。



(第八話に続く)

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