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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
壱:桜ヶ丘高校剣道部の伝説
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第五話~予感~

 しのぶの話を聞いてから竜太と剣二の二人はしばらくベンチでお互いの決意を確認しあった。ふと二人は夕焼けに染まった空に気がつき、ゆっくりとベンチを立ち、校門に向かい帰りはじめた。

 そこへ二人の後ろから剣道部顧問の嶂南が現れた。

(おや?あの二人は今日仮入部届を出した新一年生の……そうそう北条クンと確か中村クンだったな。ん? なかむら?)

 嶂南はふと思い立って今日二人から受け取った仮入部届を読み返した。

(なかむら、なかむらりょうた……。なに? 中村、竜太!!)

 嶂南は竜太の名前をつぶやき記憶の奥にある何かを引き出そうとしていた。すると、

(そうか!! あの中村さんのご子息か! なるほど何処と無く顔立ちが似ているかな。しかし、背が低いな。あの方は私よりかなり背が高かったのだが……人違いか?)

 仮入部届と竜太の後姿を何回も見比べる嶂南。

(まあ、あの人のご子息なら剣捌きを見ればわかるか。あの人の剣捌きは凄かったからな。スピード、正確さ、そして何より相手を圧倒する立ち居振る舞い。私など今でも足元にも及ばないだろう。しかし、またこの眼であの剣を見ることができるのかできないのか。ははっ、私も年をとったものだな。ああっ、あの人にもう一度お会いしたいものだ)

 嶂南は懐かしそうに眦を下げた。そして、帰っていく二人を黙って見送った。


 二人はゆっくりと校門に向かっていた。武道場を通り過ぎたところで、かえでが立っているのに気がついた。

「あれ、かえで、なんでここに?」

「ちょっと部活が早く終わったから、みんなと一緒に帰ろうと思ってこっちにきたの」

「そうか、今来たのか?」

「えっ? ううん、ちょっと前からここにいたの……」すこし話しにくそうにするかえで。

「ちょっと前から……」

 竜太はかえでの言葉を繰り返してはっと気がついた。

「あっ、かえでおまえ趣味悪いぞ。三人の話を盗み聞きしていたのか」すこしむっとした顔になった竜太。

「ごめんなさい。盗み聞きなんて、そんなつもり無かったんだけど、偶然に武道場の前にみんながいて、すべて聞いたわけじゃないけど、東堂先輩が悲しそうな顔をしていたのと、二人とも真剣な顔して話を聞いていたものだから出て行けなくなって……。結果的にそうなっちゃったね。ホントごめん」

 かえではすまなそうに二人に謝った。

「じゃあかえで、どこまで聞いていたんだ」

「うん、この学校の剣道部の伝説の話かな、その後は東堂先輩が本当に悲しそうな表情だったので聞くのをやめたの」

「それなら出てきたら良かったのに」

「そんな、かえではん、悪気があってやったんじゃ無いんやから、そんなにあやまらんといて。ほら、竜太はんもそんな顔せんと、かえではんもあやまってはるんやし、なっ、ほら、そんな恐い顔せんと。竜太はん」

 剣二は竜太とかえでの間を一生懸命とりもった。すると、剣二の必死の説得からか、竜太も機嫌が直ってきた。剣二はそれをみてほっとした。

(やれやれ……竜太はん。東堂先輩が絡むとほんま手のかかるお人や。そないに機嫌悪うせんでもええのに。かえではんもう泣きそうやないか)

 と、心の中でつぶやいた。三人はそれから校門に向かって歩きはじめた。三人とも少しバツが悪いのか無言のもまま。

「あっ、かえではん、今日は二人とも仮入部届を提出しましたんや」

 一生懸命話題をつくる剣二。

「じゃあ、今朝言っていた通り入部試験があるのね」

「そう、明後日。北条も俺も絶対に負けないって決めたんだ」

「そう、二人ともがんばってね!応援する!」

「ありがとう、かえではんが応援してくれたら、もう勝ったも同然ですわ」

 また満面の笑みになる剣二。

「そうだ、さっきの話を聞いていないなら……しのぶ先輩、ちょっと調子が悪いみたいだ」

「えっ、どういうことなの」

「俺たちが入部試験するときに退部をかけて入替戦に出るらしい」

「!! どうして? あの強い東堂先輩が?」

「先輩はすこし悩んではるみたいでしたわ。でもうちら二人が入ってくるからもう一度がんばってみるって言ってはりました」

「そうなの……。じゃあ竜太に、北条くん。自分のためにも東堂先輩のためにも、入部試験がんばらないとね!」

「たしかに。自分たちのため、先輩のためか。かえでたまにはいい事を言うなぁ」

 さっきまであんなに機嫌が悪かった竜太の機嫌が、かえでのこの一言で上機嫌になった。かなり気分屋である。そばにいる二人は少々苦笑いした。

「でも東堂先輩なら大丈夫じゃない?あんなに強い人なんだし」

「うちも大丈夫と思いますわ。練習してはるのを今日見ましたけど、力強い太刀筋でしたわ」

「じゃあ、先輩よりも二人とも自分の心配はしないの?」

 竜太の機嫌が直ったのを見計らってかえでがすこし意地悪そうに聞く。

「大丈夫だよ。俺も北条も必ず入部する!!」

「ふ〜ん。ずいぶん自信がおありですこと。その自信はどこからくるのかしら……」

「大丈夫といったら、大丈夫だよっ! 俺も北条も強いからな」

「はいはい、わかりました。じゃあ北条くん。竜太くんはああ言っておりますが、実のところどうなのでしょう?」

 と、レポーター調に剣二に聞くかえで。

「おわっ!? かえではん、いきなりこっちにふらんといてなぁ。まあ、竜太はんなら大丈夫や。組み合わせで少々運もあるかも知れまへんけど、うちと当たらなければまず大丈夫と違いますか」

「へぇ〜。北条。えらい自信だね」

「いや、今は自分を信じてがんばるしかないでしょう。竜太はん」

「まあな。そういうことで、心配ご無用だ。かえで」

「ちょっ、どういうこと? 二人して」

「かえでがいらん心配をしなくても俺たちは勝つってこと」

 そこまで言われて、かえでは少しムッとした。

「ふ〜〜ん。さっきまで『しのぶせんぱ〜いぃ。俺たちガンバリますぅ〜』と言って鼻の下いつもの数倍のばしていたのはどこの誰でしょうねっ!」

 とかなりイジワルに言った。これを聞いて今度は竜太がカチンと来た。

「どういうことだ! かえで! 言っていいことと、悪いことがあるぞ!」

「きゃぁ〜、暴力男がきたぁ」

 かえではまた竜太を茶化して小走りで逃げていく。顔を真っ赤にして竜太が追いかける。端からみれば明らかにバカップル。剣二はその二人を見て、

(はぁ、うちはついていけんわ。ケンカしたと思えば仲直りして今度はまた小さい子供みたいに……あの二人……やれやれ)

 二人はそのまま校門の近くまで追いかけあいながら小走りでやってきた。かえでは竜太に気をとられていて、校舎の横から出てきた男子生徒に気がつかず、出会いがしらに軽くぶつかってしまった。

「きゃっ!」

「おっと!!」

 男子生徒はかなり背が高く、かえでの頭がちょうど男子生徒の胸の辺りに当たった。

「すみません! ごめんなさい! 大丈夫ですか」かえではあわてて謝った。

「ああ、ボクは大丈夫。キミは?」

「はい、私はなんとも」

「そう、良かったケガが無くて。じゃあ気をつけてね」

「はい、すみませんでした」

 男子生徒はそのまま校門の方に行ってしまった。それを見て竜太(もともと竜太が追いかけていたので後ろから見えていた)はかえでに向かって、

「かえで、良かったな」

「どういうことよ良かったって、良くないわよ。もう少しで怪我するとこだったわよ」

「いやいや、かえでより背が高い人だったんで良かったなって。もしこれが俺だったら完全に数メートルぶっ飛ばされていたかもな」

「ちょっ! どういう事よ。少しはいたわってよね! もともと竜太が私を追いかけるからじゃないの!」

 かえでは竜太を追いかけるそぶりをした。追いかけられそうななった竜太はふと剣二がそこにいないことに気がついた。剣二は竜太たちより少し後ろに立っていた。

「北条! 先に行くぞ!」

「はいな。今行きますから……。お二人とも足速いんやから」

 と、答える剣二。しかしその表情はいつもの剣二とは思えないほど険しい顔つきをしていた。ただ、夕闇に紛れて二人にはその表情は見えなかった。


(なんや、今のお人……。あの気、いや殺気や!とても尋常なお人とは思えへん。普通の人ならあそこまで悪意に満ちた(よこしま)な気は出せへんわ。竜太はん、かえではんは、気がついてまへんのやろうか……。はっ! あのお人、もしや……まさか!! いや、そんなはずあらへん。でも……あの気の出し方は前に先輩に聞いたのと。なんか胸騒ぎが、いやな予感がしますわ。ほんま何事も無ければいいんやけど……)

 剣二は今かえでとぶつかった男子生徒に対して抱いたこの予感を信じたくはなかった。



(挿話一に続く)

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