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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
壱:桜ヶ丘高校剣道部の伝説
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第四話~伝説~

 練習が終わった竜太と剣二は武道場の入り口の前にいた。

「竜太はん、今日はもう帰りましょうや」

 竜太は剣二の言うことが聞こえないのか、聞こうとしないのかずっと黙っていた。

「そりゃ、東堂先輩が入替え戦に出ると聞いたときは、うちも驚いたわ。あれだけ上手なお人や。でも、ここで先輩を待っていても何にもならへんで」

 竜太は剣二の言葉を黙って聞いていた。わかっていると言いたげな表情をして。

「なっ、竜太はん。今日は引き上げましょうや……」

 剣二は諭すように竜太に話し掛ける。竜太も納得いかない表情をしていたが、剣二とともに帰ろうと考えはじめ、自分のかばんを持って校門に向かおうとした矢先、いきなり武道場の入り口が開いた。上級生の練習が終わったみたいだ。これを見て竜太は持ちかけたかばんをまた降ろした。今度は剣二がやれやれといった表情になった。

(やれやれ、竜太はんは東堂先輩のことになると我を忘れるんやね。無理もないか、憧れの先輩やからね)

 上級生たちは武道場から出てきたが、しのぶを含め女子部員はまだ出てこなかった。竜太と剣二は帰る先輩達に丁寧にあいさつをしてしのぶを待った。

 しばらくすると、女子の話し声が奥から聞こえてきた。女子部員達が表に出てきた。当然しのぶもそこにいた。

「あら、中村くんに北条くん」

 しのぶは二人に気がついて声をかけた。二人は礼儀正しくあいさつをし、

「しのぶ先輩……、その……、すこしお時間いいですか?」

 竜太はすこし話しにくそうに尋ねた。しのぶは(えっ?)とした表情になり、少し返事をするのをためらい、黙ってしまった。

「ほら! しのぶ、聞いてあげなよ。後輩なんでしょ」

と、一緒にいた友人がしのぶの肩を『ぽぉん』と叩いてしのぶを二人の前に行かせた。

「ゴメン。ありがとう。ゆーこ」

「いいよいいよ。いつもしのぶには世話になっているからね私たち。でも今度またおごってね」

 ゆーこ達はそう言って帰っていった。帰っていく先輩たちを見とどけて、竜太は深々と頭を下げた。

「すみません……。しのぶ先輩」

 しのぶは竜太たちの方に振り返り、ニコッと微笑んで、

「いいの、いいの。そんなに気にしないで。立ち話もなんだからそこに座りましょうか」

 三人は武道場の前にあるベンチに行き、並んで座った。

 しのぶはベンチに座ってから、頭のすぐ後ろと髪先で束ねていたリボンをしゅるっとほどいて軽く頭を振った。部活で束ねられていた腰まであるまっすぐな黒髪が『ふぁさ』と広がり、同時にいつものしのぶの表情になった。その表情は竜太はもちろんのこと、横にいた剣二をもドキッとさせた。

 竜太はドキドキを抑えつつ、しのぶにこう切り出した。

「しのぶ先輩、入替え戦に?」

「そうね。ちょっと調子悪かったからかしら……」

 しのぶはふっと軽くため息をつき、少しもの悲しげな顔つきになった。しかし、竜太の納得がいかないという表情をみてゆっくりと話し始めた。

「一度中村くん達にはきちんと話をしないといけないと思っていたの。ここの剣道部の伝説をね」

「伝説?」

 竜太はしのぶが何を話し始めるのか皆目見当がつかなかった

「そう、伝説と言われている割にはまだ二年程しか経っていないんだけど……。二人とも知っているかしら?」

「おれはあんまり」

 と、竜太。剣二は、

「うちは少しだけ。なんでもたった一人で優勝したとか……」

「そう。北条くんの言う通りよ」

 しのぶはひとこと、ひとことゆっくりと言葉を選びながら語るように話し始めた。

「ここ桜ケ丘高校は昔から『文武両道』をモットーにしている学校なのは知っているわね。剣道部ももちろん全国レベルの強さを誇っていて、大会でも上位に名を連ねるほどの常勝校なの。部員も必然的に全国レベルの人達が集まってきているわ。でも、全国の壁はとても厚くて、『優勝』は一度も勝ち取ったことは無かったの。だから歴代の先輩たちの大いなる目標だった。でもある先輩によって目標を達成する日が来たの」

「それが、おととしの玉竜旗大会なんや」

「そう、ちょうど二年前。私が中学三年生、あなたたちは二年生のときかな。その年の玉竜旗大会の団体戦で一人の選手、それも入部したばかりの高校一年生によって成し遂げられたの。そしてその戦いぶりは伝説になった」

「団体戦で優勝することが伝説??」竜太は聞いた。

「まだこの話は続きがあるの。この大会の団体戦は勝ち抜き戦というのは知っているわね。さっき北条くんが言ったように団体戦なのに『たった一人』で優勝したの」

「??」

 竜太はまだわからない。

「つまり、その選手は団体戦で一番最初に戦う先鋒だった。一年生だから当然よね。そして、たった一度も負けることなく決勝戦まで進み、優勝してしまった。一度たりとも相手にポイントを与えることなくすべて三十秒以内に一本勝ちという圧倒的な強さを見せつけるおまけつきで……これが、今も伝説として語り継がれている『桜ヶ丘の奇跡』という伝説なの」

「……」

 竜太、剣二は二人とも言葉が出なかった。

「優勝を成し遂げた剣道部はそれから大変になったの。先鋒の選手以外は皆一度たりとも対戦することなく優勝したものだから、先輩たちの気持ちは複雑だったと思うわ。もし、翌年の大会であっさり負けてしまったら、前年の優勝は偶然の産物。そして伝説の先輩以外の選手は大した事ないということになってしまう。優勝という目標を達成して、その勝利を守るということは、優勝に向かう目標よりずっとずっと大変なことなのは、わかるわね」

 二人は黙ってうなずく。

「それからしばらくしてもっと大変なことが起きたの。優勝の力となったその先輩が、忽然と部から姿を消してしまったの。学校にも来なくなったの。残された先輩たち、顧問の嶂南先生はあわてたと思うわ。もしかしたら、次の大会は負けるかもしれないと」

「でも、去年は準優勝しはったと思いますけど」

 剣二が思い出したように言った。

「そう、去年は先輩たちの血のにじむような努力で決勝戦まで進んだ。でもそこで力尽きて……準優勝だったの。前年のような圧倒的な強さではなく。出場者全員満身創痍で。そこまでしても優勝にはたどり着けなかった。だから、今の剣道部は大会で勝ち続けることが目標なの」

 しのぶはふっと一息をついて話を続けた。

「伝説の話はこのくらいにして、中村くんが知りたいのはなぜ私が入替え戦に出ることになったかわよね」

 竜太はだまってしのぶに向かってうなづいた。

「去年私が入学して、中村くん、北条くんと同じように憧れのこの部に入ることができたんだけど、この部の目標が大会で勝ち続けることになっていて、しばらくすると私の部に対する思いとすこしずれていることに気がついたの。でも憧れて入った部だし、自分の力を試してみたかった。でも今の部は勝ちにこだわってきている。この小さなずれが私の中で迷いとなってきたみたいなの。剣は正直よね。集中できないと負けてしまう。だから、さっき中村くんたちが見たように今回の入替え戦に出ることになったの。でも……でも、もう大丈夫。中村くん、北条くんが入部してくれるとわかったら、なんかこんな事じゃいけないと思ってきたわ。ホントごめんなさいね。これから入部するのに愚痴なんかこぼすんじゃなかったわね」

「しのぶ先輩すみません。ごめんなさい。なんかつらい話させて」

 竜太はすまなそうに言った。

「いいの、いいの。ここで話をしていたらすっきりしたわ。もう大丈夫。入替え戦では負けないから心配しないで。だから入部試験ふたりともがんばってね。私、待っているから」

「はい!!」

 竜太と剣二は力強く答えた。

「じゃあ、私行くね。友達がたぶん待っていると思うから」

「先輩ありがとうございました」

 しのぶは笑顔で校門の方に向かった。途中竜太たちに振り返り、大きく手を振って帰っていった。

 竜太と剣二はしばらく無言のままベンチで座ったままでいた。その内剣二が竜太に話しかけた。

「竜太はん。うちら絶対に入部しましょうな!」

「ああ! 絶対だ! しのぶ先輩の話を聞いてますますがんばってこの部を盛り上げていきたいと思った! 勝ち続けることも、自分の力を試すことも出来るような部にしたい!」

「うちも同じですわ」

(絶対に入部する!!)

 目標は固まっている。二人は力強く決意を表に出した。内なる心が力をみなぎらせているような思いがした。



(第五話に続く)

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