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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
漆:満願
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第二十八話~求める力~

 剣二の父からの話しは竜太にとって目の前の霧が緩やかに晴れていく感じがしていた。少なくとも何故自分の父が、目の前にいないのか、何の目的で行動しているのかが朧気ながら解った様な気がしてきていた。

「さて、うちの話しはここまでや。剣二、ことの、今日はこれくらいにして、皆はんにゆっくりとしてもらわんとあかんな」

「そうやな、そろそろ稽古もお開きに――」

 剣二が父の言葉を受けて立ち上がろうとしたとき、

「あんたはんら、何ママゴトみたいなこと言うてはるんや! ほんまに大事なことを忘れたはるやろ!」

 突然女性の大きな声が武道場に響き渡り、その場の照明が全て消えた。

「その声は『ゆみか』やろ!」

 剣二の父が響くと、答えるように女性の声が続く。

「そや、うちはゆみかや。樹神(こだま)陽流免許皆伝の北条ゆみかや」

「何を言うてはるんや。誰もおまえを免許皆伝やなんて思うてもおらへん」

 暗闇の中で叫び声だけが響く。剣二の父の声の怒気が強まるのをあざ笑うかのように淡々とゆみかの声が続く。

「お父はん。何か忘れてはりませんか。そもそも樹神(こだま)は門外不出、御留やろ。それを何にも解らんお人にべらべらとしゃべらはって、ほんまアホとしか思えへん。ほんま、男のおしゃべりはんはみっともないで」

「ゆみか! 何を言うてはりますんや。中村の息子はんに向かって失礼やろ」

「なかむら? ああ、樹神(こだま)陰流の免許皆伝言うてはったお人のお子はんか。ははは」

「何がおかしいんや。ええ加減にしなはれ。さもないと」

「さもないと何しはりますんや。この暗闇で何ができはるんや。何やったら手を合わせはりますか」

「もうええ加減にして出てきなはれ!」

 剣二の父の怒声がより大きくなる。すると剣二の父の傍らから声が聞こえた。

「あなたはさっきお手合わせした方ですね」

「ほう、その声はさっきの凛々しい人やね。あんた声だけで解るんか?」

「はい。気配も同じですし」

 暗闇の中からしのぶの声が凛と響く。

「なかなか筋が良いお人やね。でもうちはあんたには用はあらへん。あんたの後ろにいる小さいお人や。隠れん と出て来はったらどうや」

「僕は隠れていません」

 竜太は憮然とした声で答え、

「ゆみかさんは僕の父の事を知っているのですか? 父の何を知っているのですか?」

「うちは知らん」

 ゆみかは素っ気なく答えるが、竜太は問いかけを続ける。

「僕は小さいときからずっと父を追いかけていた。剣道を教えてくれたのも、勝負の厳しさや楽しさを教えてくれたのも父だった。でも――今は僕の目の前にいない。先月に桜ヶ丘高校に入ってから急に父の存在が大きい事に気がついた。父が追い求めている何かが周りの人も追い求めている。それが何かが解らない。一体僕の父は何を求めているのか? 何を探しているのかを」

「……」

「本当に知らないのですか?」

 竜太はひときわ大きい声を出し、暗闇の先にいるであろうゆみかに向かって叫んだ。

「うちは知らへん。そんなもん、自分で探しなはれ。己で見つけへんと意味あらへん。ほんまあんた、やわいな。あははは。

 暗闇の中でゆみかの笑い声が広がる。

「あんた、そんなに知りたいんやったら、樹神(こだま)と関係が有るって言う証拠を見せてや」

「証拠?」

「そや、証拠や。樹神(こだま)の血筋やったら容易い事や。どや、ここは折角やし、あんたの力を見せてもらうわ」

 ゆみかはそう言うと、暗闇の中で何かを素振りする音を聞かせた。

「ゆみか! お客様に何かがあったらどうするんや!」

「そんなん、ただの竹刀や。これで怪我するくらいやったらそこまでの人。ほんまに中村に関係有るお人やったらこんなん朝飯前とちゃい(違い)ますか」

 そう言いながらゆみかは素振りを続ける。

「うちは見えてますで、中村の息子って人の顔が」

 ゆみかは、そう言うが早いかいきなり竜太の眼前に竹刀を突きつけた。暗闇の中にいる竜太は見えていないのか、反応がない。

「何や、やっぱり見かけ倒しか。損したわ」

 ゆみかは舌打ちをして手元に竹刀を納めようとする刹那、竜太の手がゆみかの持つ竹刀を握りしめた。

「なんやあんた、見えとるんか」

 ゆみかの声は少し笑みを含んだように聞こえた。

「なら、うちも本気ださんとな!」

 そう言ってゆみかは気配を消し、漆黒の武道場の中に溶け込む。竜太は手元に有る竹刀を握りしめ、周りを伺う。

(暗くて全く見えない。気配だけが頼りか)

 竜太はゆみかの気配を探る。すると竜太の背後から頭上に竹刀が振り下ろされて来た。竜太は風切り音に気がつき、寸前でかわす。

「ほう、なかなか筋がよろしいな」

 そう言ってまたゆみかの気配が消える。

「ゆみか! ええ加減にしなはれ!」

 剣二の父の怒声で武道場の気が全て乱れた。そこに乗じてゆみかの竹刀が竜太の脇腹を払った。

「痛!」

 竜太は思わず声を上げる。

「次は急所やで」

 そう言って気配を消すゆみか。

「ゆみか!」

「お父はん! 静かにしなはれ。竜太はんがゆみかの気配を読まれへん」

 見かねた剣二が剣二の父をたしなめる。

「竜太はんすんまへん。ゆみかは後で叱っておくし」

 竜太は剣二の声の方向にうなずいた。

「そこ! バレバレやで」

 ゆみかが竜太に向かって竹刀を振り下ろした時、

「!」

 ゆみかの剣は空を切り、武道場の床を痛打する。その打撃音に向かって、今度は竜太の竹刀が風を切り裂いたが、ゆみかはすんででかわす。

「ほお、危ない危ない。確かに腕は立つお人のようや。

 でもな、樹神(こだま)は腕だけではあかんのや」

「腕だけ?」

「そや、樹神(こだま)は腕だけやあらへん。心を見せても貰わへんと――あかん、おしゃべりが過ぎたわ」

 ゆみかはそう言って気配を消した。

 静寂と闇が武道場を支配する。竜太はゆみかの気配を探る。しかし、ゆみかの気配は微塵も感じられない。しのぶ、かえでと剣二達は固唾を飲む。

(コッ)

 竜太の背後からかすかに音が聞こえ、無意識に竜太は音に反応して振り返る。しかし、それが合図となった。

「やあっ!」

 いきなり竜太の正面から竹刀が胴に打ち込まれ、竜太はもんどり打って吹っ飛んだ。

「はは、引っ掛かりはったな! 奥に靴投げたんや。ほんま正直やな!」

 ゆみかはそう言いながら、倒れ込む竜太に近づき竹刀を滅多打ちはじめた。

「ほら! どうや! 弱いやんか! ほんまに樹神(こだま)か? 嘘やろ!」

 武道場にゆみかの振り下ろす竹刀の打撃音が鈍く響く。竜太は為す術がないのか、ただ無言で耐えている。

「どうしたんや! 何もせえへんのか!」

 ゆみかは竜太に罵声を浴びせかけながら、ひたすら竹刀を振り下ろす。竜太は動かない。

「なんや! 叩きがいがあらへん」

 ゆみかが動かない竜太を不審に思い、打撃の手を少し緩めた時、ゆみかの前にいきなり、

「ちょっと! いい加減にして!」

 女子の叫び声と共に何かがぶつかる音が聞こえ、ゆみかの打撃音がそこで消えた。

「これ以上竜太に手を出すと、私が許さないから!」

 声の主はかえでだった。竜太が滅多打ちに合っているのを黙っている事ができず、暗闇の中のゆみかの声に向かって体当たりをかけた。ゆみかはもんどり打って武道場に

 倒れ込んだ。

「何するんや! よそもんは邪魔せんといて!」

 ゆみかは立ち上がり、かえでに向かって叫ぶ。

「言ったはずよ。これ以上竜太に手を出さないで」

「手を出す? そんな事してへん。その子をうちは試しているんや。それに試されるのはその子が望んだ事や。それを手を出すやって、あんたもおかしいんやろ!」

「そんな――私、許さない」

「許さないんやったら、どうしはるんや。うちをしばかはるんか?」

「しばく? ああ、叩くってことね……ええ。竜太にした事を十倍、いいえ百倍以上で返すから」

「ほほぉ、威勢の良い人や。さっきの時と言い、そんな奴の為に力を使うのはほんま勿体ないな」

「何ですって!」

「だからほんまに勿体ないから言うとるんや。まあええわ」

「それはどういう事ですか? ゆみかさん」

 ゆみかとは別の方向から竜太の声が聞こえ、その場にいる者は一瞬たじろぐ。ゆみかはすかさず竜太の声に向かって、

「なんや、あれだけぶっ叩いてやったのに、普通に話ができるんか」

 ゆみかの言葉に竜太は失笑してるかの如く息を吐き、

「別に、あれごときの打撃では大したことありませんから」

「何やその言い草は!」

 ゆみかがそう叫ぶ声をあげた刹那。ゆみかに向かって一筋の風が通った。

「痛っ! なんや今の太刀筋は!」

「わざとわき腹をかすめたのですよ。次は本気で払いますからね」

 ゆみかは竜太のすごんだ声を聞き、周りの者は背筋に冷えるものを感じる。ゆみかは慌てて間合いを外すように下がる音をさせる。そして、

「今日はこのぐらいや。これ以上は時間の無駄やし」

 と捨て台詞を吐き、道場の後ろから出ていく音をさせ、

「おまえが本当に中村の血筋というのなら、明日の夜にこの裏にある天狗山に一人で来い。そこで樹神(こだま)と証明して見せたなら、望みを叶えてやろう。ただし証明ができればな」

 その言葉を最後にゆみかの気配が武道場から消えた。程なくして武道場に灯りが点った。

「竜太! 大丈夫のなの!」

「竜太はん!」

「中村くん!」

 その場にいた全員が、ゆみかに滅多打ちにされていた竜太の場所を見た。

「え?」

 果たしてそこには竜太の姿はなく、剣道の面、胴、小手とたれと言った防具が横たわっていた。

「竜太は?」

 かえでは武道場を見渡すと、竜太はかえで達の真横に座っていた。

「ごめん、みんな。わざとゆみかさんの仕掛けに掛かった振りをして、とっさに防具を置いてみんなの横にいたんだ」

 竜太はそう言って頭を下げた。

「それじゃ、ゆみかさんに滅多打ちにされていたのは――」

「僕の防具」

 竜太の返答を聞いて、その場にいた全員は安堵の息をついた。

「でも、良かった。私……本当に心配したんだから! 怪我したんじゃないかって」

「ほんま竜太はん。堪忍してや」

「中村くん……良かった」

「中村はん、この通り。申し訳あらへん」

 その場にいた人たちが口々に竜太に語りかける。竜太は皆に頭を下げてから、

「本当に皆さんすみません。そして、ありがとうございます。それと……」

 言葉を選んで竜太は続ける。

「僕は明日、天狗山に行って来ます」

「竜太、大丈夫なの?」

 かえでが心配そうに問いかける。

「大丈夫。やっと父さん事が解って来たから。絶対に樹神(こだま)の事をつかんでくるから」

 竜太は皆にも自分にも言い聞かせるように話した。


(第二十九話に続く)

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