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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
陸:樹神の本質
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第二十六話~邂逅(かいこう)~

「あ! 東堂先輩にかえではん、良いところに来はったわ。今から夕方の稽古や。ささ、お部屋に案内するし、中に入って」

 剣二はそう言って二人を招き入れた。

「みなはん、遠いところから来て頂いておおきにや。これから竜太はんとうちらは小学生たちに稽古をつけるんやけど、ちょっとだけ見はりまへん?」

 かえでとしのぶは、案内された部屋で荷物を置き片付けのもそこそこに、半ば強引に剣二に案内されるがままに武道場に入った。

 武道場では掛かり稽古が始まっていた。小学生たちの威勢の良い声が響き渡っている。

「あ、なんか良いですよねこの雰囲気。私たちもこんな感じでしたね。東堂先輩」

「そうね、一生懸命が伝わってくるわ。この姿勢は私たちが見習わないといけないわね」

「はい。私もそう思いました」

 かえでとしのぶは案内された武道場の後ろで正座をして見守る。

「ふふ、東堂先輩――あそこを見て下さい」

「え? あ、中村くん」

 二人の視線の先には竜太が小学生を相手に稽古をつけていた。ただ、相手の小学生がかなり大柄で、竜太はかなり苦労しながら竹刀を受けているのが見て取れた。

「一丁前に稽古つけていますね。でもどっちが小学生か解らないみたい」

「西園寺さん、そんなこと言わないで。中村くんに失礼だわ」

 しのぶはそう言って少し笑みをこぼした。

「東堂先輩だってそう思ってますよね。少し笑われましたから」

「確かにそうだけど――」

 しのぶはそう言って、竜太から視線を外し、他の稽古をしている人たちの方を向いた。

「え?」

 しのぶは竜太とは反対側で稽古をしている二人組を見てつぶやいた。

「どうかしましたか?」

 かえでがしのぶに問いかける。

「西園寺さん、そこ、一番奥で稽古している二人を見て。

「はい。あ!」

 かえでは思わず声を上げた。

「先輩! 女の人が持っているのは――」

「そう。さっき私たちが会った女性が持っていた棒と同じみたい。ちょっと近くで見せてもらおうかしら」

 そう言ってしのぶとかえでは静かに棒の練習をしている人たちの所に移動した。

「やー!」

 そこには、大柄の男性が木刀を持ち、小柄な女性が白樫の短い棒を操っていた。しのぶとかえでは静かに二人の稽古を見つめていた。

「せい!」

「やー!」

 稽古をしている二人は、防具を着けずに木刀と棒を何合か交えながら常に間合いを取っていた。稽古の動きからは申し合わせ稽古や形の演武に見えなかった。

「先輩、これって真剣勝負なんでしょうか?」

「多分違うと思うけど、かなり実戦に近い稽古みたいね」

 ひそひそと話すかえでとしのぶ。そんな二人をよそに稽古中の二人は激しい動きを続ける。

「やー!」

 小柄な女性が一瞬の隙をつき、大柄の男性の懐に入り込み白樫の棒を男性の木刀の柄を叩いた。男性はたまらず体を後ろに下げ木刀を落とさないように踏ん張る。

「いやー!」

 すかさずそこに女性の棒が男性の木刀を下段から擦り上げて男性の体を崩し棒立ちにさせ、そのまま棒を目付けする。

「!、西園寺さん」

「はい。先輩――私も今解りました」

 しのぶとかえでは目を見合わせた。

「この女性の声――」

「さっき私たちの前に来た人よく似ていますよね」

 再び稽古中の二人は間合いを取る。お互いがジリジリと間合いを詰めながら相手をうかがう。そして間合いが一足一刀となった時、女性が間合いを切り攻撃を仕掛けた。

「やはり、中村くんのお母様とは違うわ。攻撃を先に仕掛けている」

「そうですね。竜太のお母さんは攻撃を受けてからでしたから」

「やー! いやー!」

「は、ほっ!」

 棒の打ち込みを寸での所で交わす男性は徐々に体を後ろに下げて行く。女性は間髪入れず前に進み木刀めがけて攻撃を続ける。その内に男性の体は武道場の壁まで行き、後が無くなった。

「いやぁー!」

 女性は一番の気合いを入れ男性の頭上を狙った。刹那男性は体を右斜めに引き、半身の体勢から女性の攻撃をかわす。獲物を失った棒はあえなく空を切る。そこに男性の木刀の切先が女性の眼前に突きつけられた。

「くっ!」

「惜しい。あと一息どしたな。また油断しはったな」

「……」

 男性はそう言うと木刀を引き、稽古を始めた所に戻った。女性も後に続き、相対した所で礼を交わした。

「いやぁ、お見苦しい所を見せて申し訳ありませんわ」

 男性はそう言うとかえでとしのぶの元に女性と共にやって来た。かえでとしのぶは思わずお互いを見つめた。

「あ、申し遅れました。私は剣二の父どす。この子は剣二の妹、ことねどす。お二人は東堂はんと西園寺はんやね。剣二から聞いとります」

 しのぶとかえでは剣二の父に会釈をする。

「はじめまして、北条ことねと言います。よろしゅうに」

 ことねは二人に挨拶をした。しかし、かえでに向けられた視線は少し冷たく見えた。

「剣にい――あ、兄からお二人のことは良く聞いとります。お二人ともかなりの腕前とか」

「そんな、かなりってほどじゃありませんから」

「そうですよ。東堂先輩はともかく、私はまだまだですから」

 しのぶ、かえでは慌てて答えた。ことねは、その答えを待っていたかのごとく、

「そんなことあらへんのと違いますか。何やったら、一度お手合わせしていただけまへん? 西園寺かえではん」

「え? アタシが」

「そう、かえではん。何やったらお得いのなぎなたで」

「こら! ことね! さっきは中村はんに粗相したと思ったら今度は西園寺はんにか!」

「ええやんか! 強いお人に稽古つけてもらえってお父はんいつも言っているやんか」

「あきまへん! 今度という今度はもう許しまへん!」

「だって!」

 親子の言い合いが続く中

「西園寺さんこの声……」

「そうですよね。一緒ですよね」

 しのぶとかえではひそひそと話す。すると、かえでは親子喧嘩している二人の間に入り。

「ことねさん、何でしたら一本だけお手合わせしませんか?」

「ほんま! ええのんか!」

 ことねは喜々として答える。

「西園寺はん、ほんま迷惑じゃ……」

 かえでは剣二の父にかぶりを降った。

 それを見て剣二の父は、かえで達に一瞥し、

「無理をさせてすんまへん。よろしゅうお頼もうします。ほんまにこの子はかなりお転婆で困っておりますんや、一度西園寺さんがぎゅっとお灸をすえておくれやす」

 そう言って後ろに下がった。

 かえでは、ことねに向き直り微笑みながら、

「ことねさん、じゃあ、やりましょう。ただし少し教えてほしいの」

「なんでもええよ、聞いて」

「ことねさんは今日はずっとここにいました?」

「? 変なこと聞きはるな。ずっとここにいたわ。何やったら中村はんに聞かはったらいいわ。少し前に勝負してもろたし」

「そう、じゃあもう一ついいかしら。ことねさんは北条くんの他にご兄弟がいる?」

「うちの? いるで。お姉はん」

 ことねの答えを聞いてかえでとしのぶはお互い顔を見合わせ小さくうなずいた。

「それがなんなん?」

「あ、先に稽古しましょうか、私は薙刀で、ことねさんはその棒では?」

「かまへんのか? これはうち得意やで。剣道よりも」

「大丈夫よ。少し待ってて着替えてくるから」

 そう言ってかえでは一旦武道場を出ていった。

 その後ろ姿を見送ったことねはしのぶに問いかけた。

「東堂はん。西園寺はんてほんま強いお人か」

「そうね。強いと思うわ。私なんか比べものにならないくらい」

「え? そんなにか? うち見るからにあんたはんの方が何倍も強いと思うたけど」

「人は見かけによらないのよ。あの子の真の力は大事な人を守る時に発揮されるから」

「ふぅん。よう解らへんけど。だから剣兄は……あ、何でもあらへんわ」

 大きくかぶりを降ることね。その仕草を見たしのぶはことねに微笑み。

「何も考えずに思いっきり西園寺さんに挑んでみるといいわ」

「なんで?」

「いいから……」

 しのぶは頷く。すると支度を終えたかえでが稽古着姿で二人の元に戻ってきた。

「おまたせしました。それじゃはじめましょうか」

「はいな!」

「ふふ、その返事、北条くんにそっくり」

 かえでの言葉を聞いたとたん、ことねは耳まで真っ赤になった。

「そんなことあらへん――西園寺はん、いけずやわ」

「ゴメンなさい。つい」

 かえでは慌ててことねに謝った。そして、しのぶとことねに、

「それじゃ、寸止め稽古ということで、私は受ける方で良いかしら?」

「まあ、しょうがありまへんな。そっちが長いんやし」

「北条くんのお父さん、東堂先輩見ておいて下さい」

 剣二の父としのぶはうなずく。

 しのぶとことねは、一礼の後、互いの間合いを取った。

「へへ、うち嬉しいわ。今日はいろんな人と出会えて稽古できるしな」

「私も棒術の人と稽古するのは初めてだから、少しワクワクするわ」

「おおきに」

 ことねは、ゆっくりとかえでとの間合いを詰める。かえではなぎなたの切っ先をことねに向け続ける。

「ほな行くで。怪我させたらごめんやし」

「ことねさん、その言葉は怪我をさせてから言うべきよ」

 かえでは薙刀を手元で薙刀を振って見せ、切っ先を鳴らして見せた。

「あらぁ、ほんまに強いのかも知れへん、うちも本気ださへんと」

 そう言って、ことねは一気にかえでとの間合いを詰めてきた。

「たあ!」

「やあ!」

 ことねからの上段一の太刀をかえでは難なく薙刀の切先で受け止め、そのまま払って間合いを取った。そこにことね中段からの払いがかえでの脇を狙うが、かえでは薙刀を回し柄で受け止め再び下がる。

「やりはりますやん」

 不敵な笑みを浮かべることね。

「ことねさん本気だしている?」

 かえでは少し挑発気味に語りかけるとことねは、

「いや、最初は様子見や。次からはほんまに行くで」 

 そう言うと素早くかえでとの間合いを詰め次の攻撃を繰り出した。

「やあ!」

 不意を突かれたかえでは棒立ちの状態。そこにことね棒がかえでの胸の辺りを襲う。

「!」      

 かえでは棒立ちの状態から最短距離で薙刀を動かしてことねの打撃を止めて見せた。

「くっ、じゃあこれでどうや! さあああ!」

 ことねは今度は棒を自らの後ろに納め、攻撃の始まりがかえでからは見えないようにして間合いを詰め、かえでの腰付近を狙ってきた。

「は!」

 かえではこれも薙刀の腹で受け止めた。

「まだまだや!」

 ことねは少し焦りの色が見え始めた。まるで歯が立たない。だが、ことねは三たび前に出て、かえでの手を狙い薙刀を落とそうとした。しかし、かえではまるで最初からそこに棒が来ることが解っていたかのように難なく棒の攻撃を外し、その上から薙刀を落とした。

「!」

 道場の床に鈍い音が響き、ことねの手から棒が落ちた。

「なんでや! なんで動きが解るんや」

 ことねが不甲斐なさから叫ぶ。

「ことね、そこまでや」

 剣二の父が見かねて止めた。

「ことねさん、ごめんなさい」

 かえでは構えを解き、謝った。その姿を見た剣二の父はかえでの方に向き直り、

「西園寺はん。もしかして、この棒術を心得てはるんやろのか?」

「いいえ、ここに来る少し前に私たちが出会った人が、ことねさんと同じ動きをされていたので、もしかしたらと思って予測して動いてみたんです。受けたのは東堂先輩ですけど――あっ」

 かえでの答えを聞いて、しのぶはかぶりを振る。そして剣二の父は、かえでとしのぶを交互に見つめ、ため息をついてから全て悟った表情になった。

「じゃあ、お二人とも『ゆみか』に会うてはるんやな」

「ゆみか――さん?」

「そや、剣二、ことねの姉や。この道場の免許皆伝なんやが、何が気に入らんのか、稽古にもう来うへんのや」

 剣二の父の言葉を聞いてしのぶが聞く。

「そのゆみかさんは、もしかして樹神(こだま)の棒術を心得ておられるのでしょうか?」

「それは……」

 剣二の父は口ごもる。

「お願いします。北条くんのお父さん。教えて下さい。今、樹神の秘密を知りたい人がいます。一人はお父さんが行方不明の中村くん。そして、中村くんとの勝負こだわる私の先輩、発田高道。そしてもう一人、私の大切な先輩、西桐先輩。どうしても知りたいのです」

「……」

「お願いします。中村くんのお母様からは少しだけお聞きしましたが、まだ解りません。中村くんも私も大切な人の事を知りたいのです」

 剣二の父はしのぶの言葉を聞き、目を閉じてしばらく動かなかった。そこにしのぶの声を聞いた竜太と剣二が側にやって来た。

「お父はん。うちもけど、知りたいんやわ。竜太はんのお父はんと、うちのお父はんと何があったのか。どうして樹神(こだま)が関係あるのかを」

「……」

 剣二の父は、皆の声を聞きながらじっと目を閉じている。時間だげが過ぎて行く。

「お父はん」

「解りました」

 剣二の父が目を開け意を決したかの様に話し始めた。

「今から話すことはうちらだけにしてや、北条家や中村家のことやし。とにかく、いったん稽古終わらせてからでよろしいか?」


(第二十七話に続く)

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