挿話五~桜花の下~
竜太は試合終了が宣させると、崩れるように倒れ込んだ。
それを見て、顧問の嶂南やかえで、剣二、そしてしのぶやその他の剣道部員たちが一斉に竜太を介抱した。
「竜太! しっかりして!」
「竜太はん!」
「中村くん!」
「大丈夫だって、ちょっと――足がもつれただけだって」
竜太は、集まった者たちに礼を言い、面を外してから大きく深呼吸をしてゆっくりと立ち上がった。
竜太が目線を正面に向けると、その先には、すでに身支度を済ませ、額の汗を拭う発田の姿があった。
発田は竜太の視線を感じたのか、ゆっくりと竜太に近づき、やや微笑みながら竜太に向かって話しかけた。
「半年後に再戦としましょう」
「え?」
竜太は思わず声を上げた。
「だから、再戦です。解りませんか中村クン。言葉の意味が」
「いえ……解りますが――なぜ?」
「なぜ? キミはそんなことも解らないのですか。いいでしょう。その答えを半年後の入替試合の時に教えてあげます。そして、今度もボクを楽しませてくれたまえ。樹神剣士クン」
発田はそう言い残すと踵を返し、竜太の元から離れて行った。その場に残された竜太は、大きくため息をついた。発田が言った『入替試合』の意味が理解できたからである。
そして、竜太の傍らで心配そうに見つめていたかえで、剣二も同様に理解できた。二人は今ここで竜太に話しかける言葉が見あたらなかった。
あたりは薄暮となり、少し肌寒く感じられた。
竜太、かえで、そして剣二の三人は一緒に帰宅の途についていた。薄暮の中にも鮮やかな桜色に染まった桜乃学坂をゆっくりと、剣二を先頭に、かえで、竜太の順に一人ずつ自然とお互いの顔を見ない様に距離を取り、そして無言で下っていく。
坂を半分降りたところで、最後尾の竜太から言葉が投げかけられた。
「かえで、北条……ゴメンな。約束が守れなくて」
「そんなことないって! 竜太!」
かえでは、竜太の言葉を聞くと、思わず声を上げて竜太のいる後ろに振り返ろうとした。
「向くな!」
竜太は、かえでに向かって叫ぶ。怒号にも似た竜太の声に、かえでは反射的に前を向いた。かえでの視線の先には、剣二が悲しそうな眼差しでかえでを見つめていた。二人の視線が合ったとき、剣二はゆっくりとかぶりを振り、右手の人差し指を立て、自らの口の前に持っていった。その仕草は『そっとして』と見て取れた。
三人は、それぞれの思いを胸に、桜乃学坂にいた。
夕凪が三人の元をすり抜けると、桜木は花びらを散らせ、あたりを包み込んだ。まるで桜木がこの場にいる者たちの気持ちを知っているのかのように。
(第十八話に続く)