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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
壱:桜ヶ丘高校剣道部の伝説
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第一話~桜乃学園乃坂にて~

「うああっ! 遅刻だぁ」

 朝の静寂を打ち破るかのように駆け抜ける一人の少年。明らかに慌てている。自分の身長くらいの長さがある竹刀袋を持ち、防具入れをその袋にかけ、見るからに重そうに下りの坂道を走っていく。走っていく先には目的のバス停がある。

 すると、彼は一人の背の高い少女を追い抜いた。

「あら、竜太どうしたのそんなに急いで……」

 少年の名前は中村竜太。桜ヶ丘高校に昨日入学したばかりの新一年生だ。

「急いでって、かえで! もう遅刻するぞ、今度のバス乗り遅れたら」

「えっ、まだそんな時間じゃないと思うけど……八時前だし……」

 竜太を呼び止めたのは西園寺かえで。竜太の同級生で幼なじみだ。竜太は走りながらかえでに叫ぶ。

「おまえの時計停まってないか? 今八時前なわけないだろう! 俺が起きたの八時だぞ!!」

「えっ?! 大変ホントに停まってた……」

「急げよ! おまえも遅刻するぞ」

 竜太は叫びながら坂を下っていく。

「ちょっ! 待ってよ! 竜太!!」

 かえではあっという間に竜太を追い抜いて走っていった。

「オイ! かえで! 待てよ、この大女! おいてきぼりか!」

「竜太がちびなだけよ! 早く来ないとおいて行くよ」

 竜太とかえでとは明らかに身長が違っていた。中村竜太は身長約一六〇㎝。本人は小さいことをかなり気にしている。一方の西園寺かえでは身長は約一七五cm。本人は大きいことをかなり気にしている。『大女』なんてセリフを許されているのは竜太だけだ。この二人の身長差は約十五㎝もあるから、かえでが一歩ごとに竜太が二歩かかる風に見える。おまけに竜太は重そうな道具を持っている。

「ほら、もう世話の焼ける子ね」

 かえでは戻ってきて、竜太の防具入れを背負って一緒に走ってくれた。

 かえでのおかげで二人はバスになんとか間に合った。二人が乗ったと同時にバスは扉を閉め出発した。

 竜太は全速力で走ったせいか息が戻らない。かえではそれほどでもないらしく、平然としている。

「かえで、ぜーぜー。おまえ息あがらないのか? ぜーはー」

「おあいにくさま。竜太とは鍛え方が違います。竜太はいつも走らなさすぎなの」

 しばらくすると竜太の荒い息も収まってきた。その様子を見てかえでが竜太に話しかけた。

「ねえ竜太。珍しいわね、寝坊なんてしたこと無いのに」

「うん……。なんか夢見てたんだよなぁ」

「夢?」

「そうなんだ、なんか小さいときの自分が出ていて……」

「小さいときの竜太?」

「そう、俺ともうひとりだれかいたんだけど……」

「よう! 竜太に西園寺! お前たちも受かったんだな!」

 竜太が夢の話を思い出そうとしたとき、いきなり後ろから同級生数人が声をかけてきた。そのおかげで竜太は夢の内容を思い出せなくなった。

「おう、お前たちも受かったんだな」

 と、竜太は返す。

「当たり前よ! 西園寺はともかく竜太が受かるとは、桜ヶ丘もレベルが……」

 同級生は竜太を見てからかい始めようとした、そのとき、

「ちょっと! 先生が良かったと言ってよね」

 竜太と同級生の間にかえでが割り込んだ。顔は笑っているが眼は少々怒っている。

「いや、そりゃ西園寺ほど賢かったら誰でも教えてもらえば受かるだろうよ……」

 同級生はいきなりかえでに割り込まれて詰め寄られてすこしうろたえた。

「それと、先生も良かったけど生徒も良かったわよ! 最終的に不可能と言われたここに受かったんだからね!」

 声は穏やかだが明らかに怒っている口調。

「悪い、悪い。西園寺に怒られて、薙刀でぶっ飛ばされると、せっかくの高校生活台無しになるからな。まあこれからもよろしくお二人さん」

 バスが終点に着くや否や同級生は逃げるように降りていった。少々かえでが苦手なようだ。

「いいのか? かえで、あんなこと言わせておいて」

 竜太はすこしすまなさそうに言った。

「なに言ってるの。気にしてないわよ! 本当に本気でぶっ飛ばしたら台無しになるのは高校生活だけですまないわよ」

 竜太は少し背筋が寒くなる気がした(やっぱりこいつは怒らすと怖い……)とひそかに思った。

 バスは桜ヶ丘高校前が終点だった。生徒たちはバス停から校門までゆっくりと桜並木を上がっていく。竜太とかえではバス停から校門までの坂を見上げていた。

「すごいな。桜が。俺たち入ったんだよな」

「そうよ、ちゃんと入学できたんだよ私たち」

 少々感慨深げな二人。ちょうど桜は満開。時折そよ風が吹き、桜の花びらがはらはらと舞う風景は、まるで桜の木が生き物で、新年度の生徒たちを励ましているかのようにみえるほど幻想的であった。

 毎年この時期だけ繰り広げられる光景から誰彼となくこの場所を『桜の坂』『桜坂』『桜ヶ丘坂』と呼ぶようになった。

 しかし、個々人の個性を重視しようとする学校の風土に合うようにとありふれた名前を避けようとした時の校長が、『桜乃学坂さくらのまなびざか』と名づけた。以来ここはこう呼ばれている。

 また、この坂にはいろいろと伝説があり、『この坂で叶えたいと誓った夢は必ず叶う』や『この坂で人生を決める人に会う』などが伝えられている。

「と、言うことなの」

 かえでは自慢げに竜太に話した。

「よくそこまで調べてきたな。すごいなかえでって」

「当たり前でしょ! せっかくがんばって入学したとこなんだから」

 竜太にほめられ感心されてかえではいい気分だった。二人はゆっくりと校門まで向かって歩いていった。途中、かえでは竜太より前を歩き、振りかえって、

「竜太、あのさ」

 すこし話しにくそうにかえでが言った。

「その、この坂の伝説……」

 かなり言いにくそうだ。

「えっ? 伝説? さっきの話か? そうだな」

「竜太、その、この坂で……」

「そうか、夢が叶うんだよな! じゃあここで宣言する! 『俺、中村竜太は絶対日本一の剣士になる!』」力強く宣言する竜太。

「いや、あの、竜太……。そっちのほうじゃなくて、人生を決める人に わたし……」

「どうしたんだ、かえで。顔真っ赤だぞ」

 振り返りかえでの顔を覗き込む竜太。

(もう! ホント鈍感な竜太! いい加減にしろ!)

 かえでは思うようにことが進まなかったので、竜太をおいてスタスタ歩き始めた。

「おい! かえで、なんか俺まずいこと言ったか?」

「別にわからなけりゃいいわよ、ふん!」

 そのうち校門が見えてきた。いよいよ新しい高校生活が始まる。二人はそう思って校門をくぐろうとしたとき。

「あっ、良かったやっと会えた。竜太はんにかえではん。おひさしぶりです」

 二人は急に後ろから呼び止められ、声のする方向に振り返った。

「あっ! おまえは!」

「あら、お久しぶり」


(第二話に続く)

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