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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
肆:入部試験・勝負の行方
18/33

挿話四~怒 り~

 もう少しだけ……、 

 北条剣二の勝利を喜びたかった。

 彼の怪我を心配したかった。

 しかし――竜太の眼前に立ちはだかる長身細面の男がそれを許さない。男の名前は発田高道。桜ヶ丘剣道部の伝説を作ったその人。


 程なく始まった発田と新入生の試合はわずかな時間で勝負を決した。ただその時間は発田の圧倒的な力を見せつけるには十分であった。

 開始から新入生の気合いが武道場内に響く。しかし発田は切先を真っ直ぐ新入生に向けたまま微動たりとしない。間合いを徐々に詰める新入生だが、なかなか一足一刀の間合いより踏み込むことができない。試合はこのまま動かなくなるのかと思われた矢先、発田が動いた。

「きぃいいやあーーー!」

 武道場にいるもの達は、ほぼ全員これまで聞いたことのないような甲高い声の気合いを聞いた。その音量は、あまりにもけたたましく。武道場内の天井、壁、床を震え上がらせ、それぞれの音が共鳴し、思わず耳を覆いたくなるほどであった。刹那、新入生と対峙していた発田の竹刀が新入生を襲い始めた。

「めぇーーーん!」

 一足一刀の間合いがいきなり詰まり、新入生の頭上に発田の竹刀が入る。発田の気合いで気後れした新入生もさせじと竹刀でかろうじて受けるが頭上で発田の打撃を受けるのが精一杯であった。

 ところが、その後発田は新入生を深追いせず微動たりともしなくなり、切先を新入生に合わせるだけとなった。静と動の落差がかえって不気味さを増幅させる。

 新入生が間合いを詰めようとするとまたも奇声に近い気合いを発し、打撃を浴びせかける。明らかに新入生をいたぶっている様にも見える。まるで野獣が獲物をゆっくりと体力と気力を喪失させてから襲うが如く。これを繰り返された新入生は、徐々に体力気力が失われつつあった。そして――、

「そろそろ、遊びは終わりですね」

 新入生に向かって発田が小さくつぶやいた。

「え?」

 新入生がそう言葉を発する前に、発田はこれまで以上の早さで間合いを詰め、新入生の面に向けて竹刀をたたき落とした。

「早い!」

 武道場の誰もが思う前に、発田の竹刀が新入生の右肩に入っていた。面打ちが外れていたのだ。もちろん審判は動かない。

 しかし強い打撃の影響で新入生の右膝が曲がり、身体が大きく右に倒き始めた。当然面ががら空きになる。それを待っていたかのように発田は体を戻し、そして再び新入生の面に向かってを竹刀を振りおろす。

「きぃいいいやーーー! 面ーーーーーー!」

 発田の気合い、踏み込む足音、またも反響共鳴する武道場。そしておおよそ竹刀と面とがぶつかり合ったとは思えない、柔らかい果物が床に叩きつけられてつぶれるような鈍い音が武道場内こだました。その間わずか瞬きと同じかそれよりも短かった。


 一瞬の静寂。

「赤、面あり!」

 審判の赤色の旗が一斉に揚がる。それと同時に床に崩れ落ちる新入生。そして、残心の姿勢の発田が持つ竹刀の切先には――――竜太がいた。

『次はおまえがこうなるのだ』

 と言うが如く。


 倒れ込んだ新入生はピクリとも動かない。ことの成り行きを見ていた周りのもの達は、今眼前で何が起きたかを理解できなかった。

 新入生は気絶しているのか意識が無いように見える。顧問はすぐに上級生に対して処置を指示する。慌ただしく現部員が救護用具や水を取りに右往左往し始める。武道場内は騒然となった。

「お、おい。新入生倒れているぞ」

「動かないぞ、ヤバいぞ」

「頭割れたのか?」

「何もそこまでしなくても……入部試験で」

「俺、先輩と当たらなくて良かったよ」

「あいつも不運だね、よりによって伝説の先輩だぜ」

 事態が解ってきた新入生達の無責任な会話が竜太の耳に入る。

(何が自分で無くて良かっただ、何が不運だ。こんなこと許されるのか!)

 竜太の中で怒りがわき上がる。

(発田先輩は、最初の面打ちをわざと外した。それも面だれの一番薄い肩骨の部分を狙って。そして彼の身体が浮いたところに思いっきり面を叩き込んだんだ。それもわざわざ面の薄い所にめがけて。おまけにそこで勝負は決していたのに、あの先輩はわざわざもう一回同じ部分に面を力任せに入れた――これは僕が求めている剣道の姿ではない。ただの自己満足だ。相手のことなど微塵も大切に思っていない)

 竜太はゆっくりと立ち上がる。発田を見据えて。

 発田もその竜太の姿を見て竹刀を降ろし、開始線に戻る。そして発田の試合が終わった。相手に勝負の行方を聞かせることも無しに。

 試合が終わるや否や、竜太は面を外した発田にゆっくり歩み寄る。発田はその竜太を見て薄く笑みを浮かべ竜太に呼応するかのように立ち上がる。二人が試合場の極で相対する。あまりに自然に相対する二人に、それまで倒れた新入生ばかりに目がいっていたもの達は思わず息をのんだ。

 二人の間にはもう既に試合――いや、戦いがはじまってた。試合場の場外線の外で二人はにらみ合う。武道場内の空気が一気に緊張する。

「何ですか? 中村クン。そんなに私をにらみつけて」

「……」

「礼節を重んじる剣道ではあまりいい行動ではないですね。あなたの今の行動、今にも私に斬りかかろうとしていますよね、中村クン」

「……何が礼節だ」

 絞り出すように声を出す竜太。

「おやおや、どうしたのですか? 中村クン」

「何が剣道だ。そんなもの今のあなたには微塵も大切にしていない」

「これは心外な! 何てことを言う出すのです? 中村クン」

 わざとらしく答える発田。

「じゃあ、今の試合は何だ、試合相手のことを思い、道理にかなったものじゃないだろうに、なぜ二回もわざわざ痛めつけて」

「ほう、見えていましたか。なら仕方がないですね。それがボクなりの相手への思いやりです。実力の差を教えてあげたのです。分相応でないのですから当然でしょう」

 そう言ってから発田は吐き捨てるようにこう付け加えた。

「身の程知らずとは彼のことを言うんですよ。解りますか身の程知らず」

「教えた、叩きのめすことがか?」

「そうです、身体に教えてあげたのです。これはとても親切でしょう」

 その答えを聞いて竜太は怒りのあまりうつむき、声が出なくなった。そしてその場にいたものは、竜太の髪が怒りで心なしか逆立っているかのように見えた。

「おや、お怒りですか? お怒りなんですね。ああ単純です。ちょっといじるとすぐ怒るのですね。そんなんじゃここの剣道部員にはなれませんよ」

 その姿をあざ笑うかのように発田が竜太を挑発する。竜太の身体が心なしか震えて見える。するといきなり竜太は顔を上げ発田に向かってこう叫んだ。

「ちがう! あなたのやっていることは剣道ではない! 剣道を馬鹿にするな! 僕はあなたをここで叩きつぶす!」


(第十四話に続く)

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