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オーバーラップ  作者: 杏 烏龍
弐:入部試験・伝説の人
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第八話~実力の差~

 審判の開始合図と同時に二人は立ち上がった。

 試合時間は五分。先に一本を取ったものが勝者となる。伊東は試合識別用として胴紐の合わさる所に赤いたすきをつけている。一方の発田は胴紐の合わさる所に白いたすきをつけている。

「いやぁー!! いやぁー!!」

 伊東は気合の入った声を発し発田をけん制する。発田は声を発さず、じっとしたまま動かない。その間は軽く竹刀の切先同士が触れ合うが、お互い簡単には攻撃を仕掛けない。先に仕掛けた方が不利であるかのようだ。

「いやぁー! はぁー!!」

 伊東の声だけが武道場にこだまする。発田は動かない。お互いに一足一刀の間合いを保ったまま時間だけが過ぎていく。時折伊東が左右に体を変化させるが、発田は円を描くように動き隙を与えない。そのまま試合はこう着状態になるかと思われた。しかし試合時間が進むにつれて、ゆっくりではあるが発田が伊東の間合いを詰めるように竹刀の先を伸ばしだした。当然伊東は発田の間合いを嫌い、竹刀の先を軽く弾いて自らの間合いに戻す。発田はじりっじりっとにじり寄り、逃れる伊東。すると――、

「止め!」

 審判が試合を止めた。

「場外!」

 審判は伊東への場外反則を告げた。ここで伊東は発田に間合いだけで場外に押しやられたことに気がついた。

(いつの間に……)

 反則は二回宣告されると相手の一本勝ちとなる。伊東はこれで後が無くなった。

「始め!」

 試合が再開された。時間はちょうど三分が経過したところだ。残り二分の試合時間で決着がつかない場合は、判定で発田の優勢勝ちとなる。伊東は是が非でも一本を取るために攻めなければならない。

 伊東はこれまで以上に気合の声を発する。発田はその気合に意に介さず、黙ったまま竹刀を前に出し間合いを少しずつ詰める。伊東は後ろに下がらざるを得ない。このままでは剣を一合も交えることなく敗れることになる。追い詰められる伊東。

(さすが発田。これほどまでに厳しいとは……。一年休んでいたのはウソじゃないのか?)

 伊東の脳裏に不安がよぎる。しかし勝負中の不安や雑念は致命傷になる。発田はこの機を見逃すことはなく、いきなり上段から竹刀を振り下ろして伊東の竹刀を叩きつけた。伊東は竹刀を床にぶつけバランスを崩し身体が前のめりになり、頭部が無防備な状態になる。すかさず発田はそこに面打ちを繰り出すが、辛うじて伊東は身体をよじってこれををかわし、後ろに下がり間合いを保った。

(なんてヤツだ。一瞬の隙も見逃さない。機械みたいに正確無比だ――。落ち着け、大丈夫だ。俺は、俺は全国準優勝校の主将だ)

 伊東は荒くなった呼吸を整えつつ、発田との呼吸を合わせ攻撃の機会をうかがう。発田は何事も無かったかのように、また静かに中段の姿勢を保っている。今度は伊東がじりじりと間合いを詰める。発田との間が徐々に近づく。すると、発田急に上段の構えを取り、間合いを保つようになった。

(発田のヤツ、わざと誘ってやがる――。バカにするなよ)

 二人の間の緊張感が高まる。周りでこの試合を見守る者たちにもこの緊張感が伝わっていた。言葉を発するのも憚られるくらいの静寂さが武道場を包み込む。ただ二人の呼吸と鼓動だけが聞こえてくるように思えた。目には見えない力がお互いをけん制している。刹那、伊東が渾身の気合を発声と同時に前に大きく踏み込み、発田めがけて竹刀をうならせた。

「面!!」

 その一太刀を発田はたやすく眼前で受け止め、そのまま二人とも竹刀を重ね、鍔迫り合いのまま動かなくなった。

『ぎしぎし――』

 竹刀のきしむ音だけが響く。両者一歩も譲らない。

「いやあっ!!」

 伊東が発田を押し飛ばすように竹刀を擦り上げて一旦離れ、中段の構えに戻し間合いを取った。発田はまたも上段の構えを取り間合いを詰める。その構えになるのを待っていたかのように伊東は発田の胴めがけて竹刀を繰り出した。

「胴!!」

 またも発田はたやすく受け止め今度は鍔迫り合いになる前に竹刀を擦り上げ伊東を思いっきり跳ね飛ばした。もんどり打って伊東はバランスを崩し、あわや場外の反則となりかけた。しかし伊東はすぐに身体を戻し、間髪を入れずに発田が中段から上段になる前に切りかかった。

「面! 面! 面!!」

 踏み込みながら矢継ぎ早に面打ちを連打する。伊東が得意とする連打攻勢だ。大概の相手ならここでバランスを崩し、防戦一方になったところを狙って小手もしくは胴打ちで決めている。しかし、発田の場合は違っていた。伊東の連打を軽くいなすように捌いているのである。まるでかかり稽古のように。いくら渾身の力で打っても当然有効打には至らない。周りには伊東が必死になって空気に向かって打っている素振りのように見えた。

 試合時間が一分を切った。発田は伊東の攻撃が収まると三たび上段の構えを取り悠然と間合いを取る。一方の伊東は完全に息が上がっていた。間合いを取りつつ呼吸を整えるも徐々に自らの体力が奪われていくのがわかる。次の攻撃を考えるのだが、隙の無い発田の上段の構えが次第に恐怖に似た感覚となって思考をさえぎる。

(このままでは終わってたまるか!! 絶対に決めてやる)

 眼前の発田との恐怖感と戦いながら次の攻撃で最後と考えた伊東は意を決し、発田との間合いのタイミングを計る。呼吸を合わされては攻撃が読まれてしまうので極力息をころす。しかし発田は伊東の決意をあざ笑うかのように、急にゆっくりと上段の構えを解き無防備な下段の形となった。『どうぞ打ってください』と言わんばかりの構えだ。格下の相手を誘うにも見える。

(どういうことだ、発田め)

 伊東は発田をにらみつける。すると伊東は発田が面の下から笑っていることに気がついた。

(笑っている? ふざけやがって!)

 伊東の怒りは頂点に達した。そしてその怒りから恐怖心が薄らぎ、発田との間合いをじりじりと詰めにかかる。ゆっくりと――。そしてまたも静寂が武道場を包み込む。

『ゴトン』

 静寂がいきなり破られる。誰かがうっかり竹刀を床に落としてしまったからだ。発田の気がその音で一瞬乱れる。

(今だ!)

 伊東は思いきり踏み込んで発田の懐にめがけて飛び込んだ。竹刀の切先は真っ直ぐに発田の面下の喉元一点を狙う。

「突きぃ!!」

 踏み込みのタイミングと技の繰り出し方を見て、武道場でこの試合を見ている誰しもが伊東の突き技が決まったと思ったその瞬間。発田の姿が突然皆の視界から消えた。

(何! 消えた?)

『ドォン!』

 発田が消えたと同時にいきなり武道場に雷鳴のような轟音が響く。試合を見ていた者達はその音に驚かされ、試合中の二人から目を離してしまった。そして我にかえった者達の眼前に飛び込んできたのは、中段から右に伊東への胴打ち決め、残心の姿となっている発田と、その後方で突きの姿勢から身体を『く』の字に折り曲げ、うずくまるように倒れこんでいく伊東の姿だった。

 

「胴あり!」

 審判全員が白い旗をあげた。白の発田の一本勝ちである。



(第九話に続く)

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