どっちに転んでも吉。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
予想外でびっくりです。
約束の日、相談のためにわたしは王宮の一室に向かった。中に通されて驚く。何故かキルヒアイズやサイモンと一緒にアインスもいた。
「えっ……」
戸惑っていると、そんなわたしにキルヒアイズの方が驚く。わたしが何も聞いていないことを察したようだ。
「話し合いに参加することを言っていないのか?」
アインスに問う。
「仕事のことは家では話しません」
とても真面目にアインスは返事した。冷たく、冴え冴えとした顔をしている。
家に居るときとは全く違う冷たくとりつく島がない雰囲気にわたしはさらに戸惑った。どうやら、これがアインスの仕事モードらしい。
(そういえば、仕事の話は家で一切しないな)
ふと、その事に気づいた。家で一緒に過ごす時間に仕事関係の話題がアインスの口から出ることはない。些細な愚痴さえなかった。
いつもはどんなことを話しているだろうと思い出そうとして、二人きりになると話をする暇もなくなし崩しにそういうことになることを思い出す。
(確かに、仕事の話をする暇なんてなかったわ)
顔が赤くならないように、他の事を考えよとした。
わたしとアインスはなんだかんだいってとても仲良く夫婦として過ごしている。今頃新婚生活を送っている気分だ。
「どのみちアヤと相談するんだから、別に話しても良かったのに」
キルヒアイズはそう言って笑ったが、わたしはなんとなく話さなかったアインスの気持ちが理解できる気がした。一度いいと自分に許すと、どんどん歯止めがきかなくなるのが人間という生き物だ。例外は作らず、全部ダメだとした方が規則というのは守りやすい。
わたしは勧められた椅子に座った。円卓を囲む。
「アインスがここにいるということはこの件、王家の方で処理するつもりですか?」
わたしは単刀直入に尋ねた。アインスは宰相補佐として実務を担当している。そのアインスがここにいるということは、王宮が動く事に等しい。
アインスは次期宰相になることが内定していた。今はその準備期間として、実務を一手に引き受けている。アインス本人からではなく使用人達からそう聞いていた。わたしが思っている以上にアインスは偉かったらしい。
早く跡継ぎをとジェイスがアインスの息子でないことを知っているメイド長から急かされるのも納得だ。後継者教育には十分に時間をかけたいらしい。アインスから引き継ぐものはそれだけ大きいということだ。
「勘がいいですね」
ははっとキルヒアイズは笑う。だがその目は笑っていなかった。
「この件、わたしが1人で解決するとややこしいことになるなと気づいたので」
わたしは苦く笑う。
ディオルトとこの件でいろいろと話し合っている途中で、わたしはふと気づいた。この問題、解決しても解決しなくても、嘆願書を出した人間は得をする。失敗すれば揚げ足を取れるし、成功すればわたしと国王の関係は微妙になるだろう。
この国には国王と聖女という二つのトップがあるが、民衆の支持は聖女の方が高い。自分たちを救ってくれるのだから、悪く言うわけがなかった。だが、施政者としての国王も民衆から評価されている。わたしから見てもこの国は上手く回っていた。
しかし、人は慣れる生き物だ。豊かであることが当たり前になれば感謝を忘れる。
そこにわたしが貧民の救済に成功すれば、民衆の支持は聖女に偏るだろう。それは国王との間に軋轢を生む。そもそも貧民救済は聖女ではなく国王の仕事だ。
「話が早くて助かります」
キルヒアイズは苦く笑う。
「どのみち、わたし1人の手に負える問題ではないですからね」
押しつける気満々でわたしは答えた。
「聖女様は普通、恵まれない人間には分け与えよという方針なのですがアヤ様は違うようですね」
サイモンがわたしを見る。その言葉には微妙に棘かありそうだが、その棘が向けられているのはわたしではないようだ。
「施しは問題の解決になりませんからね」
わたしはにこっと笑う。
それを聞いて、アインスはふっと笑った。わたしやキルヒアイズに見られて、素知らぬ顔をする。
「とりあえず、話し合いを始めましょう」
アインスはわたしとキルヒアイズを促した。
アインスは生真面目な人です。




