嘆願書。
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そういうシステムがあったようです。
それが届いたのは3日前のことだ。差出人のない手紙が聖女の離宮宛てに送られてくる。
「……」
ディオルドが持ってきたそれをわたしは受け取るのを躊躇った。差出人の名前がないなんて、碌な内容ではないだろう。
「ねぇ。この手紙、見なかったことにしない?」
ディオルドに提案した。ナイナイでゴミ箱にさよならしたいと思う。
全ての人に平等に優しくなんて期待されても困る。わたしは一人しかいないし、出来ることは限られている。
(名前も書けないような見知らぬ誰かに差し出す善意なんて持ち合わせていないのよね)
聖女らしくないそんなことを考えた。
「そうできたら、いいですね」
ディオルドは遠くを見る。
「出来ない理由は何?」
わたしは尋ねた。
「王宮に届く手紙は一度、安全をチェックされるんです」
ディオルドはため息をつく。
それによると、全ての手紙や荷物は一旦、専門の部署に集められるらしい。そこで危険がないかを確認され、安全が保障されたものだけが本人に届くシステムだそうだ。その際、全ての手紙や荷物は差出人の名前を書き残す。つまり、その部署にはこの差出人不明の手紙が聖女の離宮に届いたことが記録として残っているそうだ。
「それは……。届かなかったことにするのは無理ね」
わたしは笑うしかない。余計なマネをしてくれると思うと共に、監視されているのも感じた。手紙のやりとりを全て記録されているなんて、気分のいい話ではない。
「そこまでするなら、差出人のない手紙は無条件で破棄してくれたらいいのに」
ぼやいた。
「それがそうも出来ない事情が」
ディオルドは苦笑する。
そこで初めて、わたしは嘆願書というシステムがあねことを知った。
「そんなの、初耳よ」
わたしは困惑する。
「実際にはもう何年も使われていない制度なので」
ディオルドが答えた。
嘆願書とは匿名で聖女の離宮に要望を出すシステムらしい。もちろんそれはあくまで要望なので、必ずしも救済する必要はない。だが当然、無視は出来なかった。
手紙は開封し、内容を精査する必要がある。
「そんな話を聞いたら、ますます開封したくない」
わたしは手紙をひらひらと振った。何が書いてあるにしろ、面倒なことになるに違いない。
「わたし、アインスやジェイスのために、厄介事は出来るだけ避けたいんだけど……」
ぼそっと呟くと、えっ?とディオルドは大きな声を上げた。
「え?」
その反応に、わたしの方が驚く。
「……失礼しました」
慌てて、ディオルドは口を閉じた。だが、何もなかったことで見逃せるはずがない。
「言いたいことがあるなら、言いなさい」
強めの口調で、わたしは命じた。
「あの……。その……」
ディオルドはきょどる。
わたしはじっとディオルドを見つめた。
「……今のところ、聖女様は厄介事に自ら首を突っ込みまくっているように見えます」
ディオルドは観念した顔で答える。
「……」
わたしは黙り込んだ。自覚がないわけではない。気まずい空気が流れた。
「だって、気づいたら放置は出来ないでしょう?」
わたしだって、気づかなかったら放っておきたい。だが、気づいてしまったのだ。知ってしまったことに、見ないふりは出来ない。
「そこが聖女様のいいところだと思います」
ディオルドは肯定してくれた。
はあっとわたしはため息を一つ、吐く。
「開封して、内容を読み上げて」
ディオルドに封書を返した。
言われるまま、開封してディオルドは読み上げる。
それは貧民街の救済を訴える内容だった。
キルヒアイズが時間を見つけて離宮にやってきたのは、面会を申し込んだ次の日だった。
(最速で時間を作ってくれたんだろうな)
そう思ったので、まず、礼を言う。キルヒアイズはそれを軽く流した。
「嘆願書が来たとか」
さっそく用件を口にする。いつになく、性急だと感じた。余裕がない。わたしは嫌な予感を覚えた。
「こちらです」
ディオルドが側近のサイモンに手紙を渡す。キルヒアイズに代わって、サイモンが目を通した。
「貧民の救済に関する嘆願です」
キルヒアイズに説明する。
「厄介なことになったな」
キルヒアイズはため息を吐いた。
「どういう意味ですか?」
わたしは問う。
「嘆願書はほとんど形骸化されていた。今時そんなことをするのは、聖女の足を引っ張ろうとする連中くらいだろう」
キルヒアイズは答えた。
「なるほど。裏から手を廻して返り討ちに合うのが怖いから、正攻法でわたしの揚げ足を取ろうという目論見ですか?」
わたしの言葉に、キルヒアイズは苦笑する。
「理解が早いな」
そう言った。
「わたし、揚げ足を取られそうなんですか?」
よくわからないので、わたしは質問する。
「貧民の救済はこの国がずっと抱えている問題だ。簡単に解決するなら、何代にも渡って、問題を先送りしていない」
つまり問題解決は無理だと、キルヒアイズは言外に言った。
「これって、嘆願書を無視したらどうなるんですか?」
わたしは確認する。
「聖女として、徳がないということになるだろうな」
キルヒアイズは答えた。
「聖女としての徳なんてそもそも持ち合わせていませんけど」
わたしは苦笑する。
「それでも、対外的にナイとは言えないだろ?」
キルヒアイズも苦笑した。
もっともな話だと、わたしは納得する。
「では、救済に乗り出したらどうなります?」
次の質問をした。
「失敗したら、責められるだろうな」
キルヒアイズは答える。
「貧民救済は簡単なことではないとわかっているのに、失敗したら責めるんですね」
勝手な話だと、わたしは少なからず腹が立った。
「……」
キルヒアイズは返す言葉がなくて、黙り込む。
「王子を責めている訳ではありません」
わたしは首を横に振った。
「でも、売られた喧嘩は買います。王家も協力してください」
にこやかにお願いする。
「本気で言っているのか?」
キルヒアイズは疑うようにわたしを見た。
断れないケンカらしいので、買います。




