面談。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
やっていることがまったく聖女らしくない^^;
名簿の作成のため、聖女の離宮の使用人から聞き取り調査をすることになった。
(これは聖女の仕事だろうか?)
ふと、疑問が心に浮かぶ。わたしのしていることはたいてい聖女っぽくなかった。それっぽいのはポーション作りくらいだろう。それ以外はまるで中小企業の社長だ。
(起業するような気概があるタイプじゃなかったんだけどな)
そんなことを心の中でぼやく。責任がなくて気楽な仕事をして、そこそこの給料を貰って人並みに暮らすのがわたしの人生の目標だった。そんな”普通”が実は一番難しい。
(そもそも、普通からはずいぶんかけ離れたところにきてしまった)
望んでここにいるわけではないが、思ったより後悔は少なかった。それはきっとアインスやジェイスがいるからだろう。ここにはもう家族がいる。
そんな家族のために頑張ろうと、わたしはさっさと面倒な仕事を終わらすことにした。
翌日の昼食後、わたしは使用人達を全員、別室に集めた。
生活のためにいる侍女が5人。ポーション関係を手伝う助手の仕事をしている侍女が2人。事務仕事をする文官が今は1人。そして料理人が2人。そこに離宮を守る護衛騎士が2人一組で3交代制で6人が加わる。
それが今の離宮の全使用人だ。
ちなみに、護衛騎士は厳密には離宮の所属ではない。騎士団からの派遣で、任期は三年だ。任期中は給料を離宮が負担し、まかないの食事も出している。任期を終えたら勝手に交代し、わたしには管理権はない。だから今日も呼んではいなかった。
集められた使用人はみんな、おどおどしている。横領事件があったばかりだから、無理もない。いい内容だとは思えないのだろう。
実際、これがいい知らせなのかどうかは謎だ。
わたしは彼らに待遇の改善をしたいと語る。ついでに、勤務態勢を変えることも告げた。
「え?」
思いもしない言葉を聞いたようで、使用人たちはざわつく。
わたしはそれをスルーした。
「いろいろ意見はあるでしょうが、それはこの後、個別に呼んで聞きます」
使用人達が口を開く前に、先手を打つ。
「皆さんに一つだけ知っておいてもらわなければいけないのは、今後、離宮で働く者は全て通いの日中だけの業務になります。それにより給料も変わります。それぞれに不都合もあると思います。その点についてはこの後の個別面談で相談します」
淡々と説明するわたしの助手は1人だけ残った文官だ。彼とはすでに話し合いがついている。異動せず、このまま聖女の離宮勤務を希望された。なので、面談の手伝いを頼む。
「それは、わたしたちの誰かが辞めさせられるということでしょうか?」
侍女の1人がおずおずと聞いてくる。個別面談まで待てなかったようだ。
「いいえ、違うわ」
わたしはきっぱり否定する。
「確かに、聖女の離宮は今人手が余っているので、人員は減らします。でも減らした分の人は離宮もしくは本城への異動になります。仕事をなくすという意味ではありません。出来るだけ本人たちが希望する部署に配属させたいので、具体的に移りたいところがあるなら遠慮なく言ってね」
にこやかに微笑んだ。
しかし向けられる視線は険しい。
(あまり信用されていないな)
そう思う。だが、信用を築けるほどの時間を共に過ごしてはいないのも事実だ。召喚されて半年ほどここで暮らしたが、学ぶことが多すぎて他の事は良く覚えていない。侍女たちと話をする時間はそれほどなかった。互いに相手のことをよく知らない。
(信用がなくて当然だわ)
心の中で苦く笑った。
わたしが最初に呼んだのは料理人だ。
自分たちが一番で、料理人は戸惑った顔をする。使用人の中にもランクがあるらしく、身の回りの世話をする侍女が一番偉く、料理人は下の方になるらしい。
ちなみに聖女の離宮は護衛騎士と通いの文官以外は基本的に女性だ。料理人もこの世界では珍しく女性で、人の良さそうなおばさんだ。シェフというよりは定食屋の女将さんって感じがする。
さっそく、わたしは夜勤がなくなり日勤のみになることを話した。料理人は人数は減らさないが、勤務時間は減る。
彼女はそれを真剣な顔で聞いていた。一生懸命、わたしの話を理解しようとする。
「それはつまり、給料は下がるということですか?」
鋭いことを確認してきた。
「そうです。日勤のみの勤務で、休みも増えるので給料は下がります」
わたしは正直に告げた。
現在、2人いる料理人は夜勤と日勤に交互に入っている。休日は交代で休むので、わりとブラックな環境だ。それをわたしは日勤のみ、週末は2人とも休みという環境に変えようとしている。勤務体制だけ聞けばホワイトだが、もちろん、世の中そんなに甘くない。勤務時間が減れば、給料も減る。それはキルヒアイズからの進言だ。わたしは当初は勤務体制だけ変えて給料はそのままのつもりでいたが、止められる。他の王宮勤務と差がついて不味いと指摘された。王宮はどの場所で働いても、給料の基準は一定らしい。それは不平不満を押さえるためだ。勝手にそれを変えられると困ると言われて、勤務時間に見合った給料に変更することにする。
「ちなみに、概算はこちらです」
わたしはざっくりと出した月給額を見せた。
「……」
料理人は黙り込む。
「現状の給料を維持したければ、そういう部署に配属を変えます。遠慮なく、自分に都合がいい方を選んでください」
わたしは選択を頼んだ。
「いつまでに返事をすればいいですか?」
彼女は問う。
「返事は3日以内に」
わたしは期日を告げた。
もう1人の料理人は新しい体制の方が給料が下がってもいいと即答した。彼女はお金より時間を必要としたらしい。まだ若く、家族と過ごせる時間が多い方がいいそうだ。そういうことで、料理人の1人は残留が決まる。
次に呼んだのはポーション作りを手伝ってくれる侍女の2人だ。彼女たちはもともと通いで、仕事はポーション作りの手伝いしかしていない。薬草とかのエキスパートで、ある意味、プロだ。そんな彼女たちを侍女として扱うのはわたしが心苦しい。わたしは彼女たちを2人纏めて呼び、勤務体制は変わらないことを告げた。ただし、侍女という呼び名を改めることを提案する。
助手として、ポーション関係の仕事のみに従事する彼女たちと、他の侍女との関係はちょっと微妙だ。同じ侍女なのに業務内容が大きく違うから、もやっとするらしい。そこで侍女という名称をやめることにした。元々、便宜上、侍女として扱われていたに過ぎない。2人の助手はあっさり承諾し、話し合いは簡単に終わった。
残ったのは、後回しにした侍女の5人だ。侍女は2人だけ残して、3人には異動して貰うつもりでいる。その話し合いは簡単には終わらないだろう。
「ああ、気が重い」
わたしはぼやく。だが、避けて通れないのはわかっていた。
「年功序列順に呼んでちょうだい」
手伝いの文官に頼む。
「はい」
返事をする彼の声も少し沈んでいた。
聖女もリアルに生きています。




