聖女のぼやき。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
聖女の力はあまり役に立たないなと本人は思っています。
召喚されて、聖女だと言われた。
(いや、いや、いや)
心の中で3回も否定の言葉を連ねる。それはわたしの中の聖女のイメージに自分があまりに重ならなかったからだ。
わたしにとっての聖女は清廉で潔白。慈愛に満ちて全ての人を救おうとする人だ。
それが正しいのかどうかはともかくとして、罪ある人も全て許します、救いますって人だと思う。
でもわたしはそういうのはきれい事だと思うし、罪がある人もない人も平等に救われることに不平等を感じるタイプだ。
罪がない人から救い、罪がある人も余力があるなら救う--というのなら理解できる。罪を犯した人に死んで欲しいと願っているわけではないからだ。自分にそういう力があったら、見捨てることはちょっと難しい。救いたくなくても、放ってはおけないだろう。だがそれはもっと救われるべき人を助けた後の話だ。
こういうことを言うと、「救われるべき人はどうやって決めるのだ?」と質問する人がきっといるだろう。救うべき人とそうでない人を勝手に決めるのはただのエゴだという意見だ。
その意見を甘んじて受け止めるつもりがわたしにはある。だが、考えを改める気はさらさらなかった。
わたしがわたしの力で助ける場合、誰を助けるのか決めるのはわたしであって然るべきだろう。それをエゴだというなら、わたしはエゴイストで構わない。
そんな考えを持っているわたしは、自分が聖女にほど遠いことを知っていた。
力が発現しないのは当然なのことだと感じる。たった半年で聖女失格だと烙印を押されたときも、正直、悔しいなんて気持ちはなかった。むしろ安堵する。周りの期待は相当なプレッシャーになっていた。
だが結果的に、わたしは力を発現して聖女になる。一度は逃れた聖女の座に最終的に収まってしまった。
(聖女なんかではないのに)
力はともかく、人格的にはかなり違う。わたしに慈愛とか博愛とかを求められても応えられる自信はなかった。
それは、反対派と対峙した時のわたしの対応で国王達も察しただろう。しれっと、人の寿命を5年短くしたのだから。
もっとも、あの場にいた本人たちにその意味が通じていたかはわからない。5年年を取るということは、寿命を5年消費したということになる。わたしはあの時、彼らの命を少しだけ縮めたのだ。
もっとも、それは病死などの場合の話だ。事故死などの突発的な死もあるので、正確には寿命を縮めたとは言えない。生きられる可能性を少し短くしただけだ。
(人の病を治せる聖女が、人の寿命を短くも出来るなんて。バレたら大事だな)
わたしはぶるっと身体を震わす。魔女狩りとかされそうだ。力は慎重に使わなければいけないなと思う。
聖女の力はわたしが想像していたのとはちょっと違った。手をかざせば全部治る……なんていう都合のいいものではない。実際には何が出来るのか自分でもよくわからなかった。試したいが、試しようがない。うっかり使うと人の寿命に干渉しそうで怖かった。
日々、有り余る魔力をポーション作りに使うくらいしか使い道が見いだせない。正直、かなり役立たず感があった。
聖女の魔力は特別らしく、わたしは普通の人が当たり前に使える生活魔法も自分では使えない。わたしの魔力の性質に合わないそうだ。
(聖女だからって、何でも出来るわけじゃない)
万能感のなさに、ある意味、自分らしいとは思う。せっかく持っているのだから、何か役に立ちたいと思うくらいの気持ちはわたしにもあった。
「聖女と呼ばれるならこの力で、人の心も救えたらいいのにね」
わたしは手を握ったり開いたりしながら、独り言のように呟いた。返事を期待したわけではない。ベッドに体育座りしてアインスを待ちながら呟いた言葉だ。流されても全く構わない。
だが、アインスは流さなかった。
「キャピタル家の話か?」
支度を終えて、ベッドに入ってきながらアインスは問う。
「ええ」
わたしは頷いた。
勝手にレティアのことをジェイスに話した彼らに最初に感じたのは憤りだ。わたしやアインスがジェイスのためを思っていろいろ考えたことを全部台無しにされた気がして、怒りが湧いてくる。
デリケートな問題を、親であるわたしたちに何の相談もなく勝手に話すのはルール違反に感じた。
だが、時間が経つとその感情は少し変化する。今は悲哀の方に振れていた。
彼らは焦っているのかもしれないと気づく。
夫妻はわたしから見ればまだまだ若かった。だがこの国では十分に年寄り扱いされる年だ。跡継ぎがいない状態で、気持ちが不安定になるのは無理もない。
通常、直系が途絶えたら傍系から養子を取る。キャピタル家にも跡継ぎに相応しい年代の男子はいるそうだ。だが、彼を養子に迎えたら、ジェイスがキャピタル家を継ぐ可能性はなくなる。夫妻はあくまで、自分たちの血筋が跡継ぎになることを望んでいた。子供を亡くした今、その矛先は孫であるジェイスに向かっている。
わたしとアインスの間に子供が生れたら、これ幸いとジェイスを引き取りたいと言ってくるだろう。
そのための布石として、ジェイスにレティアのことを話したのはわかっていた。本当の母が死んだことと、自分たちが正真正銘の祖父母であることを理解して欲しいのだろう。
だがそんな勝手なことをして、わたしやアインスが怒らないわけがない。
そんな少し考えればわかることが、今の彼らには理解できていないようだ。そのくらい精神的に追い詰められているのだとすれば、哀れだと思う。
「聖女の力で、夫妻の心に平穏が取り戻せたらいいのにね」
そのくらいのミラクル、聖女なら起こしても不思議ではない気がした。
「アヤはなんだかんだいって、人がいいと思うよ」
アインスはそんなことを言いながら、わたしに抱きついてくる。隣に並び、ぴたっと身体を密着させた。手はわたしの腰に回り、さわさわといやらしく動いている。首筋に顔を埋めて、ちゅっと吸われた。
(こそばゆい)
こういう接触を持つようになってまだそんなに日が経っていない。本当に毎日求めてくるアインスに、わたしは若干、引いていた。
「子供が生れたら、ジェイスを取られるのではないかしら?」
わたしはちょっとした不安を口にする。
私の身体に悪戯していたアインスの手がぴたっと止まった。
「ジェイスが希望すれば、キャピタル家を継がせることは吝かでは無いと思っている。だが、それとジェイスの養育を夫妻に託すのとは別の話だ。あの子はもうわたしとアヤの息子だ。今さら、手放すつもりはないよ」
真顔で答えてもらって、わたしはほっと安堵する。
「それが聞けて、良かった」
わたしは自分からアインスに口づけた。
やっぱり、人の心を救える力が欲しいと思いながら。
ジェイスのことは微妙な問題なので、ちょっと話しにくいのです。




