家族 2
評価&ブクマ、ありがとうございます。
子供は思ったより理解しています。
ジェイスはどうしてこの部屋に連れてこられたのかわかっていなかった。
ただ珍しくアインスに抱っこされて、ちょっとはしゃいでいる。懸命にアインスに何かを話していた。
その姿は愛らしい。
(控え目に言って、天使よね)
わたしは心の中で絶賛した。
アインスはジェイスの話をあまりわかっていないようだが、それでも相槌を打っている。愛しげにジェイスを見つめた。
その姿はなんとも尊い。
わたしはひしひしと幸せを噛みしめた。
ジェイスは見た目も可愛いが、中身が輪をかけて可愛い。命がけで産んでくれたレティアに心から感謝したい気持ちで一杯だ。
同時に、彼女を助けられなかったことが後ろめたい。
まだ力が発現する前だし、そもそも召喚されて間もなくのことだ。レティアのことを知ったとしても、わたしには何も出来なかっただろう。
責任はないと言われるのはわかっていた。だが、すっきりしない。それはレティアが亡くなったことで、わたしが幸せを得ることになったからだろう。
レティアの死とわたしには因果関係は何もないが、傍から見ればわたしがレティアの幸せを奪ったように見えるのは否めない。
余計なものまで背負っていると自分でも思うが、このもやもやは一生抱えていくことになるのは覚悟していた。
優しい夫と可愛い子供。--彼女の望んだ全てを、わたしが得ている。
わたしは飾られている絵の中のレティアを見た。ジェイスとよく似ている。ジェイスは男の子なので少し顔立ちは違うが、血縁関係があるのは一目でわかった。
アインスはジェイスを抱いて、絵の前に立つ。
「ジェイス、見てごらん」
息子に囁いた。
ジェイスは言われるまま、絵を見る。
「パパっ」
嬉しそうに、アインスを指した。
(はあ、可愛い)
わたしはぷるぷると身体を震わせ、悶える。
「そう、パパだよ」
アインスは頷いた。
「隣にいるのは誰か、わかるかい?」
ジェイスに問う。
ジェイスの視線が、レティアに移った。
「……ううん」
ジェイスは首を横に振る。
「よく見てごらん。ジェイスに似ているね」
アインスは囁いた。
「……」
ジェイスはじっと絵を見る。
「わかんない」
ぼそっと呟いた。その声には困惑がある。
もしかしたら、自分の顔をよくわかっていないのかもしれないとわたしは思った。
わたしは毎朝、化粧をするために鏡の前に座る。自分で化粧をするわけではないが、鏡台の前に座るので嫌でも自分の顔を一定時間、見ることになった。
だがジェイスに鏡を見る機会は多くない。自分の顔をいまいち認識していないとしても無理はなかった。
「鏡で自分の顔を見てみる?」
わたしは提案する。絵と見比べたらどうかと思った。
だが、ふるふると黙ってジェイスは首を横に振る。アインスにしがみついた。絵に背を向けて、見ようとしない。
「……」
「……」
わたしとアインスは顔を見合わせた。
頑なな態度に、何かあると感じる。だがそれが何なのかわからなかった。
とりあえず、絵から離れてソファに座る。アインスにしがみついたまま離れようとしないジェイスはアインスの膝に抱っこされていた。その隣にわたしが座る。
なんとなく気まずい空気が流れた。アインスは迷っている。ジェイスからは拒絶の空気が出ていた。それをわたしもアインスも感じている。
「あのね、ジェイス」
わたしは口を開いた。このまま、何もなかったことにはしたくない。中途半端な方がいけないと思った。
アインスは心配そうにわたしを見る。わたしは小さく頷いた。
「さっきの絵の人はね、ママの前にパパの奥さんだった人で、ジェイスを産んでくれた人なのよ」
説明する。
「……」
ジェイスは黙り込んだ。
それがどういう意味の沈黙なのか、わたしにもアインスにもわからない。
(もう一度、説明した方がいいのだろうか?)
わたしは迷った。自分の説明が、ジェイスに伝わったのかどうかさえはっきりしない。
「ジェイス……」
わたしは呼びかけた。
口をへの字に曲げて、目をうるうるさせたジェイスがわたしを見る。涙が今にもこぼれそうに見えた。
「ママはジェイスのママではないの?」
問われる。
(ああ、この子はこの子なりに理解しているのだ)
わたしは確信した。もしかしたらすでにどこかで、何かを耳にしているのかもしれない。
大人はわからないだろうと思って、子供の前で余計な話をしてしまうことがある。だがきっと、子供は大人が思っている以上に大人の話を理解しているのだ。
「ママはジェイスのママよ。でも、ジェイスにはママが2人いるの。ただ、それだけの話よ」
わたしは簡潔に纏める。
「2人いるの?」
ジェイスは驚いた。
「そうよ。2人いるの」
わたしは頷く。
「でも、もう1人ママはジェイスを産んだ後、死んでしまったの。だから、ここにはいないし、会うことももう出来ない」
わたしは静かに語った。
「死ぬって何?」
ジェイスは聞く。
「二度と会えなくなることよ」
わたしは答える。
「ママもいつか死んじゃうの?」
ジェイスはショックを受けた顔をした。
「そうね。いつかは死ぬわね。でもそれはずーっとずーっと先の話よ。ママは聖女だから簡単には死なないわ」
わたしは囁く。
「パパは?」
ジェイスはアインスを見た。
「パパもずっと先には死んじゃうよ。人は誰でもいつかは死んでしまうからね」
アインスは優しく、ジェイスの背中を擦る。
「ジェイスも?」
ジェイスは問うた。
「そうだよ」
アインスは頷く。
「でも、パパとジェイスはそう簡単には死なないわよ。ママが私情入りまくりで何があっても助けるから」
わたしは約束した。わたしは自分の力を、家族のためになら使うのを躊躇わない。私利私欲だからなんだというのだ。人間なんだから、私利私欲があって当たり前だ。医者が自分の手で患者である家族を救うのと、わたしがやろうと思っていることは何も違わない。それが聖女の力というちょっと変わったものであるだけだ。
「3人でうーんと長生きしましょうね」
わたしが微笑むと、ジェイスはきょとんとする。
「どうして3人なの?」
尋ねた。
「そうね。みんなで長生きしましょう」
わたしは言い直す。
それを聞いて、ジェイスは満足そうな顔をした。
実は話したのは……です。




