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 決断。<アインスside>

評価&ブクマ、ありがとうございます。


アインス、悩んでいます。




 ジェイスに母親のことを教えてあげたいとアヤに言われて、アインスは自分でも思った以上に動揺した。

 返事を躊躇う。


「少し、考えさせてくれないか?」


 アヤに頼んだ。


「じゃあ、三日だけ」


 アヤはそう言う。期間を区切った。

 それがいつかは言わなければいけないことであることはアインスも理解している。隠し通せるなんて思っていなかった。だがその”いつか”が今なのかは判断が難しい。


(せっかく、家族3人で仲良くやっているのに)


 今が幸せだから、それを壊すのがアインスは怖い。


 貴族として生まれて育ったアインスは温かな家庭というものを知らない。貴族の夫婦や親子関係はある意味、冷めていた。

 両親の仲は良くも悪くもない。政略結婚としては普通だろう。2人は家のために結婚し、跡継ぎを作った。アインスが生まれた後は、2人とも自由に生きている。

 息子のために、2人が時間を割いてくれたことはなかった。アインスの面倒を見るのは乳母の仕事だ。

 でもだからといって、愛情がないわけではない。貴族の親子関係というのがそういうものであるというだけだ。


 それが普通だと思っていたので、アヤが乳母以上にジェイスの世話をしているのを見て、驚く。

 親が子供の面倒を見るのは自分にとっては普通の事なのだと、アヤに言われた。それを聞いて、アインスも手伝うことにする。

 ジェイスは自分の息子では無い。だが、自分の息子として育てることを決めていた。

 アヤと一緒にジェイスの世話をしてみたいと思う。アヤに甘やかされているジェイスを見ていると、何故か自分も甘やかされている気分になった。

 自分が寂しかったことを、その時になってやっと気づく。


 アインスは今、自分が欲しかった家族というものを手に入れていた。


「三日か」


 アインスは苦笑する。

 その三日が長いのか短いのかはわからない。しかし、それがアヤの優しさであることは理解していた。

 期限を決めることによって、だらだらと悩み続けなくていいようにしてくれたのだろう。

 相変わらず、アヤはいろいろと考えている。


「ちなみに、どうやって伝えるつもりなんだ?」


 とりあえず、アインスはアヤがどう考えているのか聞いてみた。


「絵を見せようと思っています」


 アヤは答える。

 ちらりと、膝の上のジェイスを見た。優しく、その髪を撫でる。


「覚えていますか? 正面の階段に飾っていた、あの絵です」


 そう続けた。

 今、その場所にはアインスとアヤとジェイスの3人の絵が飾ってある。ジェイスの一歳の誕生日に描いて貰った家族の絵だ。だがその絵の前には自分とレティアが結婚した時の絵が飾ってあった。その絵をアヤも見ている。


「自分にそっくりなその絵を見れば、ジェイスも理解するでしょう」


 アヤは語った。寂しそうに笑う。


「それはジェイスを傷つけることにならないか?」


 アインスは心配した。

 ジェイスはアヤが大好きだ。そんな大好きなママが自分の母親ではないと知ったら、傷つくのではと考える。


「どうでしょうね」


 アヤは小さく首を傾げた。


「でも、それが真実である限り、ジェイスはいつか知らなければいけないのです」


 困った顔をする。


「わたしが恐れているのは、第三者が悪意を持ってジェイスに真実を伝えることです。わたしたちにとって、一番のウィークポイントはジェイスです。そんなこと、調べれば直ぐにわかるでしょう。わたしたちを傷つけたい人は、ジェイスを狙うのが確実です。その時に、実の母の話題は一番使いやすいネタではありませんか?」


 アインスに聞いた。


「そういうことをされそうな心当たりは、あるのか?」


 アインスは問う。別の心配が浮かんできた。


「うっ」


 アヤは言葉に詰まる。痛いところを突かれたという顔をした。


「あるかないか言えば、あります」


 正直に頷く。


「何かあったのか?」


 アインスは心配した。


「ちょっとした、横領問題が……」


 アヤは言葉を濁す。


「ちょっとした?」


 アインスは眉を上げた。


「……」


 アヤは困る。だが結局、全てを話すことになった。離宮がごたついている件を教える。黙って話を聞くアインスはどんどん不機嫌な顔になった。


「なんだ、その話。聞いていない」


 ぶすっと顔をしかめる。恨みがましげにアヤを見た。


「話しても、心配するだけだと思って……」


 アヤは黙っていた理由を説明する。


「……」


 アインスはむっかりと顔を歪めた。完全に拗ねる。


「……」


 アヤは困った。話の矛先がいつの間にか変わってしまった。


「……なるほど。確かに、真実を隠すのは良くないな」


 アインスは呟く。事実を隠されるのは気分が悪かった。信頼関係を損ねるだけなのだと知る。


「いや、これとそれとは……」


 アヤは言い訳しようとして、口を噤んだ。

 聖女の離宮の件はアインスには関係がない。言う必要はないと判断した。だが、そんなことを言えばますます機嫌を損ねることはわかっている。


「わかった。話そう」


 唐突に、アインスは決断した。


「え? そんな簡単に決めていいの? もっと悩んでもいいよ」


 アヤは戸惑う。急展開に戸惑った。

 しかし、アインスは静かに首を横に振る。


「真実は隠された方が傷つくことはよくわかった」


 そう言った。アインスの言葉の棘が、アヤに突き刺さる。


「いつ知ってもショックな話なら、早く知った方がいいだろう。少なくとも、騙されていたなんて考えなくてすむ」


 アインスは決断した。


「……わかりました」


 アヤは頷く。自分が望んだとおりになったのだが、スッキリしなかった。なんだかモヤモヤする。


「ついでに、アヤも今後は全て包み隠さず話してくれると、私に約束して欲しい」


 アインスはアヤに約束を求めた。


「わかりました」


 アヤは頷く。


「これからは何でも話すようにします」


 アインスに誓った。




やぶ蛇になりました。心配させたくなかっただけなんだけど。

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