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 癒やし。

評価&ブクマ、ありがとうございます。


可愛い姿に癒やされます。




 一日の仕事を終え、わたしはジェイスを迎えに行った。同じ離宮の中にいても、昼食とお茶の時間くらいしか顔は合わせない。


「ママ~」


 わたしの姿を見ると、ジェイスは遊んでいたおもちゃを放って、駆けてきた。ぎゅっと足元に抱きつく。


(は~。癒やされる)


 わたしは心の中で呟いた。しゃがみこみ、ジェイスを抱きしめる。

 意識的に抱っこは避けた。これからどんどん重くなるジェイスをいつまでも抱っこするのは無理だろう。3歳の誕生日からは抱っこしないと決めていたことを思い出したので、今さらだがそれを実践する。


「ママ?」


 そんなわたしにジェイスは違和感を覚えたようだ。ちょっと不思議そうな顔をする。


「さあ。おもちゃを片付けて帰りましょう」


 わたしはにこりと笑うと、促した。


「うん」


 ジェイスは頷く。帰るという言葉に喜んだ。タタタッとおもちゃのところまで戻り、木箱におもちゃをしまう。

 最初はその様子に乳母は驚いていた。だが今はもう慣れていた。黙って、その様子を見守っている。

 貴族の子弟が自分でおもちゃを片付けることなんて、通常はしない。貴族の屋敷には使用人が居るのは当たり前で、片付けや掃除は彼女らの仕事だ。だが、わたしはそのやりっぱなし出しっ放しがどうしても気になる。


(自分の後始末くらい、自分でやれる子になって欲しい)


 そんな願いもあって、おもちゃは片付けるものとジェイスには教えた。ジェイスはそれが普通のことだと思っているので何の抵抗もなく片付ける。だが傍から見たらそれは継子苛めに見えるかもしれない。

 実際、たいていの人はおもちゃを片付けるジェイスを見て驚いた。貴族である継子に使用人のようなことをさせるのかと、面と向かって批難されたこともある。掃除とかさせているならその批難も甘んじて受けるが、ジェイスのやっていることは使ったものは元の場所に戻すという当たり前のことで、それを使用人のようだと批判されても困る。しかし、その反応はこの国の人なら普通のことのようだ。

 そして、自分の子では無いからそんなことをさせているのだという目を向けられる。


(これはあれかな。変な形でジェイスの耳に入る前に、わたしが実の母親でないことを話した方がいいのかな?)


 わたしは最近、悩んでいた。

 ジェイスに死んだ母親のことは何も話していない。どのタイミングで話すべきなのかよくわからなかったし、ジェイスの誕生日からこっちはいろんな意味でバタバタしていた。

 ジェイスの実母がわたしではないことは周知の事実だ。屋敷の人間は皆、わたしがジェイスの実の母ではないことを知っている。それは秘密でも何でもなかった。貴族達の多くも、ジェイスが前妻の子だと知っている。何より、ジェイスはその見た目が母親そっくりだ。一目見れば、彼女を知る人間はジェイスが誰の子なのか気づくだろう。

 あまりに当然のことだから、そのことをわたしもアインスも意識していなかった。今まではそれで問題がない。悪意を持ってその事に触れる人間は屋敷にはいなかった。

 だが、ここは王宮の中だ。どんな悪意がジェイスに向けられるのかわからない。

 ジェイスを傷つけることが目的で、ジェイスに実の母のことを話す人がいるかもしれない。

 もちろん、そんなことをされたら黙っているつもりはない。相応以上の報いは受けてもらうつもりだ。だが、そんな後始末の話はどうでもいい。大切なのは、ジェイスが傷つかないことだ。


(今夜にでもアインスと相談しよう)


 片付けを終えて戻ってくるジェイスを見ながら、わたしはそう決める。事実は事実として、告げるしかないことはわかっていた。






 夕食を食べた後、ジェイスは眠くなったようだ。わたしの膝に顔を埋めて、眠っている。最初はソファに並んで座っていたのだが、倒れ込んできた。


(可愛い)


 すやすやと眠る寝顔が愛らしくて、わたしはにやける。優しく髪を撫でた。


「いいね」


 ぼそっと呟く声が聞こえ、反対隣にアインスが座る。


「アヤに甘やかされて、ジェイスは贅沢だな」


 そんなことを言った。


「膝枕して欲しいのですか?」


 わたしは問う。子供みたいに拗ねた顔をするアインスが可愛かった。


「いや、どうせしてもらうなら膝枕よりもっと……」


 アインスはそれ以上は言葉にしない。意味深な目でわたしを見た。

 わたしはそれをスルーする。黙って、ジェイスに視線を注いだ。


「ますます似てきたんじゃないですか?」


 誰にとはあえて口にせず、呟く。


「いや、レティアよりむしろその兄の方に似てきたよ」


 アインスは否定した。


「性別のせいかな? ジェイスを見ていると小さい頃に亡くなった彼を思い出す」


 そっと、ジェイスの頭を撫でる。それはとても愛しそうだ。

 血が繋がっていないことを、アインスはもはや気にしていない。どちらかといえば、そのことこそ重大な秘密だ。しかしそれを知るものはほぼいないし、わたしもアインスもジェイスに話すつもりはない。父親のことは何もわからないので、話しようがないというのも事実だ。


「んっ……」


 ジェイスは小さく呻いて、身じろぐ。

 その様子が可愛くて、わたしもアインスもにんまりしてしまった。互いに顔を見合う。

 笑い合うと、顔が近づいてきた。そのまま触れるだけのキスをされる。


「……」


 わたしは口を尖らせた。この場に居るのはわたし達だけではない。メイドもいた。ちらりと彼女を見ると、素知らぬ顔でそっぽを向いてくれている。


(その気遣いがむしろ痛い)


 心の中で小さくぼやいた。主人のいちゃいちゃを見せつけられる使用人は気の毒だと思う。


「そういうのは、場所を考えてください」


 文句を言った。


「場所が違えばいいの?」


 アインスは問う。


「それは……、まあ……」


 わたしは言葉を濁した。アインスとわたしは仲良くやっている。それは嫌ではないが、人前でそういうのを臭わせられるのは苦手だ。羞恥が先に来る。


(そういうプレイは求めていないから)


 心の中で噛みついた。

 そしてため息を一つ、吐く。


「ふざけている場合ではなくて、相談したいことがあるんです」


 わたしは真面目な顔でアインスを見た。


「そろそろ、ジェイスにレティア様のことをきちんと話しましょう」


 提案する。


「急な話だな」


 アインスは困惑を顔に浮かべた。


「以前から、考えていたんです。他の所からジェイスの耳に入る前に、話さなければいけないと思っていました」


 わたしは打ち明ける。


「話して、理解できるだろうか?」


 アインスは不安な顔をした。


「理解できても出来なくても、まず、わたしたちの口から話すということが重要なのでは?」


 わたしは逆に問う。


「それに、子供は大人が思っているよりずっと、理解しているのかもしれません」


 よしよしと頭を撫でていると、ジェイスが寝ながら微笑む。


「……そうかもしれないな」


 アインスは頷いた。 



むしろ父親は誰だ問題があるのですが、2人にそのことに触れるつもりはありません。

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