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 使い道。

評価&ブクマ、いつもありがとうございます。

疑う方が気が重いです。




 聖女の離宮には調理人や諸々合わせて15人ほどが働いていた。


(意外と多いんだな)


 個人的にはそう思う。だが離宮はもともと生活ができるように整えられた場所だ。カッシーニ家の使用人の数を考えると、飛び抜けて多いわけではないのだろう。

 全員が住み込みではなく、むしろ通いの人の方が今は多い。それはわたしが離宮に住んでいないからだ。今、離宮で住み込みで働いているのは侍女が5人だけで、彼女たちは夜間には警備員も兼ねているらしい。


(5人もいるとはいえ、女性のみ。危なくはないのかしら?)


 心配したが、そもそも離宮は王宮の中にある。外部からの侵入は難しいようだ。


(それならいっそ、全員が通いでもいいのでは?)


 そう考えて、後から本人たちの意向を聞こうと思った。こちらが良かれと思ってやったことでも、相手にとってはありがた迷惑という話はよくある。通いではなく住み込みで働きたいという希望があるのかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えていたら、いろいろ見直すべきなのかもしれないと気づいた。聖女の離宮の体制は、何代も前からずっと変わっていないらしい。


「アヤ様。どうかなさいましたか?」


 呼びかけられて、わたしははっとした。根を詰めているわたしに、彼女はお茶を持ってきてくれたようだ。事務仕事をしながら、わたしはぼーっと考え込んでいたらしい。


「ありがとう」


 礼を言って、お茶を受け取った。


「何でもないの。ちょっとぼーっとしていただけよ」


 首を横に振る。

 そんなわたしに、侍女のタリアは優しく微笑んでくれた。

 タリアは侍女の中で一番、年上だ。先代の聖女に仕えてから長く、そろそろ引退したいらしい。だが、タリアがいなくなると困ることも多く、みんなから引き留められていた。


 横領を見逃さないことを宣言したことで、離宮の雰囲気はちょっと悪くなっている。だが、タリアの態度は変わらなかった。そもそも、全ての人が着服していたわけではない。

 ざっと見る限り、怪しいのは3人ほどだ。その中に侍女はいない。正直、ほっとした。普段、接することの多い侍女たちに裏切られるのはさすがにきつい。だが、それは帳簿上での話だ。そもそも、侍女は帳簿の改ざんなんてしたくても出来ないだろう。知識も機会もない。だから、そういう意味での着服がないのは当たり前とも言えた。


(問題は、歴代の聖女達が残したアクセサリーの一部が見当たらないことなんだよね)


 わたしの気持ちは重くなる。それは侍女の誰かの仕業である確率が高かった。

 人を疑うより信じる方が実はずっと簡単だ。気が楽だし、裏切られても、自分は被害者だと言い訳が出来る。だが、明らかに問題があることをわかっていながら放置するのは、ただの逃げだろう。最初に逃げたら、ずっと逃げ続けることになる。


 ざっと帳簿を見た感じでは、横領が始まったのはここ数年のことではないだろう。ちょっとずつ私腹を肥やしていた人は長年に渡っていたようだ。それが問題にならなかったのは、大きな金額ではなかったからだろう。だが聖女が病に臥せたり、新しい聖女が力を発現しなかったりで、離宮は主が不在もしくは不在同然の期間が長く続いた。責任者がいない間に、横領犯は着服する金額を増やしたらしい。ばれないと思ったのだろう。だが、金額が大きく違えば、気づかれる確率は当然上がる。一度怪しいと思ったら、他の所もいろいろ怪しく見えてきた。

 着服とまではいかなくても、余計な予算が使われている気がする。


(他人に丸投げできたら楽なのに、ここの責任者はわたしなんだよね)


 お茶を一口飲むと、ため息が洩れた。


 タリアは明らかに何かあるのはわかっているのだろうが、なんでもないとわたしが否定したので、何も聞かない。


「では、わたしの方から一つ、質問してもいいですか?」


 代わりに、そう聞かれた。


「どうぞ」


 わたしは頷く。


「アヤ様は着服したお金は返せば不問に付すとおっしゃいましたが、戻ってきたお金はどうするつもりなのですか?」


 使い道を問われた。


「そうね……」


 わたしはちょっと考え込む。


「みんなに金一封を出して、わけましょうか? あと、昼食やおやつの予算に廻して、いつもより美味しいものをみんなで食べるというのも良いですね」


 ふふんと楽しげに答えると、タリアは目を丸くした。


「みんなで分けるのですか?」


 確認される。


「ええ。離宮の予算に組み込むのもあれだし、わたしが貰うのも違うでしょう? だから、みんなで分けましょう。そして美味しいものを食べましょう」


 変な気合いが入っているわたしをタリアはくすくすと笑った。


「アヤ様は変わってますね」


 そんなことを言われる。


「そうね。たぶんちょっと変わっているわ」


 わたしは認めた。変わっているから、自分で事務仕事もしようと思ったのだ。時間が余って暇だからって仕事をしてしまうわたしはなかなかの社畜だろう。

 そんなわたしをタリアは真っ直ぐに見つめた。


「先ほど、本当は何か気になることがあったのではありませんか?」


 もう一度、問う。


「実は……」


 わたしは目録にある宝飾品の一部が見当たらないことを話した。侍女たちを疑わなければいけないことは気が重いと打ち明ける。


「それは……」


 タリアはなんとも微妙な顔をした。


「どれですか?」


 わたしに聞く。

 わたしはリストを出した。


「これと、これと、これです」


 足りないものをチェックする。


「それは……」


 タリアは迷う顔をした。


「それはここ数年の間に無くなったものではありません。もっと前からです」


 説明される。だが、歯切れは悪かった。


「それは詳しく話してもらえる話かしら?」


 問うと、タリアは黙って首を横に振る。

 微妙な空気がわたしとタリアの間には流れた。その話を信じて追求を止めるかどうかはわたしの判断になる。


「……わかったわ。ではその宝飾品は今回のどさくさに紛れて、しれっとリストから消してしまいましょう」


 わたしは決めた。


「わたしを信じて、いいのですか?」


 タリアは不安な顔をする。


「これから先、宝飾品が消えることが無ければわたしはそれでいいの。でも、いつか気が向いた時に何があったのか話してくれると助かるわ」


 知らないままは不安なのでそう言うと、いつか必ずという返事が返ってきた。





犯人は知っていても、言えない相手だったりするわけです。

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