独立採算。
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続いています。
わたしが離宮の使用人達と話しをしたことは、すぐにキルヒアイズの耳にも入ったらしい。
心配したキルヒアイズが、離宮にやってきた。
「一緒にお茶を飲まない?」
誘ってくれる。ぎこちない空気の離宮から連れ出してくれた。
(いい人)
心の中で感謝する。誘いに乗った。
一緒にジェイスも連れて行く。乳母も後をついてきた。4人で王子の私室に向かう。
乳母は新しく雇った人なので、着服には関係なかった。だが、雰囲気が微妙な今の離宮に、ジェイスを残したくない。
わたしに抱っこされて、ジェイスはご機嫌だ。
(3歳になったらもうお兄ちゃんだから抱っこしないって約束だったのにな~)
いろいろあって忘れていたが、そういう約束をしていたことを思い出す。3歳児の歩調に合わせて歩くより、抱っこした方が楽なのでついつい抱上げてしまうことを反省した。
「はあ……」
ため息がこぼれる。
その意味を誤解したキルヒアイズは苦く笑った。
「何故、ケンカを売るようなマネをするんです?」
困った顔をされる。
「そっちじゃないです」
わたしは否定した。ジェイスを抱っこしたことへの反省だと説明する。
「それに、ケンカを売りたいわけではないですよ」
心外だと、口を尖らせた。
「わたし、ケンカっぱやいタイプではないですから。むしろ、どちらかといえば事なかれ主義です」
揉めずに済むなら揉めたくない。ちょっと我慢すれば良いなら、相手に譲るタイプだ。だが、対抗すると決めたら徹底的にやるタイプでもある。決して、気が弱くは無かった。
「でも着服しているのを見逃せば、気づいていないと思って調子に乗るでしょう? どこかで兜の紐は締めないと、後から大変なことになるんですよ」
憮然と顔をしかめる。
「それはそうですが……」
キルヒアイズは言葉に詰まる。
「恨みを買うだけですよ」
その言葉が心配だとわかっているので、ありがたくその気持ちは受け取った。
「でもここで見逃せば、何十年と同じことが続くので」
見なかったふりは出来ないと、首を横に振る。
そもそも、こういう事態になる前にきちんと管理しておいて欲しかった。離宮の管理は王家の管轄だ。ただし、聖女の離宮は他とは勘定が別になるらしい。独立採算制のようだ。ポーションの売り上げで、維持と管理が行われている。事務処理を行っているのも、通常の経理担当者とは別の人だ。その人のクビはもう切ってある。彼の仕事をわたしがするので、自動的に解雇だ。杜撰な管理にわたしはけっこう腹が立っている。
着服しやすい現状が出来上がっているのが、問題だ。
そして王家はそれを知っていて放置していたところがある。
「放置せずちゃんと管理してくれていたら、わたしも無駄な恨みを買わなくて済んだのですが……」
恨めしげにキルヒアイズを見た。
「そう言われても管轄が違うので」
キルヒアイズは首を横に振る。自分たちには手が出せないと主張した。
「そもそも、管轄が別なのはどうしてですか?」
わたしは気になっていたことを尋ねる。
「それは座ってから、ゆっくりと」
歩きながらする話ではないと暗に言われて、確かにそうだなとわたしも思った。
王子の私室にはすでにお茶の用意がしてあった。
(そういえば、初めて来るな)
王子の部屋を興味深く眺める。
王子は毎日のように離宮に来てくれたが、わたしから王子の所に行くことは一度もなかった。
(こういう部屋に住んでいたのか)
意外とシンプルで、装飾もゴテゴテしていない。
離宮を出た後に来ることになるとは思わなかったので、なんだか不思議な気がした。
用意されたお茶を口に運んでいると、座っていることにジェイスは早々に飽きる。じっとしていないので、乳母に任せた。わたしはキルヒアイズの話を聞く。
「王家と聖女は建前上、互いに不干渉と言うことになっています」
しれっと言われて、わたしは目をぱちくりと瞬いた。だから王家は聖女の離宮に関する裁量権を一切持たないと説明される。
「建前上はそうでも、実際には癒着しまくりですよね?」
思わず本音が口から漏れた。
「言い方」
キルヒアイズに注意される。
確かに癒着は聞こえが悪いなと反省した。
「協力体制にありますよね?」
わたしは言い直す。
「実際にはそうでも、建前上は違う」
王家や貴族にはその建前がとても重要だと言われた。
「では、聖女が居ないときはどうしていたのですか?」
わたしは確認する。
「聖女がいない時は次の聖女が現われ、新しい担当者を決めるまでは前任者が引き続き経理を担当します」
キルヒアイズは説明する。
「……つまり、やりたい放題ですね」
わたしは眉をひそめた。
「それでも、ポーションの売り上げでまかなえる範囲ですから、たかがしれています」
国家予算に影響を与えないための独立採算制らしい。
「なるほど。今までの聖女様はそれで黙認を?」
問うとキルヒアイズは首を捻った。
「どうでしょうね」
わからないという顔をする。
「今までの聖女様はそもそも、離宮の経営に興味を持った人はいないですね」
そんなことを言われた。
「……」
わたしはすんとした顔でキルヒアイズを見る。
「そんな呆れた顔をされても」
キルヒアイズは肩を竦めた。
「わたしに見て見ぬふりは無理です」
わたしは首を横に振る。自分が責任者なのに、丸投げで関わるなと言われても無理だ。
「そうでしょうね」
キルヒアイズは笑う。そう言うと思ったという顔をされた。
「アヤはそれでいいよ」
そんなことを言う。
「ただ、気を付けて」
心配してくれた。
王権と聖女は別々の権力トップという建前があります。




