聖女の仕事
評価&ブクマ、ありがとうございます。
毎日出勤する、勤勉な聖女です。
お披露目が終わり、わたしは正式に聖女となった。平日は聖女の仕事をするために、王宮に出勤することになる。
王宮から迎えの車が来てくれた。送迎付きで文字通りの”重役出勤”だが、そういう出勤に慣れていないので、なんだか背中がこそばゆい。
車にはジェイスも同乗していた。わたしにべったりの息子を置いて行くのは骨が折れそうだったので、連れて行くことにしたのは正解だと通うようになってから気づく。
王宮について車から降りると、護衛騎士が待っていた。王宮での移動は必ず護衛騎士が必ず警護に付く。2人一組でわたしたちを守ってくれた。
真っ直ぐに聖女の離宮に向かう。そこは王宮の中でも比較的奥まった場所にあった。
離宮ではジェイスの世話をしてくれる乳母が待っている。離宮の中にはジェイスのために子供部屋が作られた。おもちゃもたくさん用意されている。ジェイスは直ぐにおもちゃに夢中になった。乳母に後を頼んで、わたしは隣の部屋に移動する。そこがわたしの仕事部屋だ。その部屋で、わたしはひたすらポーションを作っている。
召喚されてから、わたしは聖女としていろいろ学んだ。だが、実際に聖女がどんな仕事をするのかはよくわかっていなかった。そのことに、今さら気づく。
(考えてみたら、聖女に必要な知識だと言われていろいろ学んだけれど、聖女が実際に何をするのかは誰も説明してくれなかったな)
ポーションをかき混ぜながら、自分の魔力を注ぐ。そんなことを考えた。
ポーションの作り方は案外、簡単だ。身体にいい薬草を水で煮だして、それに魔力を注ぐ。普通の人間が作るとそれはたたの栄養ドリンクのようなものになるそうだ。しかし聖女が魔力を注げば、それは薬になる。
わたしは勝手に、聖女というのは病人を治療するのが仕事なのだと思っていた。病院とか診療所をイメージする。病気を治すというのはそういうことだろう。診察に訪れる人を治療するのだと考えていた。だが、実際は違う。
治療のために離宮を訪れる人は誰もいなかった。国民は一生に一度しか、聖女の治療を受けることが出来ない。その一回は当然、とても貴重だ。簡単にその権利を行使する人間はいない。つまり、わたしの主な仕事は病気の治療ではなかった。治療には使わなかった魔力をポーション作りに活用する。
ポーションはわたしの感覚的には風邪薬のようなものだ。体調が悪かったり、熱が高かったりした時に飲む。たいしたことがない病気はたいていこのポーションで治るそうだ。それを作れるのは聖女しかいないから、国民の支持は高い。
ちなみにこのポーションは値段によって効能に差があった。お金持ちからそうでない人まで、みんなが求められるようにいろんな価格帯が作られている。
もちろん、わたしが作る時点ではポーションの効力は全て同じだ。効能に差をつけるなんて器用な真似、わたしには出来ない。だから出来上がったポーションは価格に合わせて希釈した。
原液のままが一番効能が高く、それはほぼ貴族に向けて販売されている。その次が4倍に薄めたものだ。こちらは主に平民のお金持ちが利用している。庶民には10倍に薄めたものが一般的らしい。さらにその下に20倍に薄めた貧民のための安いポーションがあるそうだ。
「20倍はさすがに効果がないのでは?」
わたしは心配した。
「いえ、それなりにはあるみたいです」
離宮の使用人が答える。使用人といっても、彼女たちはポーションを作ることを仕事としている職人だ。希釈して瓶詰めして販売所に運ぶまでが彼女たちの仕事らしい。だが、彼女たちが販売所に持ち込むのは庶民用の10倍ポーション以下のものだ。原液と4倍のものは離宮での直接販売となり、購入者以外の王宮外への持ち出しは禁止されている。
どういう仕組みかよくわからないが、聖女の離宮には魔法がかけてあって許可のない者が原液と4倍を持ち出すことは出来なくなっているそうだ。万引き防止タグみたいなものがこの世界にもあるらしい。
「聖女ってわりと商業的なのね」
話を聞いて、わたしは感心した。このシステムを作った人はなかなか商売上手だと思う。金持ちしか買えないということにならないよう、効果を下げて庶民にも手の届く価格で販売するのは賢い選択だ。薬があっても買えない値段では意味がない。
「売り上げからこの離宮の予算も出ているので、意外とシビアです」
使用人は頷いた。売れないと、離宮も困るらしい。リアルな話だと思った。だが、きれい事よりずっといい。
「でも、先代の聖女様が亡くなってからずいぶん経つでしょう? 今まではどうしていたの?」
ポーションの必要性を知ったからこそ、わたしは気になった。
先代の聖女がいなくなって、3年以上が経つ。その間はどうしていたのか心配になった。
「それは先代の聖女様が、次の聖女様が力を発現するまで5年くらいはかかるかもしれないと、その分のストックを作っておいてくれました」
説明される。今までは、そのストックを食いつぶしていたようだ。
(つまり、わたしは5年以内に力を発現出来ないと困ることになっていたのね)
知らなかったとはいえ、間に合わなかったらと考えるとぞっとした。
教えてくれれば良かったのにとも思う。だが、それを知らせなかったのは優しさだろう。知っていたら、わたしはプレッシャーを感じていたに違いない。
そんなことを考えていたら、ポーションの表面が金色に輝いた。ポーションが出来上がったらしい。わたしは魔力を注ぐのを止めた。
鍋を下ろし、用意されていた別の鍋を火に掛ける。そしてまた、かき混ぜながら魔力を注いだ。そんな地味な作業を朝から何回も繰り返している。
(聖女というより魔女になった気分)
心の中で小さく笑った。
実は地味な仕事です。




