離婚してください。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
なんだかんだいって幸せです。
その後、彼らと王家がどんな話し合いを行ったのか、わたしは詳しく聞いていない。聞くのが怖かったし、あまり関わらない方が良いような気がした。貴族達との諸々は王家に丸投げする。そもそも、これは国の問題だ。国王やキルヒアイズもわたしに任せるとどんな暴走をするのかわからないから怖いと思ったのか、関わらせようとはしない。
そして三日後、聖女としてのお披露目の日が決まったことが知らされた。
わたしは聖女として承認されるらしい。
離宮で仕事をするのは、そのお披露目の後からになるそうだ。お披露目の日までは自由に過ごしてくれと言われたので、わたしはいつもと変わらぬ日々を過ごしている。ジェイスと一緒に庭を散歩したり、アインスとお茶を飲んだり、仲良く過ごした。夫婦の営みも、早く子供が欲しいというアインスの希望で連日頑張っている。
(見た目爽やかで草食系なのに、案外、中身は獣だった)
心密かにそう思ったことは、内緒だ。
そのギャップは嫌いじゃないし、二人きりの時はスキンシップが激しかったり、直ぐにいちゃいちゃしてくるのも嫌では無い。
自分が意外とバカップル耐性があることに、わたしは驚いた。思えば今まで、そういう感じの恋愛はしてきていない。好きだという感情より、打算があった気がする。じっくり誰かと関係を深めたことなんてなかった。
アインスとは2年半も掛けて、少しずつ心の距離を近づけていった。そういう付き合いは初めてだ。互いを認めて、理解して、その上に好きだという感情が乗っかっている。
今までの恋愛とは違っていて、当然だろう。前の世界では誰かのことをこんなに理解しようと思ったことはないし、1人の人間にここまで真摯に向き合ったこともなかった。
(適当に生きて、誰にも深入りしなければ傷つくこともないんだよね)
心の中でため息を吐く。
たぶんわたしは傷つきたくなかったのだろう。だから誰も求めなかったし、誰も踏み込ませなかった。それでも生きていける世の中だったのは幸か不幸か。わからないけど、たぶん今の方がわたしは幸せだ。
結婚した時には予想しなかったほど、夫婦生活は順調だと思う。
(まあ、結婚式の当日に言われたことは今でも根に持っていますけどね)
性格がたいしてよろしくないわたしは今でもあの時の言葉を忘れていない。
結婚に夢や希望を抱くような年ではなかったが、それでもやはり初めての結婚式なのだから、少しくらいは夢だって見たかった。
「……」
いろいろ思い出したら、今さらだがむかついてくる。むっつりと頬を膨らませていたら、庭を走り回って若い執事と追いかけっこをしていたジェイスが戻ってきた。
「ママ~」
抱きついてくる。
日傘を片手にジェイスの様子を眺めていたわたしを不思議そうに見上げた。
家の中だけで過ごすのはジェイスの発育に良くないだろうと、午前中の一定時間、わたしは日光浴をかねてジェイスを庭に連れ出している。走り回るジェイスの相手はわたしではなく、若い執事だ。彼ははあはあ肩で息をしている。
(ご苦労様です)
心の中で、彼に手を合わせた。ちょこまか走るジェイスの後をついていくのはかなり大変だろう。
「ママ、おこだった」
じゃれつくジェイスがそんなことを言った。気まぐれで教えたギャルっぽい言葉もジェイスが使うと舌っ足らずでただ可愛い。
「え?」
わたしは首を傾げた。ジェイスを抱上げる。3歳児はけっこう重く、ずっしりと腰にきた。
「何の話?」
問いかける。
「さっき、ママ、怒っていた」
ジェイスは説明した。それに気づいて、わたしのところに戻ってきたらしい。ジェイスを心配させたのだと知って、わたしはちょっと反省した。
「思い出しただけよ。ジェイスに怒ったわけではないの」
言い訳する。
「じゃあ、何に怒っていたの?」
3歳児は空気なんて読まなかった。がんがん追求する。
「結婚式の当日に、パパにケンカを売られたこと」
わたしはにこやかに答えた。
近くにいた執事がぎくっと怯えた顔をする。心配そうにわたしを見た。
「パパが?」
ジェイスはきょとんとする。
「そう。パパはママと結婚したくなかったのよ」
わたしは囁いた。
「えっ……」
ジェイスはショックを受ける。
「アヤ様」
執事がおろおろした。
「大丈夫よ」
わたしはそんな執事に微笑む。言うほど、怒ってはいない。
「じゃあ、じゃあ。ボクがママと結婚してあげる」
ジェイスは一生懸命考えて、そう言った。慰めようとしてくれたらしい。
そんな息子にわたしはきゅんとした。
「ありがとう、ジェイス。愛しているわ」
ぎゅっとジェイスを抱きしめる。
「ボクも」
ジェイスはちょっと照れた顔をして、抱きついてきた。2人で顔を見合わせて、笑い合う。
「楽しそうだね」
そこにアインスがやってきた。仕事の合間、わたしたちが庭にいるのを見かけて出て来たらしい。
「ちょうど良かった」
わたしはにこりと微笑んだ。
その一言に、アインスは不穏なものを察したらしい。笑みを浮かべたまま、身構えた。
「ジェイスが結婚してくれると言うので、離婚してください」
わたしはアインスに頼む。
「嫌です」
笑顔のまま顔を引きつらせて、アインスは即答した。
離婚も辞さない覚悟でしたが、断わられました。




