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 帰る場所

評価&ブクマ、ありがとうございます。

実は本人もドキドキです。




 国王の執務室を出た後、キルヒアイズは車に乗り込むまで見送ってくれた。


「サイモンはまだあそこですか?」


 歩きながら問う。キルヒアイズの傍らにいないのは、盗聴を続けているからだと思った。


「ええ」


 キルヒアイズは短く答える。

 わたしは余計なことは言わずに、口を噤んだ。こういう場所でぺらぺら話すのは、得策では無い。どこで誰が聞いているのかわからなかった。


「後で教えてください」


 ただそう頼む。


「必要があれば」


 キルヒアイズは頷いた。


(ないのが一番いいんだけどね)


 わたしは心の中で呟く。だが、それが希望的観測過ぎることは自覚していた。やらかした自覚がある。だからこそ、車に乗ってからもわたしは少なからず緊張していた。


(ガチで命を狙われるかもしれない)


 内心、怯える。

 だが脅しが利いたのか、それとも力を発現した聖女を殺すのはさすがに問題があると思ったのか、心配していたようなことは何もなかった。

 車は無事に家にたどり着く。屋敷の門が見えてきて、心の底からほっとした。


(いつの間にか、ここが帰る場所になっていたんだな)


 帰ってきたという安堵感に、そんなことを思う。

 門が開いて、車は敷地の中に入った。玄関の前で使用人達と共にアインスとジェイスが待っている。

 間もなく帰ることはキルヒアイズが連絡してくれていた。

 わたしも無事に帰れるのかドキドキしていたが、アインスも無事に帰ってくるのかドキドキしていたらしい。

 車に乗っているわたしと目が合うと、安堵の表情を浮かべた。わたしも釣られて微笑む。


「ママっ」


 車を降りると、ジェイスが飛びついてきた。


「ただいま」


 わたしはジェイスを抱き留める。そのまま抱っこすると、ジェイスはぎゅっと首に手を廻してしがみついてきた。すりすりっと頬をすり寄せる。


(くうっ!!)


 心の中でわたしは悶えた。うちの子は天使に違いない。

 いろんな意味で疲弊していた心が、癒やされた。


(ジェイスのためになら、どんなことも頑張れるわ)


 心から、そう思う。


「お帰り」


 アインスはわたしとジェイスに寄ってきた。


「無事で良かった」


 微笑む。

 わたしも笑顔を返した。

 そんなわたしたちのほのぼのとした姿を、使用人達は微笑ましそうに見ている。


(ちょっと恥ずかしい)


 そう思ったが、悪い気分ではなかった。






 遅めの昼食を3人で食べた後、ジェイスのお昼寝の時間になる。せがまれて、わたしは寝付くまで側にいた。

 ぐっすりとジェイスが眠ったのを確認してから、そっと子供部屋を出る。書斎で待っているであろうアインスのところに向かった。

 トントントン。

 扉をノックする。


「どうぞ」


 アインスの声が聞こえた。

 ドアを開けると、アインスが椅子から立ち上がるのが見えた。


「お疲れさま」


 わたしを出迎えるように寄ってくる。そのままぎゅっと抱きしめられた。さっきは人前だから、我慢したらしい。


「無事で良かった」


 改めて、そう言われた。


(あまり無事では無いかもしれません)


 喉までこみ上げてきた言葉は飲み込む。そういう話は座ってからにしようと思った。ちらりとそちらを見ると、ソファの前にあるテーブルにお茶の準備がしてある。わたしのためにお菓子がいろいろと用意してあった。


「大丈夫ですよ」


 ぽんぽんとアインスの背をわたしは叩く。


「とりあえず、座って話しましょう。いろいろと話さなければならないこともあるので」


 わたしのその一言に、ピクッとアインスの身体は反応した。


「何かしたんですか?」


 問われる。アインスは察しがいい。


「ちょっと、やらかしました」


 わたしは正直に申告した。





 わたしの話しを聞いて、アインスは頭を抱える。


「どうしてそんなことを?」


 問われた。


「力の発現を明確に証明できて、ジェイスを狙ったかもしれない人たちに意地悪も出来て。一石二鳥だと思ったんです」


 わたしは正直に話す。ある意味、明確な悪意がわたしにはあった。彼らはわたし自身も狙っていたのかもしれない。


「やったことを後悔はしていないのですが、結果が思った以上で、引いています」


 反省する。

 わたし的には、皺とか白髪が増えるとか、体調が優れない気がするとか、その程度のことを想定していた。5年という時間を一気に身体が体験するとは思わない。髪や髭が伸びるのを見て、その不気味さに寒気がした。


「3年くらいとかにしておけば良かった」


 そんなことを言うわたしにアインスは呆れる。


「そういう問題では……」


 説教を始めそうになった。


「冗談です」


 わたしは首を横に振る。


「聖女の力は使いようによっては人を害することもできることを証明してしまった。そのことを反省しています」


 ちょっと項垂れた。


「アヤ……」


 隣に座っていたアインスは、わたしを抱きしめる。わたしが悪いわけでは無いと言ってくれた。


(甘すぎますよ)


 わたしは心の中でぼやく。勝手なことをしたのはわたしだから、もっと責めて然るべきだ。だが、誰もたいして責めない。


(叱られるより、許される方がきついな)


 ずしっと気が重くなった。だが、凹んでいる場合では無い。


「それで、ジェイスのことなのですが……」


 置いて行くのは不安なので、聖女の離宮に一緒に連れて行くことを話した。


「私では頼りないですか?」


 アインスは哀しい顔をする。

 わたしの言葉は直訳するとそういう風にも取れる。だが、もちろん違った。頼りなく思っているわけではない。


「いいえ。アインスが強いことも、この家の警備が凄いことも知っています。でも何かあってジェイスが人質に取られたら、この家の人たちが危険になります。わたしはジェイスを守りたいけど、同じようにアインスやみんなも守りたいのです。だから、わたしの我儘を許してください」


 アインスに頼んだ。頭を下げる。


「……」


 アインスはなんとも微妙な顔をした。だが、その言葉に嘘が無いのはわかるのだろう。


「アヤがそれで安心するなら、そうすればいい」


 結局、許してくれた。 




アインスはアヤにはけっこう甘いです。

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