ハンター。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
やってやろうじゃないと思っています。
問われてもわたしは答えなかった。
にこにことただ笑うわたしに、アインスとキルヒアイズは不安な顔をする。
「何をする気かわかりませんが、聖女の評判を貶めるようなことだけはしないでください」
キルヒアイズに真顔で頼まれた。
どうやらわたしはあまり信用がないらしい。
(信用されるようなことをした覚えもないな)
納得する。
「聖女の力は基本的に悪用できる力ではないので大丈夫ですよ。……たぶん」
しらっと明後日の方を見た。自分の力で何が出来るのか、実はよくわかっていない。だが基本的に救う力なので大丈夫だろう。
(話し合いまでに、いろいろ試して確認しておこう)
密かに決意する。
「不安しか無いのですが……」
キルヒアイズは苦笑した。
「聖女やその周りに手を出したら返り討ちに合うということだけ身に染みてもらえたら十分なので、手ひどいことはしません」
わたしは約束した。
「本当ですね?」
キルヒアイズは疑う。
「大丈夫ですよ。わたし、基本的には他人と争うのは好みません。人に恨まれたり妬まれたりするのって、厄介なので」
もの凄く利己的な理由で、わたしは博愛主義者だ。できれば、他人とは上手くやりたい。ただしそれはあくまで出来ればの話だ。どうしようもない相手は排除することを厭わない。わたしの中には確固たる優先順位が存在した。
「でも、そんなに信用できないなら指切りでもしましょうか?」
軽い気持ちで、わたしは小指を差し出す。
「指切りとはなんです?」
わたしとキルヒアイズのやり取りを黙って聞いていたアインスが不思議そうに問うた。
立てた小指をじっと見つめる。
「約束の証のようなものです」
わたしは説明した。
指切りについて話す。約束を破ったら針を千本飲まなければいけないと教えたら、アインスに引かれた。
「……」
暫く間、アインスは黙って考え込む。その横顔はあまりに真剣で、誰も声を掛けられなかった。
だが、沈黙が続いて不安になる。
「アインス様?」
呼びかけた。何をそんなに真剣な顔で考えているのか、理解できない。ただの子供じみた口約束だ。
「アヤ」
静かな声でアインスはわたしを呼ぶ。真っ直ぐに見つめられた。
「そういう約束は軽々しくしない方がいい」
忠告される。
「何故です?」
わたしは問うた。
「ここが魔法の世界であることを忘れてはならない」
注意される。
魔法が力を持つこの世界では約束もかなりの効力を持つらしい。特に魔力を持つ者同士の約束は、勝手に契約として承認されるそうだ。
(誰に承認されるの?)
気になったが、それを突っ込むと話が進みそうにない。わたしは黙って続きを聞いた。
契約として成立した約束は破棄された場合、勝手に罰が執行される。指切りの場合は針千本を飲むというやつだ。
つまり、子供じみた可愛い口約束が本格スプラッタに様変わりしてしまうらしい。
想像して、わたしはぞっとした。
(いやいやいや。それはどう考えても拷問でしょう)
血の海が頭に浮かんだ。
「それは……。大変ですね」
ことの重大さに気づく。
ちなみに、強い魔力を持たない平民同士。もしくは、貴族と平民とかいう場合には約束が契約になる場合はきわめて低いそうだ。契約には魔力量が関係するらしい。
(でも、低いということはゼロでは無いということでしょ? そんなスプラッタ確定の約束なんて出来ないよ)
ぶるっとわたしは身体を震わせた。
「ちなみにこれって、皆の周知の事実なのですか?」
確認する。ただの口約束が契約になるなんて、みんなが知っている常識なのだろうか? ふと、疑問に思った。
「……どうかな?」
アインスは迷って、小さく首を傾げる。キルヒアイズを見た。
キルヒアイズも首を傾げる。
「今まではアヤ様が魔力を持っていなかったので、たいして気にしませんでした。でもこれからはしません」
そう答えた。首を横に振る。
その様子を見ると、意識していなかったのだろう。
「つまり、日常的に意識している人は少ないんですね」
わたしは確信した。ちょっとしたことを思いつく。
「また良からぬことを……」
キルヒアイズは心配した。
「大丈夫。悪用はしませんから」
わたしはにっこり笑顔で頷く。
だがその場に居たみんなの視線が--ずっと黙っていたサイモンまで含めて--少し冷たかった。
わたしが王宮に呼ばれたのはそれから三日後だ。
心配したアインスは同行を申し出る。
しかしそれをわたしが断わった。
話し合いはどう進むかわからない。もしかしたら、余計な恨みを買うかもしれない。そんな場にアインスを連れて行くことなんて出来なかった。彼らに憎まれるのはわたし自身でなければ困る。
だがそんな理由を馬鹿正直に話して納得してくれる訳もないので、1人で話をしたいとただ訴えた。
アインスは渋い顔をしたが、わたしが折れないことも知っている。最後には引いてくれた。
わたしは1人で王宮に向かう。
出迎えたキルヒアイズはわたしを見て、小さく笑った。
「なんて顔をしているのですか?」
問われる。
「悲壮な顔でもしています?」
わたしは両手で自分の頬を包み込んだ。
「いいえ」
キルヒアイズは首を横に振る。
「獲物を狩りに行くハンターみたいな顔をしています」
そんなことを言った。
「さすがにそれは失礼じゃ無い?」
わたしは苦く笑う。だが、ここが正念場だと思っているのは事実だった。
争うのは嫌いだけど、襲ってくる相手を叩き潰すことに躊躇なんてありません。




