やり直しの夜 2
評価&ブクマありがとうございます。
覚悟の夜です。
風呂の用意が出来たと呼ばれて、わたしはバスルームに向かった。昨日以上に気合いの入っている侍女達の姿を目にする。
(え? この気合いの入りようは何??)
戸惑っていると、一人の侍女が目の前にやってきた。
「昨夜はすみません」
謝罪される。それが昨日、ジェイスを連れてきた侍女だと気づいて、謎が解けた。
(昨日、何も無かったことはバレているのね)
侍女たちの気合いが入っているのは、昨夜のやり直しということらしい。
(気遣いが嬉しいけど、重い)
わたしは苦笑するしかなかった。プレッシャーを感じる。関係を持ち、懐妊するのを期待されているのがよくわかる。頑張らなければいけないのがなんとも気まずかった。
昨日以上にあちこち磨かれて、わたしは寝室に送り出された。これ見よがしの格好が自分でも恥ずかしい。ネグリジェにはリボンが付いていて、解くと簡単に脱げるようになっていた。
(凄いスケスケ。これって公爵夫人としてOKなのだろうな?)
少し心配になる。だが、着せられている時点で大丈夫ではあるのだろう。あちこち透けているのが気になって、部屋に急いだ。
(いないといいな~)
そう思いながら、ドアをノックする。こういう場合、先にベッドに入って待っている方が気が楽だと知った。
「はい」
だが期待を裏切って、返事が返ってくる。
内心、がっかりしながらドアを開けた。部屋の中に入る。
アインスはベッドに座っていた。
「……」
無言でこちらを見ている。
沈黙にわたしは耐えられなかった。
「えーと。お待たせしました」
にこりと笑う。
ふっ、と真顔だったアインスが笑ってくれた。どことなく張り詰めていた空気が和らぐ。
「確かに、だいぶ待ちました」
昨日今日の話ではないとわかることを言われた。
(確かに、かなり待たせたな)
自分でも自覚している。だが、わたしにはいろいろと覚悟が必要だった。年の差も含めて、どうしても後ろめたさが先行する。
だが、今のわたしの肉体は若返っているはずだ。今なら、肉体的に釣り合っているだろう。
「……ごめんなさい」
とりあえず、待たせてきたことを謝った。
「謝罪より……」
そう言って、アインスは手を差し出す。
わたしはゆっくりと近づき、その手に自分の手を乗せた。
アインスはわたしの手を引く。怖がらせないように気を遣ってくれているのか、ゆっくりと優しくベッドに押し倒された。
アインスの顔がすぐ近くにある。
(ちょっと、待った)
喉までこみ上げてきたその言葉を、ぎりぎりのところで飲み込んだ。これ以上、待たせることはさすがに出来ない。
(どうしよう)
困ったあげく、わたしは目を閉じた。アインスの顔を直視するのが、とてつもなく恥ずかしい。
久しぶりすぎて、まるで初めての時のようだ。いやむしろここまで来るのに時間を掛けた分、初めての時よりもっと気恥ずかしいかもしれない。
(ああ、逃げたい)
自分の心臓がどくどくと早く鼓動を打ち過ぎて、煩かった。
アインスの手が頬に触れただけで、わたしはビクッと震えてしまう。
「怖いですか?」
苦笑が聞こえてきた。
わたしはゆっくり目を開ける。
間近でわたしの顔を覗き込んでいるアインスは困った顔をしていた。
「怖いんじゃなくて、恥ずかしいのです」
わたしは正直に告げる。
「嫌なわけではありません」
誤解が無いようにそう続けた。
アインスのことは愛している。2年半かけて、気持ちは育っていた。
「それは良かった」
アインスは心から安堵する。
(もしかして、緊張しているのはアインス様も同じなのでは?)
唐突にわたしは気づいた。アインスがどのくらい経験があるのか知らないが、前妻とは関係を持っていなかったのだから、豊富と呼べるほど経験しているとは思えない。
「もしかして、アインス様も緊張しています?」
思わず、問いかけた。
「ええ。まあ……」
アインスは言葉を濁す。気まずそうにそっぽを向いた。
「なんだ。同じですね」
わたしはほっとする。急に安心した。アインスがイケメン過ぎて無駄にドキドキしていたが、自分と同じだと思うと安心する。指摘され、拗ねた顔が可愛くてきゅんとした。
(イケメン、狡い)
心の中で、笑う。
わたしは思い切って、自分からアクションを起こすことにした。
(ただされるのを待つなんて、そういう受け身な自分はらしくない)
そう気づいた。
「アインス様」
名を呼び、その顔を両手で挟むように掴む。
「?」
アインスは戸惑う顔をした。
わたしはにこりと笑うと、自分からキスをする。触れるだけだったが、離れた唇を追いかけてきたアインスの唇に口を塞がれた。舌が口の中に入り込んでくる。キスをしながら、アインスの手が胸に触れた。ネグリジェの上から軽く揉まれた後、リボンを解かれる。ネグリジェはするすると脱げた。
終わった後、疲れてぐったりするわたしにアインスは甲斐甲斐しかった。ガウンを羽織り、お湯を自分で取りに行く。この場に侍女を呼ばれたくなかったので、わたしは少しほっとした。
(公爵様のわりに、アインスってフットワークが軽いよね)
そんなことを考えていると、アインスが戻ってくる。お湯で絞ったタオルでわたしの身体を拭いてくれた。
自分で出来ると断わりたいところだが、生憎とそれは無理そうだ。寝返りを打つことさえ、だるい。思ったよりずっと、アインスは獣だった。体力的に無理と、わたしの身体がギブアップする。
(これが若さなの? それとも、普段鍛えている貴族様はこういう時の体力も桁違いなの?)
覚悟していた以上のものを求められ、わたしは心の中で嘆いた。
(三回って……)
ぼやく。
ぐったりしているわたしとは対照的に、アインスは妙に元気に見えた。
「アインス様はなんでそんなに元気なのですか?」
大人しく身を任せながら、ぼやく。恨めしげにアインスを見た。
そんなわたしの頬にアインスはチュッと触れるだけのキスをする。それがスマートでさりげなくて、無駄にドキッとしてしまった。
「私は普通です。アヤは身体が小さいから、体力がないのでしょう。体格差も問題かもしれませんね。これでもずいぶん加減したつもりなのですが。……大丈夫ですか?」
心配そうにアインスはわたしを見る。
(加減されていたのか)
わたしはちょっと引いた。
(大丈夫ではないです)
その一言を飲み込む。ここでそう口にするのがナシなのはさすがにわかっていた。
「ええ、まあ」
曖昧に言葉を濁す。
「その内、慣れます」
アインスの手が優しくわたしの頬を撫でた。
(それは慣れるまで頑張りますってことだよね)
身が持つかなと、わたしは不安になる。確かに、体格差という問題はあるだろう。いろいろときつい。
「アヤ……」
アインスは不安そうにわたしを見た。
「大丈夫です。たぶん、慣れます。……たぶん」
わたしは苦く笑う。
そんなわたしの頬に、アインスはちゅっとキスをした。
薄々気づいていたが、アインスはけっこうスキンシップが好きらしい。
「愛しています」
言葉もきちんと口にする。
「わたしも愛していますよ」
そう応えたら、今度のキスは頬ではなく唇に落ちた。
この程度なら全年齢でOKですよね。




