傍観<アインスside>
評価&ブクマ、ありがとうございます。
アインスはずっとドキドキしていました。
アインスはアヤが心配で、王宮に同行した。
一緒について行っても、自分には出来ることは何もないのはわかっている。だが、アヤを一人で行かせるなんて出来なかった。
何より、手を離してしまったら永遠に失ってしまいそうで怖い。アインスはアヤのためというより自分のために同行を希望した。
車に乗っている時も王宮を案内されている時も、ずっと手を握って離さない。国王とアヤが話している時も、アインスはアヤと手を繋いでいた。
国王と聖女の話し合いは執務室で行われた。国王側として、キルヒアイズも同席する。
だが、話し合いは国王とアヤのみで行われた。アインスもキルヒアイズも、口を挟むことが出来ない。自分たちが場違いであることを二人は感じた。
この場で発言が許されるのは、背負うものがあるものだけだ。外野が安易に口を挟める雰囲気では無い。それはキルヒアイズもわかっていただろう。それでもこの場にいるのは、おそらくアヤが心配だからだ。黙って結果を待つなんてことは出来なかったに違いない。
(変わったな)
アインスは向かいに座るキルヒアイズを見ながら、そう思った。キルヒアイズが誰かを心配する日が来るなんて、ある意味、感慨深い。
何でも出来るくせに何にも関心のない冷めた王子。--それがキルヒアイズへの周囲の評価だ。
実際、その評価は正しい。キルヒアイズは何に対しても関心の薄い子供だった。何でも出来るから、何をしてもつまらなく感じるらしい。アインスは母に連れられ、王子の遊び相手をするために子供の頃はよく王宮を訪れた。しかしアインスは毎回、困る。キルヒアイズと何をして遊べばいいのかさっぱりわからなかった。何をしてもつまらなそうな様子を見ると、心が折れる。
最初の頃はその事にひどく戸惑った。しかし、嫌がっている訳でもないことを知る。そういう性格なのだとアインスは割り切ることにした。そうすると付き合うのがぐっと楽になる。自分が思ったよりキルヒアイズに親しみを持たれていることもわかった。
だから、キルヒアイズはアヤを自分に託したのだろう。信頼できる相手として、自分を思い浮かべてくれたのだとアインスは察した。しかしその信頼にアインスは答えられなかった。預かったが、返すことは出来なくなる。キルヒアイズが欲しいと思ったように、アインスもアヤが欲しくなってしまった。
アインスは心の中でキルヒアイズに謝る。何があっても繋いだこの手を離すつもりはなかった。
話し合いは終始穏やかな雰囲気で進められた。案外、2人は気が合いそうに見える。
だがアインスは内心、ひやひやしていた。
国王もアヤも終始、顔には笑みを浮かべている。だが話の内容はなかなかえぐかった。
アヤはジェイスを害した人間に報復する気満々であることを隠さない。それはとても聖女らしかぬ発言だ。しかも、しれっとした顔で国王を脅す。自分の境遇を持ち出し、国王の罪悪感を煽った。
一歩間違えば、不敬罪で処分されそうなことを口にする。
アインスはその度に心臓が止まるかと思った。
だがアヤはもちろん、国王もそんなことを全く気にしている様子がない。
むしろ、国王は楽しんでいるように見えた。目が爛々と輝いている。アヤを気に入ったのがわかった。
国王は少々、変わっている。実の叔父だが、アインスは国王のことがいまいち理解出来なかった。息子のキルヒアイズも意味不明だと嘆くくらいだから、自分が理解できないのも仕方ないのかもしれない。
国王はよく言えば型破りで、悪く言えば破天荒だ。平気で前例を破り、時代にそぐわないと思えば変革することを躊躇わない。
人心に寄り添う人なので民からの評判はすこぶる良かった。だがその分、今までの慣例を重視する重臣達とはいまいち反りが合わない。本人もそれを自覚しているが、態度を改めるつもりはさらさらなかった。
アヤが半年で聖女失格の烙印を押されたのには、実はそんな政治的な諸々がある。
国王かあっさりそれを受け入れたのも、拒否するといろいろ面倒だからだ。聖女の力を発現すれば聖女として認めざるを得ないのだから、それまでは身分に拘る必要が無いという判断があったらしい。
その中には多少、聖女候補として離宮に閉じ込められているアヤへの温情もあったようだ。聖女様と持ち上げられても、召喚者は離宮から出ることは許されない。軟禁されているのと変わりなかった。
当たりが柔らかいが、国王は決して甘い人間ではない。役に立つ人間は大切にするが、敵には容赦がなかった。相手を見限り、斬り捨てるときにはとても冷徹になれる。
施政者として、きれいごとだけでは世の中が成り立たないことをよく知っていた。
だがそんな国王だからこそ、自分とアヤとの結婚の継続を認めてくれる可能性はわずかだがあるとアインスは思っていた。普通の国王なら絶対に認めることはないだろうが、叔父は違う。利があれば、その利を選ぶだろう。
アヤには事前にそんな叔父の性格は話してあった。
全ての話し合いが終わり、結果としてアヤは自分の条件を全て飲ませることに成功した。結婚の継続と、カッシーニ家で暮らすことを勝ち取る。
代わりに、離宮に出勤して聖女として仕事をすることになった。だがそもそも聖女の務めは何があっても投げ出せないので、アヤの希望だけが通ったといっても過言では無い。ついでのように、自分に敵対する勢力との面談もアヤは要望した。国王はそれも受け入れる。
国王は妙に楽しそうだ。アヤが面倒な連中を片付けてくれることを期待しているのかもしれない。
(聖女に期待するようなことではない)
アインスは心の中で苦笑した。
だがアヤが優しいだけの聖女ではないことを、この場に居る誰もがもう実感している。要望が通ってウキウキしているアヤはとても晴れ晴れとした顔をしていた。
帰りの車の中で、アヤはご機嫌だった。
「国王は意外と話がわかる人でしたね」
そんなことを言う。自分の要望が全て通ったので、そう思ったようだ。アインスの肩に甘えるように凭れて、にこにこ笑う。握ったアインスの手を悪戯するように、もう片方の手で触っていた。
凄く可愛らしくてアインスは流されそうなるが、ここは流されてはいけないところだと思う。
「いや、がっつり脅したからだろう?」
苦笑した。
「え?」
アヤは驚く。
「え?」
そんなアヤにアインスも驚いた。
「脅してなんていませんよ」
心外だという顔をアヤはする。
「いや、あれはどう見ても脅迫だった。自分の希望を通さないなら、聖女なんてやらないと脅しただろう?」
アインスは問うた。
「あれは脅迫ではありません。交渉です」
アヤは首を横に振る。
「いや、脅迫だろう」
アインスは困った顔をした。
「世の中、ギブ&テイクでしょう? あのくらいの要望、通してくれて当然です。それ以上の負担をわたしに強いるのだから」
アヤは怒る。
「でも、良かった。これでずっと一緒にいられますね」
嬉しそうにアインスを見た。
(可愛い)
アインスはにんまりしてしまう。車でなかったらいろいろ出来るのに、車内であることを残念に思った。
なんだかんだいってメロメロです。




