聖女と王族。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
話し合いは続いています。
聖女という存在は王国にとって欠かせないものだ。
人々は聖女という存在に全幅の信頼を寄せ、聖女が存在するというただそれだけで、心の安らぎを得る。
国王はそんな内容の言葉を、回りくどく飾り立てた表現を使って説明した。
(ほとんど宗教ね)
わたしは心の中で苦く笑う。
正月には神社に初詣に出かけ、お盆や彼岸はお寺に墓参りに行って、クリスマスにはケーキを食べるという雑多でゆるゆるな宗教観しか持ち合わせていない日本人としては、がちがちな宗教の話をされると引くところがある。
だが、心の拠り所が必要なことは理解できた。
その象徴が自分だというのは遠慮したいところだが、わたしはこの2年半、そういう場面にはいやというほど遭遇している。聖女ではないと烙印が押された後も、市井の人々にとっては召喚で呼ばれたわたしは聖女だ。街に出れば、聖女様だと崇められてしまう。
最初は違うと烙印を押されたことを説明したが、途中からは面倒になった。聖女に会えて喜ぶ人たちに水を差す必要もないと考える。否定も肯定もせず、受け流した。
「ですが、それは諸刃の剣なのです」
国王は渋い顔をする。
「聖女の魔力は聖女自身であっても勝手に使用するのが許されるものではありません。病を治し、人の命を救う。--それ自体は大変素晴らしいことです。ですが、人の命には必ず終わりがきます。それは聖女の力を持っても侵してはいけない領域の話なのです」
国王の説明に、わたしは頷いた。その話は授業で何度も聞いている。聖女としての基本理念なので、しつこいくらい繰り返し言い聞かされた。
聖女の力で何度も病を治すことは禁じられていた。
この国の民は一生に一度だけ、誰でも聖女に病を治して貰うことが権利として認められている。ただし、それは一度だけだ。それが一度と決められているのには理由がある。何度も病を治すのが可能だと、理論上、誰も死なないということになる。だが、新しく生まれる命があるなら、老いて死ぬ命も当然、なければいけない。それは自然の摂理で、侵してはならない神々の領域だ。何より、誰も死ななければ人口は増え続け、国は破綻するだろう。
そのため、聖女の力を借りることが出来るのは一度だけと決められる。その一度を決めることが出来るのは本人だけだ。
「聖女が離宮に住み、外界との接触を断つのは不用意に人と接触し、情が湧くのを避けるためなのです。本人が望んでもいないのに、勝手に治してしまったりしてしまわないように」
離宮に住むことの必要性を国王は訴えた。離宮に戻ってきて欲しいと頼む。
「ですが、歴代の聖女の中には結婚して離宮を離れた方もいたはずです」
わたしは前例を持ち出した。国王が何を言うかくらいはわたしも予想している。当然、それに対する異議反論は考えてあった。無策で臨むわけが無い。半年も勉強した知識は今もちゃんと残っていた。
(忘れていなくて良かった)
内心、ほっとしている。自分の記憶力にはいまいち自信がなかったが、大丈夫だった。
「確かに、王弟などに嫁いで離宮を離れた聖女もいます。ですがその場合、嫁ぐ相手は王族に限定されます」
国王はにこりと笑う。この話の流れは国王の望み通りのようだ。
「何故、王族限定なのですか?」
わたしは問う。あまり聞きたくないが、聞かないと先に進めないことはわかっていた。
「権力を二分しないため。そして、聖女の血筋を外に流出させないためです」
国王は答える。
聖女は魔力を持っているが、権力は持っていない。だが、その気になれば簡単に国を滅ぼすことができた。一言、今の王を認めないという発言をするだけでいい。それだけで、国民は国王への信頼を失い、国は瓦解するだろう。民の心を失った国王など、何の力も持たなかった。
つまり、聖女というのは国王への抑止力にもなる。王族が他者の手に聖女を渡すのを善しとしない理由にはそういうこともあった。
(だから、わたしの嫁ぎ先は国王の甥であるアインス様だったのね)
わたしが力を発現しても敵にはならない相手として選ばれたのだろう。
「そういう理由なら、アインス様でもいいじゃないですか。そもそも、問題がないと判断したから、結婚相手として選ばれたはずです。王族の血を引く、陛下の甥ではありませんか」
わたしは説得するように言った。
国王はちらりとわたしの隣にいるアインスを見る。
アインスもキルヒアイズもこの場にはいるが黙って口を開かなかった。わたしと国王の話を邪魔しないように気を遣っている。
「確かにアインスは私の甥だ。しかし、カッシーニ家の当主でもある。聖女の力を貴族の1人が独占するなど、あってはならないことだ」
国王は首を横に振った。とても厳しい顔をする。
「私にアヤの力を独占するつもりなどありません。カッシーニ家は陛下の忠実な臣下です」
アインスは言い募った。
「わかっている」
国王はアインスに微笑んだ。それは国王としてでは無く、血が繋がった叔父としての笑みだ。
「だが、他の貴族たちは納得しないだろう。聖女がずっとカッシーニ家にいるのだから、その力を独占していないと言い訳しても、説得力が無い」
国王の言い分にも一理ある。傍から見れば、カッシーニ家が聖女を独占していると見えるだろう。
「では、昼間は聖女として離宮に通うというのはどうでしょう? 夜は家に帰りますけど、昼は離宮で聖女としての仕事をいたします」
わたしは妥協案を出した。離宮に通勤することで手を打ってくれと、打診する。
「それなら、カッシーニ家が聖女を囲っていると文句を付けられるのも避けられるのではありませんか?」
問いかけた。
「それは……」
国王は微妙な顔をする。悪くは無いが、自分の希望とはかけ離れているのだろう。迷う顔をした。
わたしはここが押し時だと判断する。
「陛下はわたしから二度も家族を奪うのですか?」
静かな声で問いかけた。
国王の身体も、ついでにキルヒアイズの身体も、ぴくりと反応する。
「召喚され、わたしは全てを失いました。そしてまた、陛下はわたしから家族を奪うのでしょうか?」
真っ直ぐに国王を見つめた。
「……」
国王は何も言えなくなる。
「わたし、離婚はしません」
改めて、わたしは宣言した。
最後は情に訴えます。><




