作戦。
ちょっと姑息です。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
3人で川の字で眠ることにアインスは難色を示したが、ぐずるジェイスを追い返すことができる訳もない。
「すみません」
侍女に謝られた。自分が夫婦生活の邪魔をしたという自覚があるから、とても気まずそうな顔をしている。
だが、わたしは心のどこかでほっとしていた。アインスとの初夜が先に延びて安堵する。
(別に初めてでもないのに)
自分でもそう思った。さすがに年も年なので、今まで何一つなかった訳ではない。20代の頃はそれなりに彼氏もいたし、結婚した方がいいのかもと考えなくもなかった。ただわたしはどうにも結婚に意義を見いだせなかった。自分には向いていないのだと、結論づける。そう気づいたら楽になった。彼氏を作ろうと頑張りもせず、結婚しようという努力もしない。そういう娘に両親は何も言わなかった。嫁いで出て行かれるなら、娘として家に残る方を望んだらしい。わたしは親離れできていない娘だったし、親も子離れが出来ていない親だったようだ。
そんなわたしが今さら、結婚して恋愛するのだ。実はアインスが考えている以上にわたしの中ではいろんなことのハードルが高い。
(今時の中学生以上にのろのろと関係が進まない自覚はあるけど、今さら恋愛モードに戻るのは大変なのよ)
心の中で言い訳した。
決して、アインスが嫌なわけではない。好きだし、関係を持つことを望んでいないわけでもなかった。でも、じゃあやりますか的な流れがとても気まずい。もっとこうナチュラルに気づいたら押し倒されていましたという展開を希望したかった。そんな自分が物凄い面倒な女なのも自覚している。
自分でも大人げないと思った。
気にすることはないと宥めて、侍女を部屋に返す。
侍女は申し訳なさそうに、何度も謝りながら、去って行った。
わたしたちはジェイスを真ん中にして、ベッドに横になる。
ジェイスはわたしたちと一緒に眠れることをとても喜んだ。
アインスはそんなジェイスに今日だけ誕生日だから特別なのだと、真顔で諭す。毎日一緒に寝たがられるのは困るので、釘を刺した。
その様子がどこか可愛らしくて、わたしは小さく笑う。
ジェイスは何度もアインスの言葉に頷きながら、眠りに落ちた。
「明かり、消しますね」
ベッドサイドの小さな明かりをわたしは絞る。寝室は闇に包まれた。だが、カーテンの隙間から差し込む月夜の明るさで、完全に真っ暗にはならない。目を凝らせば、なんとか表情が読み取れるくらいの明るさはあった。
「露骨にほっとされていると、傷つきます」
ぼそっと呟かれる。頬に手が伸びてきた。眠るシェイスの上を超えて、アインスの手がわたしの頬を撫でる。
「それは……」
わたしは困った。咄嗟に言い訳も出来ない。そっと自分の頬に触れるアインスの手に自分の手を重ねた。
「嫌な訳ではないのです。ただ、恥ずかしくて……」
むしろ好きだから恥ずかしいのだと、言い訳にしか聞こえない言葉を口にする。
「嫌われていないのは知っています」
アインスは笑った。その顔はいつものようにキラキラしているのかもしれないが、今はよく見えない。だから少し不安になった。自分の気持ちをちゃんと伝えたい。
「明日は、わたしから誘うというのはどうでしょう?」
ふと思いついて、提案した。
「は?」
意味がわからないという響きの声が聞こえる。
「されるまま身を任せるより、自分からぐいぐい行く方が気が楽な感じがします」
受け身で待っているというのが恥ずかしいのだと、気づいた。
「……そういう、ものですか?」
困惑した声が返ってくる。
冷静に考えれば、アインスが困惑するのは当たり前だ。だがその時のわたしはある意味、いっぱいいっぱいだったらしい。
「わたし的にはそうです」
大きく頷く。
「ふっ」
アインスが笑った。
「アヤと一緒にいると、退屈しませんね」
そんなことを言われる。自分の返答が斜め上だったらしいことにわたしも気づいた。
「アヤがそうしたいなら、それでいいですよ」
アインスは受け入れてくれる。20歳そこそことは思えない、器の大きさだ。
(明日はサービスさせていただきます)
心の中で宣言する。さすがにそれは口に出すべきでは無いのはわかった。さすがに慎みがないだろう。
「まあ明日、そういう時間を取れる余裕がわたし達にあるかはわかりませんが……」
アインスはぼそっと呟いた。そこには悲痛なニュアンスがこもっている。
ちょっと急ぐ感じで今日関係を結んでしまおうとしたのは、明日からのことを考えてのことのようだ。
「明日、呼び出されるのでしょうか?」
わたしは尋ねる。覚悟はしているが、気が重かった。
「むしろ今夜、呼びつけられなかったことに驚きました」
アインスは答える。
聖女関係は最優先事項だ。キルヒアイズが城に戻ったら、直ぐに城から迎えが来るかもしれないと考えていたようだ。
「わたしが思っている以上に、聖女の件は大事なんですね」
どこか暢気なわたしの言葉に、アインスは苦笑する。
「今、気づいたのですか?」
呆れられた。
「すごく大事なことであるのは伝わっていたのですが、思っていた以上の気がします」
わたしは考え込む。もしかしたら、自分の要望を通すのは考えている以上に難しいのかもしれない。
「アヤ?」
不自然に黙ったわたしをアインスは気にした。
「保険として、小さな嘘を一つだけ吐きましょうか?」
わたしは提案する。
「どんな嘘です?」
アインスはちょっと警戒した。
「わたしが、アインス様の子を身籠もっている可能性があるという嘘です」
わたしは答える。淡々とした口調で告げた。変に恥ずかしがるのはかえって気まずいので、あえて事務的な言い方をする。
「さすがに妊婦に離婚を迫ったり、取り上げて王族に嫁がせるとかはし難いのでは?」
アインスに質問した。
「それはそうですが……」
アインスの言葉には迷いがある。
「それが嘘だとばれたらどうするんです?」
問われた。
「嘘なんてついていません。あくまで、可能性の話です。離婚し、再婚させられた後に妊娠が発覚したらみんなが困るでしょう? だから離婚したり再婚したりは無理だと押し通します」
わたしの言葉に、アインスは渋い顔をする。姑息だとか思われていそうだが、わたしは自分の大切なものを守るためなら、手段を選ぶつもりはない。
「あと、それを嘘ではなく事実にすれば問題無いじゃないですか。ジェイスにも弟が欲しいと強請られていますし、一石二鳥です」
嬉々としてそう続けたら、返答は返ってこなかった。
「……色気の無い話ですいません」
謝る。手段として身籠もろうなんて、さすがにあれだなと反省した。
「……いや、なんかあまりにアヤらしくて」
アインスはくつくつと笑う。
(らしいってどういうこと?)
褒められていないのはよくわかった。
「いいんじゃないですか。子作りを頑張ることに異論はありません。アヤが頑張るというなら、応える気持ちは十分にあります」
アインスは口の端を上げる。
「自分とアヤの子が欲しいのは私も同じです」
そう言われたる。くすぐるように、頬に触れていた手が顎の下を撫でる。
「ひゃっ」
予想外のことに変な声が出た。
「明日はいろんな意味で頑張らないとダメですね」
そう言ったアインスに、わたしはなんて返事をするのが適切なのかわからない。
「……」
黙ってしまった。
手段なんて選んでいられないのですが、色気の無い話だなとも思っています。




