意思確認。
評価、ブクマ、ありがとうございます。
大人なわりにもたもたしているのは臆病なのです。
いつになく気弱になってしまったわたしをアインスは励ましてくれた。
聖女の力が覚醒し、わたしはわたしなりに動揺していたらしい。自分でも気づかないうちにメンタルをやられていたようだ。
ふーっと一つ、息を吐く。パンッと両手で自分の頬を叩いた。
「?!」
そんなわたしにアインスは驚く。
「アヤ?」
戸惑った顔をされた。
「気合いを入れただけなので、気にしないで」
何でもないと手を振る。
「いや……、でも……。頬が赤いですよ」
アインスは苦笑した。
「お陰で、目が覚めました。大丈夫ですから、これからのことを話し合いましょう」
にこっと笑うと、アインスも笑ってくれる。
「アヤはいつも予想外ですね」
そんなことを言われた。
「それ、褒めていないですよね?」
わたしは拗ねた顔をする。それはちょっとしたポーズだ。なんでもないこのやりとりが楽しい。
「褒め言葉だ」
きりっとした顔でアインスは言い切った。ふふっと笑う。わたしのお遊びに乗ってくれたらしい。
(ああ、この人と一緒にいたいな)
改めてそう思った。
結婚式当日は、そんな風に思うことがあるなんて思わなかった。どう考えてもケンカを売られていたし、とても冷たい人だと思う。だが互いに誤解があった。
話してみたらアインスはちょっと融通がきかないくらい真面目で、真っ直ぐな人だ。それを面倒だと捉えるか好ましく思うかは人それぞれだろう。わたしは好ましく思った。残された自分の子供でもないジェイスにどう接したらいいのかわからなくて戸惑っているのは可愛かったし、助けてあげたいと思うくらいの情が湧く。
だが、はじめから恋愛感情があった訳ではない。自分の半分の年の子供だ。男性として見るのはちょっと無理がある。夫と言うより我が子と言った方が適切な年齢差だろう。でもその年の差がどんどん気にならなくなった。当主として家を守るアインスは立派な大人だ。むしろ、実家で暢気にいつまでも娘をやっていたわたしの方が子供っぽい。
少しずつ、心の距離も近づいた。
好きだと告白されたのは、1回目の結婚記念日だ。もっと早く言われていたら、わたしは信じなかっただろう。そんなに簡単に好きになれるわけがない。だが1年後だから、信じられた。たっぷり時間をかけて、わたしたちは互いを知る。一緒にいることがとても自然なことに思えた。
それでも踏ん切りが付かないことはいろいろある。ゆっくりと段階を踏んだお付き合いをわたしは提案した。
すでに夫婦なのに可笑しな話だが、互いに相手の顔もよく知らない状態での結婚だ。始まりが始まりだけに、そう簡単に偽りを本物に変えることも心情的に難しい。
それらを全部踏まえた上でやっと本物の夫婦になる覚悟が出来たのに、そのタイミングで力が覚醒した。物事はすんなりと進まないらしい。
じっと見つめていたら、アインスが苦く笑った。
「どうした?」
優しく問われる。
「わたしは二度も全てを奪われるつもりはありません」
静かにわたしは答えた。
一度目は、抗う暇も無く奪われた。気づいた時には、全てを失ってこの世界にいる。わたしの意思は全て無視して、聖女を押しつけられた。
だが二度目は、何も奪わせるつもりはない。
「だから、全力で陛下とは交渉するつもりでいます。でもそれはきっと、カッシーニ家に迷惑を掛けることになる」
わたしの不安の種は国王との交渉では無い。交渉そのものは力を覚醒させたわたしの方がずっと優位にある。王家はわたしの要求をたぶん拒否できないだろう。この国では聖女の権威は国王さえ凌ぐのだ。聖女に承認されない国王を国民は認めない。それは王家もよくわかっているはずだ。だがら問題はその後のことだ。
自分のわがままでカッシーニ家に残ることが、きっとこの家に多大な迷惑をかけることになる。アインスにもジェイスにも要らぬ苦労をさせるのは目に見えていた。そんな自分のわがままを、通していいのか迷う。
「迷惑?」
アインスは首を傾げた。何の話かわからないという顔をする。
「いろいろと陰口を叩かれることでしょう。カッシーニ家は聖女の力を独占しようとしているとか、王族に取って代わるつもりでいるとか。アインス様は次期国王を狙っていると言われるかもしれません。たぶん、この家にとっていいことなんて一つもない」
わたしの言葉を黙って、アインスは聞いていた。
「それでも、わたしはここに居たいのです。アインス様の隣に居てもいいですか?」
問いかける。
「いいに決まっている。アヤはとっくにわたしの妻だ。勝手に王宮に戻られては困る」
アインスは手を差し出した。
その手を掴んでいいのか、わたしは少し迷う。
「王命で結婚を命じられ、私はそれに従った。なんら批難される謂われはない。その妻がたまたま聖女の力に目覚めただけだ。そんな事態を招いたのは、そもそもは王命を下した国王のせいだし、もっと言えばアヤに聖女ではないと烙印を押した連中のせいだ。私達に何の非があるというんだ?」
それが屁理屈であることをわかった上で、アインスは言い張るつもりのようだ。それが彼の覚悟らしい。
「自分のせいでアインス様が悪く言われるのは嫌なのですが……」
わたしは困った。いやいやと首を横に振る。迷惑を掛けることが、心苦しい。
「そうか。でも私はアヤを奪われる方が嫌だよ」
アインスは笑った。
「やっと自分のものにすることができるのに、それを取り上げられる方が耐えられない」
切ない顔をする。
その目はとても真剣で。……欲情していた。
(喰われる)
そう思ったが、嫌だとは思えない。わたしは静かにアインスの手に自分の手を乗せた。
その手はぎゅっと握られ、引っ張られる。わたしはテーブルを飛び越えてアインスの腕に飛び込むことになった。
「あっ、ぶないっ」
別の意味でドキドキさせられ、文句を言う。だがその唇をキスで塞がれた。
「!!」
驚いている間に、空いている手に胸を掴まれる。軽く揉まれたところで、無粋な音が響いた。
トントントン。
ノックが鳴る。
アインスの視線がちらりと扉に動いた。だが、無視することに決めたらしい。口の中に舌が入ってきて、舐め回された。
だが、相手も諦めない。
「すいません。ジェイス様が……」
ノックと共にそんな声が聞こえた。
さすがにそれはアインスも無視できない。わたしを離した。
わたしも乱れたネグリジェを直して、ストールを羽織り直す。2人でドアに向かった。
ドアを開けると、泣きじゃくるジェイスが立っている。侍女が困った顔で付き添っていた。
「あの……。すいません」
目を合わせず、謝られた。
(謝らないで、気まずい)
わたしは苦笑する。
アインスがジェイスを抱上げた。
「どうした? 怖い夢でも見たか?」
問いかける。
「うん」
頷いて、ジェイスはアインスに抱きついた。離れそうに無い。
「じゃあ、みんなで一緒に寝ましょうか」
わたしの提案に、ジェイスがこくりと頷く。
アインスはなんとも微妙な顔をしたが、何も言わなかった。
死にかけたので怖い夢くらい見ます。




