自覚。
遅くなりました。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
わたしが発動した聖女の力は、祈りなんていう可愛らしいモノではなかった。
この世に存在するのかしないのかもよくわからない、絶対的な何かへの命令だ。今すぐ、わたしに力を使わせろと迫る。
ジェイスを助けられるなら、ついでに世界でも何でも救ってやる。聖女にでも何でもなってやる。--我ながら、なんとも男前な決意をした。
何かは私の命令に応えたらしい。
眩しさを感じた。周りにはわたしの身体が光ったのが見えたらしいが、わたし自身は何が起こっているのかよくわからなかった。
ただ、眩しくて目を開けていられない。瞼を閉じた。温かさを身体の中から感じる。何かが湧きだしてくるような感覚があった。それが自分の手足の先まで満ちていく。細胞が泡立った。自分の身体が、見た目は同じなのに別のモノに生まれ変わったように感じる。
人の身体は三日かけて細胞が新しく入れ替わると聞いた覚えがある。毎日、人は三分の一ずつ死んで、生まれ変わるそうだ。その細胞の入れ替わりが一気に全部行われた感じがする。今までのわたしと同じだが、違うものになった気分だ。
そんな不可思議な感覚に戸惑っている間に、わたしが発したらしい光は金色のきらきらに変わる。それがジェイスの身体に降り注いだ。ジェイスの身体は金色のキラキラに包まれる。
(ああ、これが聖女の力なのか)
説明なんていらなかった。ただ、そう理解する。
きらきらはすうっとジェイスの身体に吸い込まれて消えた。
その瞬間、苦しそうだったジェイスの息づかいが急に静かになる。
思わず、呼吸が止まったのではないかと心配してしまった。だが耳をすませば、息をしているのがわかる。
呼びかけ、身体を揺らすとジェイスは目を開けた。
わたしは深く安堵する。だが同時に、自分が聖女として覚醒した自覚が襲ってきた。
二つの感情が自分の中で複雑に絡み合い、涙となってあふれ出す。泣くつもりなんてなかったのに、涙が溢れて頬を伝った。
意識が戻ったジェイスに心配をかける結果になってしまう。ジェイスはわたしを抱きしめてくれた。これが最後かもしれないと思いながら、わたしはジェイスの身体を抱っこした。
ジェイスを再び寝かしつけ、わたしたちは部屋を出た。キルヒアイズやサイモンと場所を変えて話をする。
正直、キルヒアイズが話をするために待っていてくれるとは思わなかった。聖女の力の発現を確認した時点で、キルヒアイズには王宮に戻り国王に報告する義務が発生している。直ぐにでも王宮に戻るだろうと思っていた。だが、そうはしない。わたしと話をする時間を作ってくれた。
(これはもしかして、交渉の余地があるのだろうか?)
ふと、その可能性に気づく。このまま言いなりになるのは嫌だと思った。
なんとも言えない気分で、テーブルを挟んで向かい合うキルヒアイズを見つめる。
「聖女の力の発現、おめでとうございます」
まず最初に、キルヒアイズはそう言った。祝いの言葉を口にする。
少しも目出度くはないが、この力が無ければジェイスは救えなかっただろう。そういう意味では確かに目出度かった。
「……ありがとう」
そう言うのが適切なのかわからなかったが、それ以外に返事のしようがない。とりあえず、わたしはそう口にした。
キルヒアイズが一瞬、迷う顔をする。次の言葉を口にすることを躊躇った。だが、結局は口を開く。
「聖女であることが確定しましたので、聖女の離宮に戻って頂くことになります」
淡々とこれからのことを告げた。感情を廃した物言いは、キルヒアイズにも思うところがあることを感じさせる。
(本当は優しい人なのだ。だが、王子としての義務感と聖女への傾倒が彼を追い詰めている)
どこか辛そうなキルヒアイズの顔を見て、わたしはそう思った。
「一度聖女ではないという烙印を押したのに、撤回するのですか?」
わたしは意地の悪い質問をする。烙印がキルヒアイズの本意ではないことを知っていて、責めた。本当は烙印を押した連中を責めたいが、この場にはいない。代わりにキルヒアイズが責められるのは可哀想だが、この場合、致し方ない。
「それは……」
キルヒアイズは言葉に詰まった。返す言葉がない。
「……」
「……」
不自然な沈黙が部屋の中に満ちた。誰も口を開かない。
「謝罪いたします」
キルヒアイズは頭を下げた。一国の王子が頭を垂れるのは相当なことだ。でも、わたしは謝って欲しいわけでは無い。しかも、キルヒアイズに謝られるのは違う。わたしに聖女ではないという烙印を押すことに最後まで反対していたことは知っていた。
だが、ここで引くわけにはいかない。交渉するなら、今が唯一のチャンスかもしれなかった。
「……許さないと言ったら?」
わたしは静かに問う。
予想外の言葉に、キルヒアイズは目を瞠った。わたしが烙印の件で怒っていないことをキルヒアイズは知っている。
「アヤ?」
アインスも戸惑った顔でわたしを見た。
「キルヒアイズ様を責めるつもりはありません。なので、謝罪も不要です。ですが、聖女ではないとして王宮を出て結婚した以上、聖女だったので城に戻ってくださいなんて言われても困ります。もう2年半もわたしはカッシーニ家で暮らしています。今さら連れ戻すのは虫が良すぎる話であることはわかっていますよね?」
わたしは静かにキルヒアイズに問う。
反論なんて出来る訳がないキルヒアイズは黙るしか無かった。
追い詰めるようなことを言わなければいけないことに胸が痛む。
(ごめんなさい)
心の中で謝った。キルヒアイズは悪くない。
「では、どうしたいのですか?」
黙り込んだキルヒアイズに代わって、サイモンがわたしに尋ねた。要望があるのだろう?という目でわたしを見る。
(ありますとも)
わたしは心の中で呟いた。
「これからのわたしの身のふり方に関しては、話し合う場を作ってください。一方的に決められるのは納得出来ません」
条件を口にする。
「そして今回のジェイスの件、きちんと捜査して首謀者を捕まえてください。絶対に許すつもりは無いので、犯人が捕まらない限り、わたしは聖女の力を今後使いません」
宣言した。
「その条件を飲めば、聖女になってくれるということでいいんですね?」
サイモンはわたしに問う。
「話し合い次第です」
わたしはにこりと笑った。明言は避ける。
「でも、この力を国のために使うことに異論はありません」
決して、私利私欲のために使ったりしないことは約束した。
諦め悪いので足掻きます。




