覚醒。<キルヒアイズside>
評価&ブクマ、ありがとうございます。
キルヒアイズから見た話です。
待ち望んだその瞬間は、案外、あっさりとやってきた。
いや、その言い方は正しくないだろう。
ジェイスを助けるため、アヤは奮闘した。いつになく苛立ち、聖女の力を発現出来ない自分に憤る。
アヤは基本、理性的で冷静だ。
そのアヤが焦る。どうすれば力を発現出来るのかキルヒアイズに問うた。
しかし、その答えをキルヒアイズは持っていない。その方法がわかるなら、苦労はしなかった。
推察するに、聖女の力を発現する条件は聖女1人1人で違うらしい。前任の聖女がそんなことをぼそっとこぼしていた。
聖女の力は特別だ。他の魔法とは全く違う。
通常の魔法は発動を助けるために呪文がある。呪文は唱えなくても魔法は使えるが、唱えた方が使いやすかった。
だが、聖女の魔法に呪文はない。願うだけでいいようだ。
その力は聖女の想いに呼応するらしい。
アヤは自分が聖女であることも疑った。本当に自分は聖女なのか、キルヒアイズは確認される。
間違いないと、キルヒアイズは言い切った。何の確証もないが、キルヒアイズは本当にそう信じている。
それを聞いて、アヤは覚悟を決めたようだ。
ジェイスの手を握る。その手を自分の額に当てて、祈った。
実際には祈りを捧げていたのかどうかはわからないが、周りにはそう見える。
アヤがジェイスの手を握って祈るのは、本日、二回目だ。
一回目には何も起こらなかった。簡単に発現出来る訳がないので、当然かもしれない。
だが、二回目は変化があった。
眩しい光りがアヤの身体を包む。
それに気づいたキルヒアイズは、アヤの姿がよく見える位置にそっと移動した。正面からアヤの様子を見守る。
光はアヤの内側から出ているようにキルヒアイズには見えた。
眩い光は粒子となり、空中に漂う。金色にきらきらと輝いた。その金色の粒はジェイスに全て降り注いだ。ジェイスの身体が金色に輝く。
周りで見ていた誰もが息を飲んだ。
それはなんとも幻想的な光景だ。
ジェイスの身体を包んだ金色の粒はすうっと身体の中に吸収されていく。
「……」
誰も、何も言えなかった。声を発するのさえ躊躇われる。
漂う厳かな空気に、誰もが畏怖に似たものを感じていた。
ごくりと、誰かが唾を飲み込んだ音が静まり返った中に妙に大きく響く。
「ジェイス」
アヤの静かな声が静まり返った部屋の中に響いた。息子の身体を優しく揺らす。
先ほどまで、苦しげだったジェイスの息は嘘のように穏やかになっていた。
ぴくりと睫が揺れる。ゆっくりと目が開いた。
ジェイスは何事も無かったように目を覚ます。
「ママ?」
自分の手を握っているアヤを不思議そうに見た。
「気分はどう? 気持ち悪くない??」
アヤはジェイスに問いかける。
その頬を涙がこぼれ落ちた。それが何の涙なのか、キルヒアイズにはわからない。アヤ本人にもよくわからないようだ。ジェイスに何故泣いているのか問われて、驚いた顔をする。
「何でもないわ」
そう言って、さっと涙を拭った。
横になったままのジェイスの身体を覆い被さるようにアヤは抱きしめる。
「愛している」
ただ一言そう言った。
それが別れの挨拶のように、キルヒアイズには聞こえる。
聖女の力を発現したアヤは今までと同じではいられない。それはアヤ自身もよくわかっているだろう。
ジェイスが助かったのを喜ぶ気持ちがあるのと同じくらい、これからの自分のことを考えると気が重いはずだ。
涙はその複雑な気持ちが溢れた形なのかもしれない。
アヤはそっと身を起こした。ベッドに腰掛ける。
周りにいる大人達はその状況を理解しているが、まだ3歳のジェイスにはそんな事情はわからない。だが、母親の様子が普通ではないことは察したのだろう。
「ママ」
不安な声を出した。起き上がり、アヤにしがみつく。
アヤはジェイスを抱っこした。
そんな2人を見ていると、キルヒアイズも胸が痛む。アヤがジェイスを実の子のように可愛がっているのはよく知っていた。血が繋がっていなくても、2人はすでに親子になっている。その親子を自分が引き離すことになる。
ちくりとした痛みに眉をしかめると、視線を感じた。アインスが睨むようにこちらを見ている。
その顔は何かを訴えていた。
(そんな顔をしても無駄だ)
キルヒアイズは心の中で呟く。
小さく、首を横に振ってみせた。
アヤが聖女であることが確定した今、事態は動く。
キルヒアイズは直ぐ国王である父に報告しなければならなかった。その場合、アヤは王宮に--正確には、聖女の離宮に--連れ戻されることになるだろう。
聖女を一貴族が独占することなど、許されることではない。
それはキルヒアイズ個人の感情とは無関係な話だ。
それはアインスもわかっている。黙って、唇を噛みしめた。アヤごと、ジェイスを抱きしめる。
穏やかな日常が終わることを誰もが感じ取っていた。
今まで通りではいられません。




