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 聖女。

聖女だからいい人だなんて、決まっていません。


評価&ブクマ、ありがとうございます。




 わたしには世界を救いたいなんて崇高な思想はない。みんなのために自分が……なんて犠牲的な精神も持ち合わせていなかった。


 わたしは利己的な人間だ。自分が可愛いし、幸せにだってなりたい。そのための努力をしてきたかと問われると答えにくいが、それほど多くのものを得たわけでは無くても自分の人生にはそれなりに満足していた。


 だから、召喚されて何もかも失った時には腹が立った。ふざけるなと思ったし、聖女になんてならないと決める。

 そのわたしが今、聖女の力を心から欲していた。




 この世界の治癒魔法は細胞の再生スピードを極端に速めるものだ。そのため、傷口は塞がり、骨折などは治る。自然治癒が可能なものは治癒魔法で治るということだ。

 だが、病気や毒の場合は進行を逆に早めることになる。治癒魔法は怪我や骨折にしか使えなかった。

 病気は薬での治療がメインだ。外科的手術は行われていない。医療の進歩がわたし的にはかなり遅れているこの国にも薬はあった。だが自然由来の、いわゆる漢方薬の類いがほとんどだ。解毒に関しては、毒が特定できなければ対処のしようがない。

 だが、その毒の特定が困難だ。

 ジェイスの身体を刺した針が残っていれば、可能性はある。だが現状、針を見つけるのはほぼ不可能だろう。犯人は当然、針を持ち帰っている。


 残る方法は一つ、聖女の力だ。病気も毒も聖女なら治療できる。聖女の力は万能だ。だが、どうすればその力が使えるのかわたしにはわからない。

 とりあえず、ジェイスの手を握った。


(お願い。治って)


 目を閉じ、心の中で祈る。

 力が発動すれば、何らかの変化が起こるはずだろう。しかし、何も起こらなかった。力が発動された感じがない。


 ジェイスの部屋には沢山の人がいた。

 わたしやアインスはもちろん、キルヒアイズやサイモンもいる。ほかにはメイドがアンナを含めて数人いて、主治医の医者と彼を連れてきた若い執事もいた。

 みんな黙ってわたしの様子を見守っている。

 何も起こらないことに、がっかりしたのが気配でわかった。

 彼らもジェイスを助けたいと思っている。わたしが力を発現することを祈っていた。


(そんな簡単な訳はないか)


 わたしは心の中でぼやく。

 願うだけで力が発現するなら、とっくにわたしは聖女になっているだろう。召喚された当初の怒りはすでにない。怒るということはエネルギーのいることだ。怒り続けるのは簡単なことではない。わたしはとっくに怒ることに疲れていた。


「聖女の力の使い方--みたいなハウツー本はないの?」


 わたしはキルヒアイズを振り返る。そんなものがあればとっくに手渡されているとは思ったが、聞くだけ聞いてみた。


「残念ながら……」


 キルヒアイズは首を横に振る。

 わたしはちらりとジェイスを見た。息づかいが荒くなっている気がする。時間はないと感じた。

 わたしはジェイスの手を離し、キルヒアイズに近づく。


「呪文みたいなものはないの? 前任の聖女様から聞いたことは?」


 問い詰めた。切羽詰まっているので、なりふりなんて構っていられない。ぐいぐい迫った。

 キルヒアイズは思わず、後ろに後ずさる。 


「アヤ様」


 サイモンがすっとわたしとキルヒアイズの間に割って入った。庇うように、キルヒアイズを背にする。


「……ごめん」


 わたしは謝った。焦っても仕方ないのはわかっている。だが、救える力を持っていながら救えないことに、わたしは苛立っていた。自分自身に腹が立つ。


「確認するけど、わたしは本当に聖女なの?」


 いま一度、わたしは確かめた。聖女だと言われるが、全くピンと来ていない。


「召喚されたということは聖女だということだ」


 キルヒアイズは言い切った。


「……わかった」


 わたしは頷く。


「それを信じる」


 まず、自分が聖女であることを自分自身が信じることから始めた。


 聖女というのは心根が優しくて清らかな人というイメージがある。だから、俗物なわたしは聖女であるはずがないと思った。相応しくない。他人を助けるより我が身が可愛いなんて、そんな聖女がいるわけないだろう。

 だがもう相応しいかどうかなんてどうでもいい。

 自分が俗物だからなんだというのだ。ジェイスを助けられるなら、今のわたしは悪魔にだって魂を売る。

 みんなのためになんかじゃない。わたしはわたしのために力を欲した。

 わたしから大切なものを奪うなんて、二度と許すつもりはない。


(まず、ジェイスを助ける。そしてジェイスにこんなことをした犯人を絶対に捕まえて、相応の罰を他の誰でもなくわたしが与えてやる)


 強く、心に誓った。聖女らしさは欠片もない誓いだが、こっちの方がわたしらしいだろう。

 わたしは改めて、ジェイスの手を握った。


(この世界にわたしを連れてきた、誰か。わたしが聖女だというなら、今すぐ、その力をわたしに与えなさい。二度と、わたしから大切なものを奪うなんて許さない。今すぐ、ジェイスを助けなさい)


 願うのではなく、命じた。この世界に存在する、何かに。


(早くっ!!)


 心の中で叫ぶ。


「!?」


 その瞬間、眩しさを感じた。何が光っているのかもよくわからなかったが、眩しい。目を開けていられなかった。

 それは一瞬のことだ。眩しさは直ぐに消え、目を開けると光の粒子みたいなものがきらきらと空気中を舞っている。その光の粒はジェイスの身体に降り注いだ。そしてすうっと吸い込まれるように消えていく。

 それはなんとも幻想的な光景だ。


「……」


 その場にいた誰もがその光景を目にする。

 誰1人、声を発しなかった。静かに黙していなければいけないような、厳かな雰囲気がそこにはある。

 ごくりと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。


「ジェイス」


 わたしは呼びかけた。そっと、小さな身体を揺らす。


「んっ……」


 小さく呻くと、ジェイスは目を開けた。長い睫が震えて、持ち上がる。


「ママ」


 手を握っているわたしをジェイスは不思議そうに見た。


「気分はどう? 気持ち悪くない??」


 わたしは静かに問いかける。


「平気」


 ジェイスは応えた。だが、その顔は訝しい。


「どうして、泣いているの?」


 問われて、わたしは自分が涙を流していることに気づいた。

 瞳から涙が溢れて止まらない。


「何でもないわ」


 わたしは首を横に振った。

 手を離し、横になったままのジェイスの身体を覆い被さるように抱きしめる。


「愛している」


 ただ一言、そう告げた。




願うのでは命じる聖女です。

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