毒。
嫌な予感は当たるものです。
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わたしがノックをしようドアの前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。警護のためには王宮に戻るのが一番だとキルヒアイズがアインスを説得している。
(まだ諦めていないのね)
わたしは苦く笑った。
ドアをノックして中に入り、わざとアインスにくっつくように隣に座る。しれっと手を握った。
アインスは一瞬驚いた顔をしたが、手を握り返してくれる。2人で顔を見合わせ、小さく笑い合った。
キルヒアイズが憮然としたのが見えたが、気にしない。
手を繋いだまま、わたしはキルヒアイズに軽口を叩いた。普通なら不敬罪で処罰されそうだが、わたしとキルヒアイズがこういうやりとりをするのは最初からだ。勝手に召喚されたことに腹を立てていたわたしはキルヒアイズにはだいぶ素っ気ない態度を取っていた。言いたいこともずけずけと言う。
人が相手に気を遣うのは、相手に嫌われたくないからだ。だが、わたしに誘拐犯に好かれたい気持ちはなかった。言いたいことは言わせてもらう。
そういう忌憚の無い言葉のやり取りが気に入ったようで、キルヒアイズに懐かれた。いつからかわたしのところに来て、悩みや迷いを吐き出すのがキルヒアイズの日課になる。
懐かれてしまうと冷たくするのは難しくなった。怒りというのは持続させるのが難しい。
年が離れていることもあり、わたし的には弟と話をするような感覚になった。恋愛感情を持たれているとは思わなかった。そういう対象に自分がなるなんて、夢にも思わない。
最初から恋愛感情を前面に押し出していたら、可能性はあったのかと聞かれたこともある。しかしわたしは答えられなかった。正直、よくわからない。だが、恋愛と関係なかったから、友人として仲良くなれた気はした。
いつも通りのわたしとキルヒアイズのやり取りに、アインスとサイモンは苦笑していた。巻き込まれるのを避けるように、口を挟まない。
トントントン。
そこにノックの音が響いた。
わたしの身体はビクッと震える。嫌な予感がした。アインスの手を握った掌に力が入る。
アインスが返事をして、ドアが開いた。
アンナが立っているのを見て、思わずわたしも立ち上がる。繋いでいた手は離れた。
嫌な予感が当たったと思う。心臓がどくどくと鼓動を刻む音をうるさく感じた。
「何かあったの?」
声が知らず知らずに険しくなる。
アンナはとても困った顔をした。
「それが……」
どう説明すればいいのか考えている。
「ジェイス様が苦しそうに息をしているので、声を掛けたのですが目を覚まさないのです」
アンナは状況をただ説明した。
そこまで聞いてわたしは駆けだす。
「アヤっ」
アインスの呼ぶ声が聞こえたけれど、気にしなかった。ジェイスの部屋に飛び込む。
部屋には別のメイドが2人いた。
ジェイスの額にぬらして絞ったタオルが置かれている。
「はあ、はあ、はあ」
ジェイスは苦しそうに息をしていた。
「ジェイス、ジェイス」
わたしはジェイスの小さな身体を揺らす。だがアンナの言うとおり、ジェイスは目を開けなかった。
「何で? どうして?」
わたしは疑問を口にする。だが、答えられる人間がいるわけがない。
「アヤ様……」
困った顔でメイドたちはわたしを見た。
わたしは一つ、息を吐き出す。動揺する気持ちを懸命に落ち着かせた。
「お医者様は?」
問いかける。この世界にも医者はいる。たいていの場合は治癒魔法の使い手が兼任していた。カッシーニ家にも主治医がいる。
「すでに呼びました」
メイドの1人が答えた。
若い執事の1人が呼びに行ったそうだ。勝手に車を使ったことを謝られるが、構わない。むしろ、適切な判断だと褒めた。
そんなやり取りをしているところにアンナと共にアインスやキルヒアイズたちがやって来る。
「どうなんだ?」
アインスは心配そうにジェイスの顔を覗き込んだ。そっと頬に手で触れる。
「熱があるな」
渋い顔をした。
そこに医者を背負った執事がやってくる。歩くスピードが遅いと、おんぶして階段を上ってきたようだ。
「どうしたんですか?」
訳がわからぬまま連れてこられたらしい医者に問われる。
「息子が熱を出したんです。それに、呼びかけても目を覚ましません」
わたしは事実だけを告げた。
「……」
医者は顔色を変える。
「失礼」
そう言うと、早速診察を開始した。
わたし達は少し離れた場所でそれを見守る。
医者はしきりにジェイスの身体を確認していた。手や足をじっくりと見ている。
「……」
嫌な予感がわたしの中でどんどん大きくなった。
「アインス様」
医者が呼ぶ。
アインスはちらりとわたしを見た。
わたしは頷く。アインスと一緒に医者の話を聞きに行った。わたしの手をアインスが握ってくれる。自分の手が小さく震えていることに、その時、初めて気づいた。
「これを見てください」
医者がジェイスの左腕を見せる。針で刺されたような小さな跡があった。
「恐らく、毒です」
その言葉にわたしはアインスの手をぎゅっと握りしめた。嫌な予感が現実になる。
医者が言うには、毒は針のようなものの先端に仕込まれていたらしい。それでちくっと突き刺すだけで完了だ。痛みは一瞬あっただろうが、それほどたいした痛みはなかっただろうと言う。
「解毒は?」
わたしは掠れる声で問うた。
「何の毒かわかれば……」
医者は困った顔で答える。毒の種類が特定できれば対応できるが、それを調べる術がない。つまり、打ち手はないということだ。
「……」
震えるわたしの手をアインスが強く握ってくれる。
空気がとても重くなった。だが、それは絶望だけでは無い事をわたしは知っている。
誰もが口にしない言葉があった。
治せる可能性はゼロではない。わたしが聖女の力を発現出来れば、ジェイスを救えるはずだ。
「治せる可能性があるのはわたしだけということね」
みんなの心の声を代弁するように、わたしは呟く。
聖女の力なら、毒の種類がわからなくても治療が可能だ。だがどうすればその力が発現出来るのかはわたしにもわからない。
「ジェイスを救えるなら、わたしは何でもする。聖女にだってなるわ。でも、どうすればその力が発現するのかがわたしにはわからない」
キルヒアイズを見た。助けを求める。
「それはわたしにも……」
キルヒアイズは申し訳なさそうに首を横に振った。王子でもわからないらしい。
わたしは自分の不甲斐なさに苛立った。救える力があるかもしれないのに、その力の引き出し方がわからない。
その間にも、ジェイスの症状は悪化していった。
使おうとすれば簡単に使えるなんて、都合のいいことはありません。




