心配。<アインスside>
従兄弟同士は実はけっこう仲良しです。
評価&ブクマ、ありがとうございます。
ジェイスを寝かしつけに行ったアヤを見送ってから、アインスは客が待つ居間へと向かった。
トントントン。
ノックをしてからドアを開けると、メイドがお茶を淹れ終えた所だ。
「下がっていい」
メイドに告げる。
「はい」
メイドは一礼して、静かに立ち去った。
「1人なのか?」
アヤがいないのを見て、キルヒアイズは小さく眉をしかめる。わかりやすく、不機嫌な顔をした。
残った客はキルヒアイズとサイモンだ。
2人には話があるから残ると、パーティの最中に言われる。何の話かは聞かなくてもわかった。キルヒアイズの口から出るのは、基本、アヤの話しかない。王室に返すつもりはないと宣言しても、キルヒアイズは諦めていなかった。聖女の力が発現するまでは何もしないと言われたが、それは裏を返せば、聖女の力を発現した場合は容赦しないということでもある。
「アヤはジェイスを昼寝させに行った。寝かしつけたら、来るよ」
アインスは答えた。王宮ではないので、タメ口でいく。
キルヒアイズはその口調を咎めたりはしなかった。もともと、2人きりの時は王子と上級貴族としてより従兄弟として接することが多い。2人の間ではタメ口が当たり前だ。
「ところで、いろいろあったようだな」
アヤがいない隙に物騒な話は終わらせてしまいたくて、キルヒアイズは切り出す。
「ああ」
アインスは忌々しい顔をした。
「3回目の召喚の儀が失敗した後から、きな臭いことになっている」
ため息を吐く。
「ある意味、ようやくアヤを聖女だと認めたわけだな」
キルヒアイズが苦く笑った。認めたから、邪魔になる。アヤがいるから召喚できないなら、いなくなれば問題は解決すると考えるのはあまりに短絡的だ。だが、物事は単純な方が賛同は得やすい。
「聖女だと認識した上で、命を狙うというのか」
アインスは呆れた。
実はアヤを聖女だと認めていないのは一部の貴族だけだ。他の貴族と平民達はアヤのことを聖女だと思っている。街に出るとその反応は顕著だ。聖女だと敬われて、アヤはいつも困惑している。だが、異世界から来たのはその容姿から隠しようがなかった。アヤの身体的特徴はすでに広く知れ渡っていて、誰でも直ぐに気づく。貴族以上に平民にとっては聖女というのは特別な存在だ。心の拠り所でもある。
「ああ。……救えないな」
キルヒアイズは首を横に振った。
「力を発現はしないが、聖女がいるから別の聖女を召喚できない。それなら今いる聖女を殺せば、次の聖女を呼べるだろう。……そんな単純な話なのか? 召喚の議というのは?」
アインスは疑問に思う。質問した。
「さて、どうだろうな?」
キルヒアイズは首を傾げる。
「正直、よくわからない。今まで、聖女を殺そうなんてことを考えた愚かな人間はいなかったからな」
なんとも微妙な顔をした。
「個人的には、聖女を殺して何のペナルティも与えられないとは思わない。それこそ、二度と聖女を召喚できないとかそういう類いの罰はあると考えるのが妥当だろう。だが、誰もそんなことをしたことがないので立証は出来ない」
キルヒアイズの説明に、アインスは口をへの字に曲げる。
「そんなリスクを冒してまで、やつらは何故、アヤを認めたくないんだ?」
不思議に思った。
「それが信仰というものの恐ろしさかもしれないな。一度こうと決めたら、それにそぐわないものは認めない。彼らにとって、聖女とは白い肌と金の髪を持つ者らしい。それ以外の者は受け入れられないようだ。アヤを認めたくない連中のほとんどは熱心な聖女の信者だよ」
キルヒアイズはため息を吐く。人の心というのはなんとも厄介だ。損得だけでは動かない。
「なおさらわからない。聖女かもしれない相手を何故害することが出来るんだ?」
アインスは首を捻った。
従兄弟のそういうところをキルヒアイズは好ましく思っている。性根が真っ直ぐだ。
「人間というのは不条理と不可解の塊なんだよ」
キルヒアイズは悟ったようなことを言う。
そんな主をサイモンは苦く笑った。
「なんだ?」
それに気づいたキルヒアイズはサイモンを見る。
「いいえ、何も」
サイモンは静かに首を横に振る。そんなことを言ったキルヒアイズ本人が、不条理と不可解の塊だと思ったことはもちろん口にはしなかった。
カッシーニ家の警備について、アインスとキルヒアイズは話し合った。2人ともアヤを守りたい気持ちは一緒なので、問題無く協力する。
だが、簡単なことではなかった。カッシーニ家の敷地の広さが徒になる。
「人員を割くにしても、効率が悪すぎる。警備のしやすい場所に移るべきだろう」
キルヒアイズは提案した。
「……」
アインスはなんとも冷めた目でキルヒアイズを見る。
「それは王宮のことか?」
わかっていて、聞いた。
「一番警備が厚くて万全だ」
キルヒアイズは頷く。
「馬鹿なことを言うな」
アインスは呆れた。
「アヤの安全が一番ではないのか?」
キルヒアイズは痛いところを突く。
「……」
アインスは言葉に困った。それを言われると、返す言葉がない。だが、アヤを王宮に預けたら、二度とこの手に取り戻すことは出来ないだろう。キルヒアイズが手放す訳がない。
「何の話ですか?」
そこにアヤがやってきた。ドアの外にも2人の声は聞こえていたらしい。困った顔をしているアインスを見た。状況を察する。
「わたしの夫を苛めないでもらえますか? 殿下」
アインスの隣に座った。そっと夫の手を握る。アインスは手を握り返した。
「心外だな。従兄弟を苛めたりしないよ」
しれっとした顔でキルヒアイズは微笑む。だが目の奥は笑っていなかった。ちらりと繋がれた2人の手を見る。
「カッシーニ家の屋敷は広すぎて警護に向かないので、もっと警備するのが簡単な場所へ移ることを提案しただけだ」
答えた。そこに嘘はない。
「それは離宮に戻れと言うことでしょう? 嫌です」
アヤは即答した。
「どうしてだ?」
キルヒアイズは問う。
「王宮は窮屈で、性に合いません。それに、ジェイスと離れるつもりはありません」
アヤは首を横に振った。
「だが、そのジェイスが危険に巻き込まれるかもしれないのだろう?」
キルヒアイズは意地悪く問う。
「……そういうの、良くないですよ。嫌われますよ」
アヤは苦く笑った。王子にそんな言葉を直球で投げつけることが出来るのはアヤくらいだろう。率直な物言いがキルヒアイズは嫌いではない。良くも悪くも、アヤの言葉に裏はなかった。自分の気持ちをストレートに伝えてくる。そういう言葉のやりとりがキルヒアイズには心地いい。
「アヤが王宮に戻ってくれたら、意地悪を言うのを止めるよ」
交換条件みたいに言った。
「戻らないので、好きなだけ言ってください。聞き流して、相手にしませんけど」
アヤはつんとそっぽを向く。
「王子であるわたしにそんなことを言うのはアヤくらいだよ」
キルヒアイズはため息を吐いた。
「自分を拐かした人たちの親玉に対する態度としては、ずいぶんと優しいと思いますけど?」
アヤはキルヒアイズを意味深に見つめる。
「降参する。苛めないでくれ」
キルヒアイズは負けを認めて、小さく手を上げた。それは言葉とは裏腹にどこか楽しげに見える。
「結婚して2年半ですよ。もういい加減、諦めてください」
アヤはため息を吐いた。困った顔をする。
トントントン。
そこにノックの音が響いた。アヤの身体が怯えたようにびくっと震える。それをアインスは感じ取った。妻を不思議そうに見る。
アヤは何故か不安な顔をしていた。
「入れ」
アインスは返事をする。
ドアが開いた。アンナが立っている。
それを見て、アヤが立ち上がった。
「何かあったの?」
険しい声で問いかける。
アンナは困った顔をした。
アヤは嫌な予感を覚えています。




