圧力。
大変なのは命を狙われることだけではないのです。
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パーティの出席者は親族という名前の、実際には滅多に顔を合わせない人々だ。義理の両親であるカッシーニ家の前当主夫妻やキャピタル家の夫妻など、何かと気を遣う相手が多い。
(笑顔が引きつりそう)
わたしは終始、笑顔でいた。空気を読める日本人気質を存分に発揮する。挨拶回りは大切なホストの仕事だ。わたしはジェイスを連れて、アインスと一緒に客達のところを回る。
いろいろ口うるさい一族の話は半分聞き流し、適当に相槌を打った。貴族らしい回りくどい言い回しは、時々、何を言いたいのかよくわからない。だが十中八九、わたしへの文句だろう。
王命での結婚なので、表立ってはわたしとアインスの結婚に反対できる人は誰もいない。そこにはわたしやアインスの意思さえも関係ないのだから、文句を言われたって困る。
しかし、一族の中には妙齢の娘を持つ親や祖父母たちも少なくない。彼らは自分の娘や孫を当主の後添えにと考えていた。実際、画策していた人もいたらしい。イケメンのアインスは大人気で、再婚であっても娘や孫はノリノリだったようだ。むしろ、昔からアインスに惚れていた子達がチャンスとばかりに自分の親や祖父母を動かしたとも聞く。
だがその前にわたしが結婚してしまった。
彼らにとってわたしは油揚を持っていってしまった鳶だ。恨まれてもいるし、嫌われてもいる。嫌味の一つや二つは言いたくなるようだ。
(回りくどすぎて何を言いたいのかわからないから、あんまり効果無いんだけどな)
わたしは心の中でぼやく。だが、隣にいるアインスには通じているようだ。一族の言いがかりのようなの話に眉がぴくぴくと動いている。見た目は変わりないが、内心はけっこう怒っているようだ。
わたしはアインスの腕に絡めた手を軽く引く。
アインスはちらりとわたしを見た。
(大丈夫)
口の動きだけでそう伝える。アインスがイライラしたり腹を立てる必要はない。当の本人のわたしが全く気にしていないのだから、無視していいのだ。
意図を察して、アインスは小さく息を吐く。無意識に強張っていた身体から力を
抜いた。
穏やかな表情を浮かべたのを確認して、わたしはほっとする。
すると今度はジェイスがそわそわしはじめた。大人の長い話に飽きてきたらしい。3歳なのだから無理も無いだろう。
わたしは一族のお歴々の話はちょっと強引にぶった切ることにした。
「どうしたの? ジェイス。喉でも渇いた?」
優しく息子に問う。
「うん。ジュースが飲みたい」
ジェイスは素直に頷いた。
「では、取りに行きましょう」
失礼しますと一族に挨拶して、わたしたちはその場から離れる。
「すまない」
アインスに小声で謝罪された。
「このくらい平気よ」
わたしは小さく微笑む。ジュースを取りに行く。ジェイスに与える前に自分で一口飲んだ。毒味してからジェイスに渡す。
そんなわたしの行動に、アインスは小さく眉をしかめた。だが、この場では何も言わない。
わたしたちが毒に警戒しているなんて、周りに知らせるわけにはいかなかった。
そんなわたしたちに義理の両親であるアインスの両親が寄ってくる。
「仲良くやっているみたいね」
義母にそう言われた。穏やかな笑顔を浮かべている。
王家から降嫁した彼女は美しい人だ。王族だというだけあって、顔立ちはアインスよりキルヒアイズの方が似ているかもしれない。そして若い。本当のわたしの年より実は年下だ。
おかげで、彼女に会うとわたしはちょっと微妙な気持ちになる。わかりやすく言えば、後ろめたかった。申し訳なさが先に来る。
だが、義母は何故か最初からわたしには好意的だ。異世界から来て何も知らないわたしを何かと気遣い、手を貸してくれた。わたしも彼女のことは嫌いでは無い。後ろめたいので、あまり顔を合わせたい相手ではないけれど。
義父はアインスをもっと男っぽく無骨にした感じの人だ。引退した今でも、モテてモテて仕方ないらしい。
渋くていい感じのおじ様なのでその状況は納得だ。実は年齢的に、アインスより義父の方にどちらかといえばわたしはドキドキしてしまう。
しばらくわたし達はその場で立ち話をした。
2人と話すのは後ろめたかったりドキドキしたりはするが気は楽だ。張り詰めていた緊張がちょっと緩む。だがまだ挨拶しなければいけないところが残っていた。
気合いを入れ直して、わたしたちはキャピタル家の夫妻の所に向かう。2人はジェイスが来てくれるのを今か今かと待っていた。挨拶しないで済ませるわけにはいかない。
「おじいちゃま。おばあちゃま」
ジェイスは2人の所に駆け寄る。それに少し遅れて、アインスと腕を組んだわたしは夫妻の所に行った。
「楽しんでいただけていますか?」
アインスが2人に声を掛ける。
「ええ。もちろん」
夫人は穏やかに微笑んだ。その目はわたしやアインスにではなく、孫のジェイスに向けられている。
「誕生日おめでとう」
ジェイスの手を取った。プレゼントを渡す。
それはブローチだった。大きな宝石がきらきらと輝いている。3歳の子供にあげる値段ではないのはわかる。
2人はジェイスを溺愛していた。日々可愛く成長する姿に、目を細める。引き取りたいという気持ちも日々、強くなっているようだ。幼くして亡くした息子に似てきたのでなおさららしい。
「ありがとうございます」
教えられたとおりに、ジェイスは礼を言った。にこりと笑う。
その様子に夫妻はメロメロになった。
「ジェイスはいい子ね」
頭を撫でる。
ジェイスも嬉しそうな顔をした。彼にとっては実の祖父母だ。そして本人は知らないけれど、血が繋がった唯一の親族でもある。
わたしから見てもその光景は微笑ましかった。だが、微笑ましいだけでは終わらないことをわたしは知っている。
夫人の目がちらりとわたしを見た。
わたしはドキッとする。次に何を言われるのかはわかっていた。
「そろそろジェイスに弟か妹は出来たかしら?」
わたしにではなく、夫人はジェイスに聞く。早く子供を産めとわたしにプレッシャーをかけた。アインスと結婚して1年が過ぎた頃から、この圧力は始まった。わたしが自分の子供を産めば、ジェイスを引き取れるかもしれないと考えているのがわかる。そんなつもりはさらさらないのだが、それをこちらから口にすることは出来なかった。
「ううん。まだ」
ジェイスは質問に答える。
「そう。ジェイスは弟か妹、どちらが欲しいの?」
夫人はジェイスに微笑んだ。
「弟!!」
ジェイスは即答する。最近、弟が欲しいブーム中なので返答に迷いがない。
「そう。じゃあ、母様にお願いしないとね」
夫人はにこにこと笑った。
ジェイスはわたしは振り返る。
わたしはただ笑うしかなかった。そんなわたしに何かを察したのか、ジェイスは何も言わない。
だが気を遣われるとそれはそれで心が抉られた。
(地味にきつい)
わたしは顔に貼り付けた笑いが引きつるのを感じる。
そんなわたしにアインスが寄り添ってくれた。でも、子供が欲しい気持ちはアインスも同じであることを知っている。
アインスはわたしの気持ちを優先してくれるが、それもちょっと心苦しくはあった。
地味に子を産めと圧がかかっています。




