異変。<キルヒアイズside>
キルヒアイズサイドです。
評価&ブクマありがとうございます。
カッシーニ家は有力貴族だ。王家の信頼も厚い。当然、屋敷の敷地は一等地にあり、王宮ほどではないにしろ広かった。建物は3階建てでコの字型になっている。東棟と西棟と呼ばれている棟が玄関ホール他で繋がっていた。
普通の屋敷では考えられないほど大きいのだが、王子であるキルヒアイズには特に感慨はない。小さい頃から何度も訪れているが、敷地のわりには警備の人が少ないというくらいの印象しかなかった。
だが、今日は様子が違う。いつもより警備の人数が多い気がした。それは、今日のパーティが中庭で行われるガーデンパーティであることも関係しているかもしれない。20人強の招待客とは別に、警備の人間が敷地の中をうろうろしていた。中庭から少し離れた所に待機している。招待客から見えない位置にいた。意識的に隠されている。だが、キルヒアイズはそれが妙に気になってしまった。
カッシーニ家らしくない。
目の前では、アインスとアヤが優しい微笑みを浮かべていた。2人とも息子を見ている。2人の間にいるジェイスは両親に甘えていた。その姿をその場にいたほとんどの人は微笑ましく見つめている。
ジェイスは容姿も愛らしかった。亡くなったレティアと髪の色も瞳の色も一緒だが、顔立ちは少し違う。むしろ小さな頃に亡くなったレティアの兄の方に似ているようだ。そのため、キャピタル家の夫妻は特にジェイスを可愛がっている。
何の曇りもない、幸せそうな家族の光景がそこにはあった。
「サイモン」
他の招待客と同じように無邪気に笑う本日の主役の姿を眺めながら、キルヒアイズは小声で側近に呼びかけた。
「はい」
返事も小声で返ってくる。
「警備の人数が多いのは気のせいか?」
キルヒアイズは他の招待客からは気持ち距離を取った。聞こえないように意識して声をひそめる。
「いいえ」
主の疑問をサイモンはあっさり否定した。
「何かあったのか?」
キルヒアイズは心配する。
「先日の召喚の儀の失敗以降、アヤ様の身辺は怪しいようです」
サイモンは答えた。不審者の話や石が飛んできた話をする。そういう報告はアインスから受けていた。
聖女ではないという烙印を押されたものの、アヤが聖女ではないと本当に思っている者は少ない。聖女であった場合、万が一のことがあると王家がとても困ることになるのは確かだ。聖女を守ることは王家の使命の中で大きなウェイトを占めている。
そのため、今までも夫であるアインスの許可を得られる範囲で王宮としても警護の騎士を回していた。今までは不要だとほぼ突っ返されてきたが、先日の召喚の儀以降、その状況が変わる。何者かがアヤのことを狙っているのは確かなようだ。アインスの方から警護についての相談を受けている。今日の警備にも王宮は人員を割いていた。キルヒアイズが気になった連中の大半は王宮から派遣された騎士だ。
現時点では、アヤへの攻撃は脅しの範囲を出ていない。本当に狙うなら、ボーガンなりなんなりのもっと殺傷能力の高いものを使うだろう。そこまでしないのは、相手側にまだ踏み切れない部分があるからに違いない。
(無理もない)
キルヒアイズは心の中でそう呟いた。
アヤのせいで召喚に失敗するのだと認める事は、アヤが聖女だと認めるに等しい。それは彼らにとって、自分たちの信じるものを根底から覆されるようなものだ。
アヤが聖女であることをどうしても認めたくない彼らは、ある意味、熱心な聖女の信者とも言える。たかが髪の色や肌の色が違うことにそこまで拘る彼らの心境はとうていキルヒアイズには理解できないが、聖女を崇める気持ちだけは本物だろう。
「そうか。裏でいろいろあるのに、あんな曇りのない幸せそうな笑顔ができるのもある意味、凄いな」
キルヒアイズは幸せそうなアインス達を見ながらぼやいた。
「嫉妬はみっともないですよ」
サイモンは言いにくいことをずばっと言う。
「嫉妬はしていない。ただ、リア充爆発しろとは思っている」
キルヒアイズはムッと口を尖らせた。子供みたいに拗ねる。
「リア充ってなんですか?」
サイモンは首を傾げた。
「幸せそうな人間のことらしい」
キルヒアイズは答える。アヤに教えられた言葉で、いまいちよくわかっていなかった。だが、使い方はあっているはずだ。
(それを嫉妬というのでしょう?)
突っ込みは心の中だけにサイモンは止めておく。
自分の恋しい相手が他の男と幸せそうに微笑んでいる姿を見せつけられる切なさには同情を覚えていた。
さらに追い打ちをかけるつもりはない。
「安全のためにも、アヤはやはり王宮にいるべきだと思わないか?」
キルヒアイズは真顔でサイモンに問う。
王宮なら、警備体制は万全だ。特に聖女の離宮は警備が厳しい。そこには誰もいなくなった今でさえ、聖女を迎えるための準備は常に整えられていた。
「……」
サイモンは冷たい目を主に向ける。
「今さら、引き離すのは無理ですよ」
ため息をついた。ちらりと親子に視線を流す。ジェイスが幸せそうに笑っていた。あの子から、母親を取り上げるなんて誰にも出来ないだろう。
「……わかっている」
キルヒアイズは憮然とした。自分でも無理なのはわかっている。だが、初めて欲しいと思った相手だ。簡単に諦める何て出来ない。それに、2人がまだ最後の一線を越えていないことは知っていた。ゆっくりと恋を育てているらしく、未だに白い結婚のままらしい。それくらいの情報は掴もうと思えば掴めた。
「だが、王宮の方が安全であることは事実だろう?」
サイモンに問う。
「それは……、まあ……」
サイモンは否定できなかった。確かに、警備においては王宮以上に厳しいところはない。
「状況が悪化した場合、アヤを守るためなら私は手段を選ばない。それでアヤ本人に恨まれても構わない。万が一のことがあるよりはましだ」
キルヒアイズは独り言のように呟いた。
(変なところで不器用な人だな)
サイモンは心の中で苦く笑う。そういうところが放っておけない。自分がなんとかしなければと思ってしまった。
「王子が恨まれることがないよう、その前に私がなんとかします」
サイモンは約束する。
キルヒアイズは嬉しそうに、小さく微笑んだ。
水面下で何かが動いている感じです。




