おねだり。
第三章です。
評価&ブクマありがとうございます。
わたしとアインスはいい感じに仲良くやっていた。
セックスレスの新米パパママという感じで、本当の夫婦っぽい。
お茶の時間はジェイスを入れて3人で過ごすようになった。わたしは積極的にアインスにジェイスを抱かせる。
初めはおっかなびっくりジェイスを抱いていたアインスも、少し経つと慣れた。普通に抱っこできるようになる。抱き方が上手くなったのか、ジェイスも嫌がらなくなった。抱かれても泣かない。
もっともそれはジェイスがアインスのことを父親として認識したからかもしれない。一緒に過ごす時間が増え、ジェイスはわたしとアインスを親だと理解したようだ。
わたしは積極的にジェイスに話し掛ける。パパ、ママと呼ばせようとした。
耳慣れないその言葉に、使用人達は当初困惑する。だが、愛称のようなものだと説明すると納得した。わたしの世界の言葉であることを教えたら、興味を持つ。使用人達もジェイスの前ではアインスをパパと呼び、わたしをママと呼ぶようになった。ジェイスは無事にパパ、ママとわたしたちを呼んでくれるようになる。
抱っこすると縋りついてきて、甘えてくれた。
そんなジェイスにアインスはメロメロになる。可愛くてしかたがないようで、わたしより抱っこしている時間が長くなった。生活はすっかり赤ちゃん中心になる。
美青年が可愛い赤ちゃんと戯れる姿はこれ以上ないくらいの癒やしで、それを間近で眺められることにわたしも満足した。
幸せだと、感じる。心穏やかな毎日が続いた。
あっという間にジェイスは1歳になり、ケイトは乳母の任期を終えて家族の所に戻った。新たに乳母を雇うかどうかをわたしとアインスは話し合う。
普通なら乳母を雇うだろう。教育のため、貴族の未亡人を雇うのが一般的だ。そういう乳母はケイトと違い、親と同等の発言力を持つらしい。
その説明を聞いて、わたしはもやっとした。教育方針がずれた場合、乳母の意見の方が優遇されるのは嫌だ。
貴族としては一般的ではないことは十分承知の上で、自分の手で育てたいと頼む。
アインスは少し迷っていた。自分たちで育てたら、甘やかしてしまうのではないかと心配する。
実際、わたしもアインスもジェイスには甘い。
だが、傲慢で可愛げのない子なんて、わたしだって嫌だ。無条件に甘やかすつもりはない。使用人達にも、悪いことをしたら遠慮なく叱ってくれるように頼むつもりでいた。貴族だから何をしても許されるなんて、勘違いさせるつもりはない。
そういう決意を話すと、アインスは納得してくれた。
自分の手でジェイスを育てることになる。
パパもママも大好きな子供に育ったジェイスは、ママにべったりの男の子になった。
自他共に認める親バカのわたしとアインスは、ジェイスの3歳の誕生日を盛大に祝うことにした。
当主として忙しいアインスに誕生日パーティの準備を指示する時間なんてとれる訳がない。わたしがパーティの手配を最終的にチェックした。
前日は当然、いろいろと忙しい。使用人達に呼ばれて、あちこちに顔を出した。
「ママ、ママ」
ジェイスの呼ぶ声が聞こえてくる。
「はいはい。ママはここですよ~」
わたしは返事をした。その声を聞いて、ジェイスがとんでくる。大きくなっても、ジェイスは天使だ。可愛いまま成長している。顔立ちはもうあまりレティアには似ていない。髪や瞳の色はそのままだが、男の子っぽくなってきた。アインスによれば、子供の頃に亡くなったレティアの兄に似ているらしい。
「ママ、抱っこ」
ジェイスはわたしの足に抱きつき、甘えた。
「はいはい」
わたしはジェイスを抱上げる。もうすでにけっこう重かった。
ジェイスはママにべったりな子供に成長する。わたしと離れるのを嫌がり、抱っこが大好きだ。
つい可愛さに負けてそれを許してきたが、体重が増えてもうきつい。そろそろ限界だと感じていた。
「ジェイスは明日で3歳になるから、抱っこは今日までね。3歳になるのだから、お兄ちゃんにならないとね」
よしよしとあやしながら言い聞かせていると、ジェイスが目をキラキラさせる。
「ジェイスはお兄ちゃんになるの?」
そう聞かれた。
(ん?)
なんとなく違うニュアンスをわたしは感じ取る。
同時に、周囲がざわっとした。誤解されたのがわかる。
「アヤ様?」
嬉しそうな顔で使用人達から見つめられた。
「違うわよ」
わたしは慌てて首を横に振る。
アインスとわたしは仲睦まじく暮らしている。だが、それは家族としてだ。わたしとアインスの間に夫婦関係はない。子供が出来るわけがなかった。
そもそも、自分の本当の年を考えたらかなりの高齢出産だ。わたしがいた日本より医療が発達していないこの国では高齢出産は命がけになる。わたしにはそんな度胸なかった。
「お兄ちゃんになるというのは、大人になるという意味よ」
3歳児にどこまで理解できるのか不安に思いながら、説明する。
「?」
予想通り、きょとんとされた。
「赤ちゃんはジェイスの所には来ないの?」
哀しい顔をされる。
すぎんと胸が痛んだ。
ジェイスがこんなことを言い出したのには理由がある。
ケイトには乳母を辞めてからも、たまに子供を連れて遊びに来て貰っていた。ジェイスに社会性を学ばせるため、ケイトの子供達に協力して貰っている。ケイトの子供達はジェイスのことを弟みたいに可愛がってくれた。
そのケイトはただいま、妊婦だ。4人目の子がお腹にいる。
ケイトの子供達は母親のお腹から赤ちゃんが出てくることも、自分たちに兄弟が増えることもちゃんと理解していた。それをジェイスに説明する。
ジェイスは赤ちゃんが生れてくるのが羨ましくてならないようだ。自分にも弟が欲しいと切望している。
だが期待されても、答えることは出来ない。
困ったことに、その期待はジェイスのものだけではなかった。使用人達も、わたしとアインスの間にそろそろ赤ちゃんをと期待している。使用人達は普段から仲良しのわたし達が白い結婚だなんて気づいていなかった。疑われてもいないようだ。
(この状態で妊娠したら、聖母だわ)
わたしは心の中で突っ込む。聖女ではなくなったが、聖母になるつもりもない。
ちなみに新しい聖女は未だに召喚されていなかった。先日、3回目の召喚の儀が行われたが、今回も失敗だったらしい。
キルヒアイズはその話をしに、儀式の後にカッシーニ家にやってきた。聖女がすでに召喚されているから新たな聖女が呼ばれないのだと言う。わたしが聖女なのは間違いないと確信を強めたようだ。キルヒアイズは諦めていない。だがそれを公の場では口にしなかった。そんなことを言われたら、わたしの命が狙われるだろう。わたしが居る限り聖女が呼ばれないというなら、殺すくらいはやりそうだ。黙っているのは正しい判断だと思う。
「来ないの。ごめんね」
わたしはジェイスに謝った。
「いつ、来るの?」
ジェイスは食い下がる。
「いつかな~?」
わたしは恍けるしかなかった。永遠に無理とはさすがに言えない。
「早く来るといいな」
可愛いおねだりにずんと気持ちが重くなる。
乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
強請られても無理なのです。><




