子育て。
家族なので、手伝わせます。
ブクマ&評価ありがとうございます。
話が纏まったところで、わたしは確認した。
「では今日から、わたし達は家族ということでよろしいですか?」
その”わたし達”のくくりの中にはもちろん、ジェイスも入っている。ジェイスはまだわたしの腕の中ですやすやと眠っていた。控え目に言っても天使だと思う。
わたしは自分が親バカであることを早くも自覚した。
「3人で……という意味ですか?」
アインスにも確認される。
「ええ。もちろん」
わたしは頷いた。
「構いません」
アインスも頷く。その顔は少しばかり申し訳なさそうに見えた。
その理由はわかっている。
アインスはわたしがジェイスの秘密に気付いていることをまだ知らない。アインスとジェイスが親子であることを前提に、わたしがそんな話をしていると思っているのだろう。
だがわたしは全部知った上で、この茶番を提案していた。
これが茶番であることは誰よりわたしが一番よく知っている。
(だからそんな申し訳ない顔をしなくていいんですよ)
アインスが気に病むことはないと言ってあげたい。しかしそれを言うためには、わたしがアインスが隠したがっている秘密を知っていることを打ち明けなければならなかった。
誰にだって一つや二つ、触れられたくない秘密がある。アインスの場合はジェイスやレティアのことだとわたしは思っていた。
出来るなら、素知らぬふりをしてあげたい。
だから何も気づかないふりをして、”アインスを育児に参加させよう計画”を勝手に始動することにした。
「では、家族になったことを前提として、アインス様に話があります」
切り出したわたしに、目に見えてアインスは身構えた。怯えていると言った方が正確かもしれない。びくびくしていた。
(怖がりすぎ)
わたしは心の中で突っ込む。
「前々から思っていたのですが、わたし、育児には男性も参加するべきだと思うのです」
唐突に語ってみた。なんだか選挙の公約みたいな感じだが、この際、気にしない。
「突然、どうしたんです?」
当然、アインスは戸惑った。
わたしはにこりと笑う。人間関係を円滑にするために、とりあえず笑顔は基本だと思っている。
スマイルは0円だ。タダなら使わなきゃ損くらいの気持ちでいる。
「子供の可愛い時期なんて、あっという間に終わるんですよ。その時期を見逃すのは勿体ないと思いませんか?」
それは問いかける形式を取っているが、最初から、肯定しか求めていない。わたしはかなり真面目に訴えた。
だが、アインスは全くピンときていない顔をしている。わたしが何を言おうとしているのか、わからないようだ。綺麗な顔を困ったように歪める。だがそういう表情をしても綺麗な顔は綺麗なままだ。イケメンは狡い。
うっとりとその顔を眺めていたくなる。
今さらだが、アインスの顔はわたしの好みのど真ん中だ。ただ鑑賞するだけで、けっこう楽しい。
返事はないが、わたしは話を進めることにした。
「そういうわけで今後、アインス様にも子育てに参加してもらいます。幸い、わたし達には乳母もいるし侍女たちもいます。ある意味、楽しいところだけのいいとこ取りが可能です。アインス様におむつを替えてくれとは言いませんから、安心してください」
アインスに自分の計画を説明する。
だが、さすがにわたしも貴族様におむつを替えさせる度胸はなかった。そういうのはわたしか乳母がやればいい。もっとも、この世界の布おむつはけっこう上級者向けだ。わたしもあまり上手く出来ない。どんなに不器用でも問題無く使用できる紙おむつはすごい発明だとしみじみ思った。マジックテープはぜひ布のおむつにも付けて欲しい。
「私は何をすればいいんですか?」
アインスはとりあえず、手伝えと言われていることは理解したようだ。真面目に聞いてくる。生真面目な性格がそんなところに出ていた。
「ジェイスが目を覚ましたら、お昼にしましょう。離乳食を食べさせるので手伝ってください」
わたしはにこやかに答えた。実はアインスが今日は一緒に過ごすと言った時から、手伝わせようと決めていた。
「私が食べさせるのですか?」
アインスは不安な顔をする。
「いえ、さすがにそれは」
わたしは首を横に振った。そこまでさせるのはわたしの方が怖い。
「椅子になって、ジェイスを抱いていてくれれば十分です」
わたしは答えた。
この世界に子供用の椅子はない。普段、ジェイスに離乳食を食べさせる時は誰かが椅子代わりにジェイスを抱っこしていた。2人がかりで食べさせるという方式をとっている。わたしが手を貸せる時はわたしが抱っこして、乳母がジェイスに離乳食を与えていた。
育児とは人海戦術だと知る。人手が沢山あって困ることはない。
夫が非協力的なのを愚痴る奥さんの気持ちが今なら理解できる。1人で全てやろうとしたらパンクしてしまうだろう。手伝ってくれない夫なんて最悪だ。
「私が抱いたら、また泣くのではないだろうか?」
アインスは心配する。抱っこして泣かれたことが少しトラウマになっているようだ。
「泣かれるのは、慣れないからです。ジェイスに慣れてもらえるくらい抱っこしましょう。パパなんだから、頑張ってください」
わたしの言葉に、アインスは小さく首を傾げた。
「パパとは?」
耳慣れない言葉を聞き返す。どうやら、その単語は該当する言葉がなくて翻訳されないらしい。
「わたしの居た場所での父親の呼び方です」
わたしは説明した。
アインスは微妙な顔をする。
「ちなみにその場合、わたしがママですね」
小さく笑った。
「パパと呼ばれるのが嫌なら、この呼び方は辞めますけど……」
お伺いを立てる。
「いや、パパでいい」
アインスは少し考えて、頷いた。この世界にない言葉の方が抵抗がないのかもしれない。
(なんか可愛い)
にやにやしてしまった。
笑われて、アインスがちょっと拗ねた顔をする。
それもまた可愛くて、わたしはまたにやにやしてしまった。
ぐっすり寝てしまったジェイスはなかなか目を覚まさなくて、お昼を食べさせることが出来たのはそろそろお茶の時間になろうとしている頃だった。
アインスの足の間に座らせ、寄りかかっているジェイスにわたしが離乳食を食べさせていると、ジェイスの面倒を見ているわたしを心配したケイトが早々に帰ってきた。わたしとアインスが2人でジェイスの世話をしているのを見て、驚いた顔をする。
感激して、目に涙を浮かべていた。
わたしとアインスは顔を見合わせて、笑い合う。なんともほのぼのとした空気が部屋の中に満ちていた。
ほのぼのと家族をしています。
ケイトは任せたものの、心配で早めに家を出ました。




