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 家族(前編)

評価&ブクマありがとうございます。


やっと本題に入れそう。




 アインスと話し合った結果、月に二回、ケイトは家族の顔を見に行けることになった。朝出かけて、夕方には戻る。

 その間、ジェイスの面倒はわたしが見ることになった。

 その覚悟で提案したので、わたし的には問題はない。月に二回、半日程度ならなんとかなると思った。

 その話をメイド長であるアンナを呼び出して伝える。


「本当に大丈夫ですか?」


 だが、話を聞いたアンナは心配した。侍女の手は必要無いのかと確認される。そう言われると、わたしも自信はない。


「えーと……」


 言葉を濁した。

 ちらりとアンナを見る。

 アンナは穏やかで優しい表情を浮かべていた。


「すごーく困ったら助けて欲しい」


 素直に甘える。

 1人で何でも出来ると思うほど、自意識過剰ではない。わたしのできることなんて、きっとたかがしれているだろう。


「わかりました。何かありましたら、呼んでください」


 そう言ってもらえて、安心した。心強く思う。わたしがにこっと笑うと、アンナも微笑んだ。

 ジェイスの面倒をまめに見ているわたしはアンナ的にはかなり高評価のようだ。もともとわたしに対しては優しかったが、さらに優しくなった気がする。

 人に好かれて嫌な気持ちになる訳もなく、わたしの日常はなんとも穏やかで優しい。


(こういう生活もいいかもなんて思っちゃうから、危険だわ)


 初心を忘れないようにぐっと気を引き締めた。






 ケイトが初めて里帰りをする日、想定外のことが起った。

 里帰りの日は当然なことに休日だ。ケイトの旦那さんの休みに合わせて、ケイトは帰る。それはつまり、アインスも休日で休みだということだ。


 朝、ケイトが出かけていくのをジェイスと一緒にわたしは見送る。ジェイスを抱っこし、その小さな手を掴んで、左右に動かした。


「いってらっしゃーい」


 手を振らせる。


「しゃーしゃー」


 真似しているのか、ジェイスが喋っていた。なんとも愛らしい。


(天使っ!!)


 可愛さに悶えた。ジェイスは意外とおしゃべりだ。わたしやケイトが積極的にはなしかけているせいらしい。

 一生懸命おしゃべりするジェイスに顔を緩ませていると、子供部屋にアインスがやってきた。休日だからなのか、ラフな格好をしている。パジャマの上からガウンを羽織っていた。


(砕けた格好も似合うのがなんか腹立つ)


 イケメン狡いと心の中で毒づいておいた。


「ケイトはもう出かけたのか?」


 少しばかり気まずそうに、聞いてくる。

 どうやら、アインスはケイトが少し苦手なようだ。レティアと気まずいところとかいろいろ見られたくないところを見られてしまったかららしい。


「ええ。さっき」


 わたしは頷いた。


「一緒に見送ったんだよね~」


 ジェイスに話し掛けると、わたしに合わせて同じように首をちょこんと傾げた。わたしの真似をする。


「ちょっ。今の、見ました? 可愛い~」


 アインスに問いかけながら、ジェイスをあやした。


「いい~」


 ジェイスはきゃっきゃっと笑う。

 そんなわたしとジェイスにアインスは驚いた顔をした。


「すごく懐いているな」


 感心する。


「毎日、遊んでいますからね」


 わたしはちょっと自慢げに胸を張った。抱っこしているジェイスの背中をぽんぽんと叩く。


「あーあー」


 ジェイスは何か喋っていた。わたしにしがみついてくる。小さな指で服をぎゅっと掴んだ。


(可愛い)


 愛しさに胸が熱くなる。


「そうやっていると、本当の母親のようだな」


 アインスはそんなことを言った。それがどんな気持ちから出た言葉なのか、わたしには真意がわからない。


「ははっ」


 乾いた笑いしか出てこなかった。

 本当の母親になるつもりはないとは、口に出せない。

 逃げるように、わたしは部屋のソファに座った。アインスと距離を取る。

 だが、アインスは追い掛けるようについてきた。わたしの隣に座る。


(はっ?! 何故、隣に??)


 わたしは不思議そうにアインスを見た。


「あの……」


 なんて声を掛けるのが適切なのか、考えながら口を開く。


「自分の部屋に戻らないのですか?」


 問いかけた。


「ここにいてはダメなのか?」


 逆にアインスに聞き返される。


「いえ、ダメではないですが……」


 わたしは苦笑した。


(いつもはそんなことしないじゃんっ)


 心の中で突っ込む。


「暇なのですか?」


 つい、身も蓋もない言い方で聞いてしまった。

 さすがにアインスの口元がひくつく。


(しまった。最近、なんだか仲良しな感じだったので、つい気安く聞いてしまった) 


 心密かに反省した。


「休日で時間があるから、妻や子と親睦を深めるのが夫婦や家族として正しいあり方かと思ったのですが、違いますか?」


 アインスに真顔で聞かれる。言葉はちょっとトゲトゲしていた。


「……」


 わたしは微妙な顔をする。


「なんでそんな顔をするんです?」


 アインスは不思議そうにわたしを見た。


「結婚式当日、アインス様に言われたことを思い出していました」


 わたしは答える。

 アインスはぎくっとした。


「あれは……」


 目が泳く。だが、言い訳は出てこなかった。それでも、困っているのは伝わってくる。

 意地の悪いことを言ったと、また反省した。


「まあ、いいです。その件は今は不問にします。その代わり、はい、どうぞ」


 わたしはジェイスを差し出す。


「え?」


 アインスは戸惑った。だが流れでジェイスを受け取る。ぎこちなく抱っこした。ソファに座っているので落とすような心配はないが、抱かれているジェイスは顔を歪める。おさまりが悪いようだ。


「んぎゃあんぎゃあ」


 泣き出す。


「え? え? え?」


 アインスはおろおろした。機嫌のいい時のジェイスにしか会った事がないので、火がついたように泣き出したことに戸惑っている。

 それが可笑しくて、わたしはくすくす笑った。


「アヤ」


 助けを求める声がわたしを呼ぶ。


「はいはい」


 わたしは手を広げた。

 アインスはほっとした顔でわたしにジェイスを渡す。

 わたしは胸に抱いた。


「大丈夫、大丈夫」


 ジェイスに声を掛ける。


「ふぎゃあ」


 泣き声は弱まり、潤んだ目がわたしの顔をじっと見た。


「かあかあ」


 カラスみたいに鳴く。


「何の真似?」


 わたしは笑った。だがジェイスは一生懸命、わたしの顔に手を伸ばしてくる。


「なあに?」


 返事をしながら顔を寄せると、掴まれた。


「かあかあ」


 またその言葉を口にする。


「かあさまって言いたいんじゃ無いのか?」


 アインスが気付いたように、言った。


「まさか」


 わたしは否定する。わたし自身は、一度もジェイスに母様だと呼びかけたことは無い。一緒に居れる時間はそう長くないと思っているので、その言葉は意識的に避けていた。だが、ケイトや侍女たちはジェイスの前でわたしのことをお母様と呼ぶ。


「かあかあ」


 ジェイスは呼び続けた。


「わたしのことなの?」


 恐る恐る確認する。


「かあ」


 ジェイスは嬉しそうに縋りついてくる。

 その温もりを抱きしめたら、胸の奥がつきんと痛んだ。つつっと涙が溢れて、頬を伝う。


「アヤ?」


 アインスは驚いた顔をした。




長くなりましたので、分割します。

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