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 親心<乳母side>

いろいろ巻き込まれています。

評価、ブクマ、ありがとうございます。



 ケイトにその話が持ち上がったのは、突然だった。

 幼馴染で職人の夫と結婚し、年子で三人の男の子を産む。連日、子育てに追われていた。子供は元気一杯で、少しもじっとしていてくれない。

 それでも3人目となると少しは慣れてきた。幸い、母乳の出は良い。三年続けて産んだせいか、止まらずずっと出続けていた。その話がどこかから伝わったらしい。

 カッシーニ家から乳母になって欲しいという依頼が来た。


 ケイトの母は昔、カッシーニ家でメイドとして働いていたことがあった。もう辞めて久しいが、母は未だにメイド時代の仲間と交流を持っている。その母経由で依頼がきた。

 子供達の面倒は自分が代わりに見ると母は言ってくれた。


 正直、ケイトは迷う。子供達は可愛い盛りだ。他人の子供の世話をするより、自分の子供を育てたい。

 そう思うのは当然のことだろう。

 だが、提示された月々の給金は魅力だ。正直、夫の稼ぎより高い。

 要請された乳母の仕事は期間限定だ。子供が1歳になるまでという条件がついている。

 どうやら、実母に代わって乳を与える文字通りの乳母が求められているようだ。

 貴族の女性は胸の形が崩れるからと、子供に母乳を与えるのを嫌がる婦人が多いと聞いた事がある。母乳の出がいい自分に声が掛かったのは、そういうことのようだ。

 そのことをバカらしいと思わないわけではない。だが、貴族とはそういう人種だ。自分達とは何もかも違う。その辺りは割り切っていた。

 その給金があれば、子供達を学校に通わせたり出来るかもしれない。我が子の将来を考えた時、断わるのはもったいない話だと思った。

 子供と離れるのは辛いが、1年ほどなら我慢できる。しかも、産まれるまでは通いで構わないと言われていた。産み月までは一月ほどあり、その期間は母親の心のケアに注力して欲しいと頼まれる。

 初めての出産で、夫人はかなりナーバスになっているようだ。

 その期間も給金は支払われるとのことなので、ケイト的には問題はない。

 ケイトは夫と話し合った。

 1年なら、互いに頑張れるという結論が出る。ケイトの給金は使わず、子供の将来のために貯めておこうという話で纏まった。

 ケイトは乳母を引き受けた。






 翌日、ケイトはカッシーニ家に初めて足を踏み入れた。

 母が働いていた屋敷だが、ケイトが大きくなる前に母は仕事を辞めている。ケイトは門の向こうからしか屋敷を眺めたことがなかった。

 近くで見た屋敷は思っていたよりずっと大きく立派で、ケイトは自分がとても場違いに感じた。

 だが、今さら回れ右して逃げ出すことも出来ない。覚悟を決めて、呼び鈴を鳴らした。

 メイド長のアンナが出てきて、レティアのところに案内される。

 当主のアインスは留守だと聞いた。

 レティアはまだ若いはずだった。だが目に見えてやつれていて、歳よりずっとふけて見えた。出産を控えて、精神的に不安定になっている。食欲がないようで痩せていた。

 見ているこっちの心が痛くなる。

 自分が呼ばれた理由が、思っていたのとは少し違うらしいことにケイトは気づいた。

 母親がこの状態では、赤ちゃんに母乳を与えるのは難しいだろう。乳の出がいい乳母が必要であることに納得した。

 ケイトは自己紹介し、出産まで手助けし、産まれた子に乳を与えることをレティアに話した。

 それを聞いたレティアは弱々しく笑う。その顔はどこかほっとしていた。

 この子をお願いと、何度も頭を下げられる。

 その姿はとても不安そうで、何をそんなに心配しているのか、ケイトには理解できなかった。

 だが数日経ち、初めてアインスと顔を合わせた時になんとなく察する。

 アインスとレティアの間に流れる空気はなんとも微妙だった。

 それは子供が生まれてくるのを楽しみに待つ若夫婦のそれではなかった。それどころか、2人とも子供が生まれてくることを恐れているように見える。

 カッシーニ家の若き当主夫妻は美男美女で有名だった。幼馴染で、仲のいい夫婦だと噂では聞いていた。

 しかし実際の2人は、目も合わせない。

 互いに気まずそうに相手から目を逸らし、会話もほとんどなかった。

 それが何故なのか、ケイトにはわからない。聞けるような立場でもなかった。

 貴族の家で働く時の心得は、何を見ても、何を聞いても、そのことを口に出さないことだと母に言い含められている。

 ケイトはその母の教えを忠実に守った。

 そうこうしている内に、レティアは里帰り出産することになる。実家に里帰りといっても、敷地的には隣だ。ケイトはレティアの実家のキャピタル家に通うようになる。

 実家に戻ったレティアは少し元気を取り戻した。食欲も戻ってくる。しかし、身体が完全に回復する前に産気づいてしまった。酷い難産で、レティアは三日三晩、苦しむ。

 そしてようやく男の子を生んだ。

 しかしそのまま、レティアは息を引き取ってしまう。

 聖女であれば救えたかもしれないが、ただの治癒魔法では回復できなかったという話は後から聞いた。

 その時には誰にも、そういうことに気を回している余裕がない。

 ケイトは乳母として、赤ん坊に乳を与えた。

 母親が死んだことも知らずに、赤ん坊は勢い良く母乳を飲む。

 その日から、ケイトは付きっ切りでジェイスの世話をしてきた。この半年、家に帰れていない。いろいろあって、ジェイスはキャピタル家で育てられていた。だがアインスが再婚し、カッシーニ家に戻ることになる。

 そういう約束だと聞いた。

 ケイト的にはそれがカッシーニ家でもキャピタル家でも自分の仕事は変わらない。ジェイスを一歳まで育てるだけだ。

 だが、カッシーニ家に来て驚く。

 アインスの再婚相手は聖女だといわれていた召喚者のアヤだった。そして、継子であるジェイスを可愛がってくれる。ジェイスも彼女に懐いた。

 2人の姿は本当の親子のように見える。

 さらに驚いたことには、アインスも度々子供部屋にやってくるようになった。

 ジェイスが生まれて半年、キャピタル家にいる間にアインスが顔を見に来たことは一度もない。ケイトはカッシーニ家でのジェイスの立場をとても心配していた。少なくとも、歓迎はされないと思う。

 それがアヤの存在で全てが変わった。アインスはケイトが見たことのない、穏やかで優しい顔をしている。自分が知っているアインスとはまるで別人だ。

 ケイトは感動する。

 ジェイスは幸せになれると思った。





実は家に帰りたい。><

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